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わが家のムサシ の記事

2008年4月20日

ムサシ(うちの愛犬)との出会い

「ムサシ」がわが家にやってきたのは、今から13年前の平成7年夏のことであった。ちょうどその頃はお盆で高校野球の決勝戦が行われていた時で、特に熱かったと記憶している。生まれて1ヶ月ほどの黒いラブラドールレッドリバーで、無邪気そのものでしたが、私はその当時、知る人ぞ知る大の犬嫌いでしたので、すぐに持ち主に返してきなさいと怒鳴りたてましたが、子供たちも家内も全く取り合ってくれませんでした。

後でわかった事ですが、私の犬嫌いを説得するのは難しいので、既定事実をつくってしまうことで突破しようと企てたらしいのです。私にしてみればそのことも許しがたいので、益々エスカレートして返却を迫りました。何しろ、そばに犬が寄ってくるだけで心臓が止まりそうになるほどの犬アレルギー(と思っていた)でしたから、家で飼うことなど認められるわけがなかったのです。

そんなわけで、多分20日間ぐらいは毎日同じことを言い続けたと思うのですが、家族は相変わらずだんまりを決め込んで、共同戦線を崩そうとしません。ケーキの箱に入れられて我が家を訪れた彼(後のムサシ)は暑い盛りなので体調を壊してはいけないということで、冷房をつけて添い寝するという可愛がりようでした。そうこうするうちにどんどん成長し、やんちゃな盛りを迎えると、この私にまで何かとおねだりをするようになって来ました。

このシリーズは原則毎週1回日曜日に投稿します。

2008年4月24日

ムサシと命名

私は相変わらず、家で犬を飼うなどもってのほかと主張し続けましたが、多勢に無勢とはこのことでついに認めざるを得ない状況に追い込まれてゆきました。「ムサシ」という名前は家内がつけたもので、何でも、この子は両手を器用に使うので、二刀流の宮本武蔵にあやかり、そう命名することになったのです。その頃には私もムサシの可愛さにすっかり毒されてしまい、反対する気持ちは徐々に薄れてきたように思いました。

その矢先、大問題が発生しました。我が家はこの年(平成7年)に新築したばかりでしたが、ムサシのやんちゃぶりは目にあまり、家中の家具という家具をカジリまくり、引っかきまくり始めたのです。私は主に自宅で仕事をしていますので、この調子で振舞われたのでは仕事に支障をきたすと思い、何か対策を採らなければと考えました。

さんざん思い悩んだ挙句、彼をわが家の住人と認めてしまった以上、何とかうまく付き合うしかないという結論に達し、彼を理解することに力を注ぎました。そのせいではないと思いますが、彼の傍若無人ぶりは間もなく納まり、おまけに、四六時中家にいる私を慕うようになり、私が面倒を見る羽目になってしまいました。

このシリーズは原則毎週2回、木曜と日曜日に投稿することに変更しました。

2008年4月27日

みーらとりがみーらに

ムサシがわが家に来て数ヶ月が過ぎた頃には、すっかり彼と仲良しになってしまい、何時しか率先して面倒をみることが苦痛ではなくなっていたことに気づいたのです。ムサシはそんなことにはお構いなしで、全幅の信頼を寄せているようなので、こちらもそれに応えなければ義理が立たないとでも思ったのかも知れません。

そんな姿を横目で見ながら、彼の面倒を見るのはお父さんが最適とばかり、次々難題を押し付けられるようになりました。小さいときの彼はあまり散歩が好きではなかったようで、外に連れ出しても門の外に出たがりませんでしたが、さすが根っからの犬好きだけあって、家内は散歩に連れ出すのだけは得意だったようです。

そんなある日のこと、家内が仕事の関係で海外旅行に出かけることになってしまいました。予想していたことではありましたが、年に4?5回程度海外に出かけることを思うと、どうしても散歩を私の手でさせなければと思い、思い切って、外に連れ出してみました。すると、何の抵抗もなく、すたすたと歩き出したではありませんか。

2008年5月 1日

それからというもの

散歩ができることがわかったことで舞い上がってしまったのでしょうか、たった一つ残っていた気がかりな事が解消したものですから、まるで犬博士にでもなったような気分で、次々に彼の特性を分析し、博識ぶりを披瀝した覚えがありますが、当のムサシは、日に日にわが家の住人としての、風格のようなものが感じられるようにまでなっていました。

私の記憶では、その年は結構雪が多く、本来は散歩を控えるべきだったのかも知れませんが、何しろ彼が積極的だったので、私も二つ返事で応じるというパターンで、何とか冬場を乗り切ることができた。今にして思えば、この自信が私の親ばかを確定的なものにしたような気がします。もちろん、今はそれを誇りにさえ思っています。

見る見るうちにムサシは体が大きくなり、全身クロビカリする立派な成犬に育ち、二人のコンビ(正確には一人と一匹ですが)は益々好調で、朝、昼、晩と散歩にでかけることが日課になっていました。散歩の途中で出会う相当犬好きと思われる人からも、“毎日、3回も散歩するのですか”と驚かれましたが、そうですと胸を張って答えました。

2008年5月 4日

涙が止まらなくなった出来事

ムサシは、幼い頃はとてもやんちゃでしたので、昼間など家族が留守をするときは、茶の間にスチール製の囲いを設けましたが、3日と立たないうちになんなく乗り越えてしまうようになり、結局この作戦は失敗でした。そこで、庭中を人工芝で埋め尽くすことで、彼の活動範囲を広げようとしました。

これは、家に入るときに足を洗う際、かなり手間が省けるというオマケもつき、珍しく家族から評価されたようです。しかし、これには十数万円の費用とかなりの手間がかかりました。なにしろ、30cm角のブロックを継ぎ足すものだったからです。しかし、これは意外と丈夫で、13年近くたった今でも殆ど健在で、結構約に立っています。

さて、立派な大人に成長したムサシは、性格は穏やかで人に噛み付く心配はなかったのですが、何しろ大型犬で声も大きいので、犬が嫌いな人には脅威だったようです。そのことは、つい最近まで犬嫌いだった私にはよく理解できました。そこで、むやみに吠えないようにするため、警察犬訓練所にしばらく預けることにしました。

2008年5月 8日

いよいよその日が来ました

訓練所は、わが家のあるここ塩釜からおよそ4?50km離れた古川市の郊外にありました。そこのオーナーでもある訓練士の話によると、4ヶ月程度の訓練期間が必要ということでした。警察犬を目指しているわけでもないので、短期間コースというのはないのかと尋ねたところ、そんなものはないとにべもない返事が返ってきました。

やむなく預けることにしましたが、いざ彼を残して帰るとなると、ある程度覚悟はしていたつもりなのですが、とてもたまらなくなりキャンセルできないかと思ったくらいです。当のムサシも、よもや自分だけを残して私たちが立ち去るなどとは考えもつかなかったようです。泣き叫ぶ彼の声を耳にしながら、後ろ髪を引かれる思いで訓練所を後にしました。

それからというもの、私たち夫婦は、廃人のような数日間を過ごしたことは言うまでもありません。思い余って、訓練所に電話してみたところ、ムサシはすこぶる元気で、毎日訓練にいそしんでいるとのことなので、少し気持ちが楽になりまた。月日が経つのは早いもので、そうこうしているうちに面会できる日がやってきました。

2008年5月11日

同じ悲しみを再現する結果に

その日(面会の日)は晴天で、夏の盛りはとっくに過ぎたというのに暑い日でした。朝からそわそわしながら、前日に買い揃えたササミジャキーをどっさり車に積み込み、古川に向けて出発しました。このササミジャキーはむさしの大好物なのですが、他のワンちゃんたちにも食べてもらおうと思い、特別多く買い込んだものでした。

訓練所に着くと、私たちを見つけた彼は、ちぎれるばかりに尻尾を振りながら飛んできました。その後涼しい木陰で、持参したおにぎりを食べながら、数時間彼と一緒にすごすことができたのですが、やがて、また別れの時間がやってきました。彼を預けたときよりは多少冷静でいられるかと思ったら、とんでもない勘違いでした。

私たちが悲しい思いをすることもさることながら、彼を苦しめることがいたたまらなかったのです。そこで次の面会の日には、夜こっそりと覗くだけにしようと心に誓い出かけたこともありました。それでも鼻の利く彼には、頭かくして尻隠さずだったようで、結局見つかってしまい、夜這い作戦も見事に失敗してしまいました。

2008年5月15日

思わず躍り上がったあの日

多少は正気を取り戻した日々が過ごせるようになったある日、訓練所に電話してみたところ、今日はテストの日なのでこっそり覗きに来ないかといわれ、仕事をキャンセルして飛んで行きました。ただし、彼に気づかれるとテストが台無しになってしまうので、あくまで遠くから見るだけですよと、念を押されていました。

まるでこそ泥みたいな恰好で物陰から見ていると、やがて彼の番が回ってきたようで、固唾を呑んで見ていると、間もなく終了したとのことで、彼に面会できることになりました。そこで訓練士が私たち告げたことに飛び上がって喜びました。「実は今日のテストは最終のもので、これをクリアーしたので、本日ですべての訓練は終了した」とのことでした。

さらに詳しく話を聞くと、ムサシの点数は98点ということでした。このマイナス2点は、私たちの存在に気づき、一瞬よそ見をしたためということでした。予定より2ヶ月も早く訓練が終了したという喜びよりも、今日ムサシをつれて帰れるという喜びの方が100倍も勝っていたことを今でもはっきり覚えています。

2008年5月18日

名実ともにわが家の家族となったムサシ

人間は全く身勝手なものですね。大の犬嫌いだった私が、犬を嫌いな人は変な人と思うようになり、4ヶ月必要な訓練を2ヶ月で終えたことをあんなに喜んだのに、冷静になってみると、半分の訓練費用の返却はないのだろうか、などと急に計算高くなったりする。でも、それではあと2ヶ月預かりますかといわれてはかなわない。

いよいよ訓練の成果を発揮するときが来たのだが、「つけ」とか「いけない」「伏せ」などは訓練する前からほぼ完璧だったので、取り立ててどうということはなかったが、それでも一応訓練を受けたという安心感がもてるようになったため、いくらか気持ちにゆとりができたように思われ、快調に散歩ができるようになってきた。

この頃になると、ムサシはすっかり落ち着いて、毎日3回の散歩を心待ちにしているようであった。家にいるときは寝ていることが多いのですが、二階の寝室にも自由に出入りするようになったので、彼の好きなコーナーに長い座布団を敷いてあげることにした。もちろんその発案者はこの私ですが、サイズもちょうどよく私も彼も満足しています。

2008年5月22日

遊びの達人ムサシ

この頃のムサシは散歩に連れ出すと、門の外で少し立ち止まり、散歩のコースを決めているようでした。左へ行くと街の方を目指すことになるが、右へ行くときは「クリスビー」や「ボール遊び」がしたいときである。「ムサシ」と家内が名づけただけあって、どの遊びも器用にこなしたが、家に帰っても綱引きをするようせがむなど多彩な遊び人(犬)であった。

彼と遊ぶことは楽しいけれど、仕事をしなければならないので、適当に切り上げたいのだが決して許してくれない。時には、いい加減にしなさいと叱ったりもしたが、全く意に解さず、仕事をしている私の机の下にもぐりこみ、盛んにおねだりをするという具合であった。それがまた、より一層私を彼のファンにしてしまったのである。

そんなわけで、遊びの合間に仕事をするという、極めて優雅な生活習慣が身につき、人もうらやむ「散歩おじさん」に変身したのである。しかし、忙中閑ありというのはこういうことをいうのでしょうか。何時しか彼と付き合う時間を捻出するために、仕事を効率的にこなすテクニックが身についていったような気がします。

2008年5月25日

ライフスタイルに組み込まれた散歩

正直言って最初の頃は、散歩に割かれる時間は痛かったが、仕事の都合で帰りが遅くなっても、ムサシは決して不満を漏らすことはなく、遅くなっても散歩ができれば上機嫌であった。この寛容さは私にはなかったのでとても勉強になった。そのお返しの意味で、私もどんなに帰りが遅くなっても、彼が望めば必ず散歩に出かけることにした。

疲れているときは少々きつかったが、やがてこれが一番の幸せであると思えるようになっていったから不思議である。それは多分、常に自分を待っていてくれる彼がいて、それに応えることができたという充実感なのでしょう。つまり、こんなことができるのは、私だけに与えられた特別な権利だと思えたのである。

そこには発想の転換などという非理屈は必要なかったし、こんな贅沢な時間を持てる自分が誇らしかったに過ぎないのだが、それでも、私にしてみればこれまでに経験したことのない不思議な感じで、最早自分のラスフスタイルの中にしっかり根付いていた。これがまた、彼との絆をより一層強靭なものにしたような気がしている。

2008年5月29日

市中見回り開始

訓練所を見事主席で卒業したムサシは、散歩をするときも胸を張って堂々と行進し、たちまち人気者になりました。子供たちから、「噛まないですか」と聞かれると私は自身をもって「噛まないよ」と誇らしく答えると、ムサシの体にさわりながら可愛いといってくれます。彼にとっては多少迷惑なようでしたが、これも市民義務と心得ていたようです。

こうして正式に塩釜市民として認知されたためか、行動範囲は日増しに広くなり、隣の多賀城市にまで足を伸ばすようになり、ますます知名度を向上させることになっていったのです。それでも、中にはかつての私以上に“犬音痴”の人がいて、これは土佐犬ですか?とか、はなはだしい人は、これは熊ではないのですか?などと言われこともありました。

このようなキツイ冗談もなんのその、ムサシとの絆はどんどん深まり、冬場には私のベッドに潜り込むようになりました。彼の寝床は、私たちのベッドの横に用意してあるのですが、寒くなると「入れてくれ」と合図するのです。その道の識者に言わせると、それは行過ぎた行動だといいますが、そんなことは全く意に介しませんでした。

2008年6月 1日

花火が苦手なムサシ

ムサシがわが家に来たのは暑い盛りではありましたが、季節としては夏の終わりに近かったため、地元の夏まつりなどはとっくに終わってしまった時期でした。実質的に1年目を迎えたある日のこと、ちょうどその日は塩釜の港祭りの日で、夜は花火大会があるということだったので、ムサシにこれを見せてあげようと思ったのです。

人ごみを避けて少し離れた裏の公園に陣取り、花火の開始を待ちました。いよいよ点火され音が鳴り出した途端、ムサシは狂ったようにおびえて木陰に逃げ込みました。その様子が尋常ではなかったため、花火が止んだ一瞬の隙間を縫って早々に逃げ帰ったのですが、それでも震えがとまらなかったので、押入れに入れて布団をかけてやりました。

そういえば、彼の苦手はどうやら大きな音のようです。商店街を歩いているときも、シャッターの閉まる音を極端に嫌っていたのも同じ理由だったようです。そうだとすれば、花火のあの音は、彼にとって天地がひっくり返るような衝撃だったに違いありません。まだまだ理解が足りなかったことを反省させられた一日でした。

2008年6月 5日

ムサシの賢さ再発見?その1

シャッターの音を怖がるムサシは、臆病でその名に相応しくないのでは?と思った時期も正直ありました。しかし、よく考えてみるとそうではなく、争いや殺生が大嫌いな平和主義者だったことに気づきました。その証拠に、自分の比ではない小さな猫に威嚇されても、遠回りするしぐさは、相手を気遣っているためであるように思えたからです。

そのことを彼に尋ねてみたのですが、はっきりその通りだと答えました。そんな馬鹿な?とお疑いの方は直接聞いてみてください。ただし、彼の言葉が理解できる人に限ります。なにしろ日本語ではありませんから。落語めいた話はこれくらいにして、本物の“親ばか”の話が今日のメインテーマで、前段の話はそのプロローグに過ぎません。

彼が散歩を大好きなことは言うまでもありませんが、毎日あるいは、今このときの散歩コースを熟慮して、出した結論に基づき散歩をするという拘りについて紹介したいのです。こちらが、その方針に沿わないコースを強引に選択すると、真っ向から拒絶する姿勢はとらないのですが、最終的には思いを遂げるように私を仕向けるという技があります。この秘策については次回じっくりお話します。

2008年6月 8日

ムサシの賢さ再発見?その2

戦わずして勝とはこういうことをいうのでしょう。ムサシは多少自分の意に沿わなくても、一応は、私の方針に従い歩き出すのですが、ふとした隙に方向転換をして自分の意思表示を明確にします。始めは拒絶していた私も、こうした行動を何度か繰り返しているうちに、それほどまでに望むなら、という気分になり、というより気分にさせられ、ついに彼のペースに巻き込まれてしまう。

これがまた何とも平和的な解決のような気がして思わず笑ってしまいました。こっちへ行きたいのだが、オヤジがそういうのなら仕方がない。しかし、やっぱりこっちへ行きたいというのは、彼が私に対して発する強力なメッセージだったのです。つまり、こっちへ行くのがそんなに不都合なことなの?といっているわけです。

私の出した結論に特別逆らうでもなく、これといった理由もないのに意固地になっている私にとって、これほど痛烈な批判はなかったのです。すなおになれよオヤジ!「そうすれば僕も楽しいし、あんたも少しは大人になれるよ」と諭しているようでした。なるほどこれは使える、人間関係に応用できる、と小躍りしたことが思い出されます。

2008年6月12日

フンとり名人の称号取得

わが敬愛するムサシが、単なるペットとして粗雑に扱われることを極度に嫌った私は、社会に迷惑をかけることを避けなければと考えるようになりました。というのも、犬嫌いな人にとっては、ところかまわず排泄をする行為は特に許せないようです。このことに関しては全く同感なので何とかしなければと常々考えていましたが、ついに一つの結論に達しました。

これまでは、そのつどフンを紙で取り回収していましたが、これでは不十分なので、ホームセンターで見つけたバッグを買い求め、これを腰に巻きつけてポリ袋を忍ばせるというスタイルで散歩に出かけることにしました。ちょうどこのスタイルは山菜とりのかっこうで、家族からはあまり受けなかったと記憶しています。

しかし、実際にはこのスタイルが一番合理的で、彼が構えると事前にポリ袋をお尻に当てることができるので、100%確実にキャッチできるのです。他の散歩仲間からは「上手ですね」と賞賛されましたが、残念ながら普及は全くしていません。でも、それからというもの、私もムサシも犬嫌いの皆さんから一応敬意を表されるようになりました。

2008年6月15日

暴漢に襲われたムサシ

彼との楽しい日々が続いたある日のこと、すっかりコミュニケーションが取れるようになったという安心からでしょうか。いつものように公園に出かけましたが、早朝であることもあり油断してムサシの首からリードを離してしまいました。誰もいないのでのんびりと自由に遊ばせてやりたかったからです。それが一生の不覚でした。

どこからともなく、ムサシの倍もあろかというシェパードが飛び出してきて、いきなりムサシの背中に噛み付いたのです。幸いたいした傷は負いませんでしたが、相手の飼い主の言葉が許せなかったのです。お互いに離したのだから痛みわけだというようなことを言ったからです。私は烈火のごとく怒り相手の飼い主ばかりか犬にまでも噛み付く勢いでした。

この時ふと思ったのですが、何故ムサシは私の陰に隠れようとしなかったのだろうか?頼りにならないと考えたのか、それとも、私に危険がおよぶと考えそれを避けようとしたのか?彼に何度も聞いてみたのですが、未だに答えてくれません。それはともかく、その後、件のシェパードの飼い主はムサシには決して近づかないようになりました。

2008年6月19日

アツモノに懲りてナマスを吹く慎重さ

子供の喧嘩に親がでるのはおかしいと昔からよく言われてきたが、「犬の喧嘩に飼い主が出るなとは誰も言っていない」などと、勝手な理屈をならへながら、大人げなかったなどと反省するゆとりなど全くなく、怒り狂った毎日を過ごしたことをはっきり覚えています。というのも、その後、ムサシは大きな犬に脅えるようになってしまったからです。

そればかりか、噛み付かれた場所には絶対に近づかず、一回りスケールが小さくなったようにさえ感じられ、ショックの大きさは想像以上だったのだと、いまさらのように悔やまれました。しかしそこはムサシの底力、“オヤジもう大丈夫だよ”と声高らかに宣言してくれました。相変わらずあの場所には近づかないが、元気になってくれたことが何よりでした。

それにしても、性懲りもない人間が溢れている社会にありながら、たった一回の学習で、全てを習得してしまうムサシはやはり只者ではないと改めて思った。私がムサシをそう褒め称えると、周りの人は決まってこういいます。「犬は人間の3歳程度の知恵がある」と、しかし、私に言わせれば、「人間が犬の3歳ぐらい知恵がある」というのが本当です。

2008年6月22日

さすがにこたえる寝不足

「人間が犬の3歳ぐらい知恵がある」などというアマノジャクは、人間社会の常識からすると、到底受入れられないことぐらい承知しているつもりですが、少なくとも、人間が動物達を支配しているという驕りだけは許せないのである。多分その論理は、食べ物や安全は人間に依存していることは紛れもない事実であるというものでしよう。

どちらが知恵者であるか、偉いかを問題にしているわけではない。彼ら(犬達)の純粋さを人間の浅知恵で踏みにじってしまうことの恐ろしさを訴えたいのである。ムサシが私の布団に潜り込み、静かな寝息を立てているのを見ると、こんな取り止めのない葛藤が何故か毎晩繰り広げられるのである。それは今の幸せを確かめるため儀式のようでもあった。

確かに尋常ではない自分を認めざるを得ないのですが、現実に立ち返るとかなり次元の低い自分に気づき、ムサシの純な気持ちに申し訳ないようで、そのことを彼にぶっつけて見ると、そんなことはどうでもいいから、早く仕事をかたづけて散歩に行こうというのです。こんな毎日を繰り返しているうちに、さすがに寝不足になってしまいました。

2008年6月26日

至福のひと時

ムサシにとっても私自身にとっても、散歩は至福のひと時には違いないのですが、それにもまして、茶の間でくつろいでいるときの彼の姿を見るのはまた格別です。散歩から帰るとまず玄関で家内が迎えてくれ、ぬるま湯を8分目ほどにはったポリバケツでまず足を洗います。何しろ同じベッドに入るのでできるだけ丁寧に洗います。

足を洗うのは家内の役割と決めていたわけではないのですが、自然と分業体制が出来あがっていたのです。この作業中のムサシの態度はまさにお殿様級です。というのは、足を洗う際全体重を家内のひざに預けるのです。そのしぐさが、「オレは散歩で疲れている。よきに計らえ」とでも言っているようで、とてもユーモラスでした。

私たちが寝るのはかなり夜もふけてからなのですが、大抵の場合、自分で二階の寝室に登って行き自分のベッドに入ります。私の行くのが遅くなると呼ぶこともありますが、普段は私のベッドに乗っかっているので、私もそのまま彼を起こさないようにして一緒に布団に入ります。これが一日を締めくくる至福のひと時です。

2008年6月29日

ムサシの変な癖

ムサシは体温が高いので、せっかく私のベッドに潜り込んできても、そう長く滞在しないのです。ただ、一晩に何回も出入りするので、そのたびに布団をめくり上げなければならないのですが、それでもきてくれることが嬉しくてたまりません。しかし、この時の動作が少し変なのです。明け方になるまでは何回入ってきても、顔を私の足の方にむけます。

空が少し明るくなり始める頃になると、今度は顔が私と並ぶ位置に入ってくるのです。私はこのときとばかり、腕枕をしようと思うのですが、そうは問屋が卸してくれません。何故かくるりと頭をかわし自由なポジションに逃れるのです。このことについては彼に改めて聞かなくてもわかるような気がします。たぶん束縛されるのが嫌なだけなのでしょう。

しかし、このスタイルになると落ち着くのでしょうか。私がベッドを離れるまでぐっすり寝込んでいることも結構あります。私としてはトイレにも行きたいし、ムサシと離れたくはないしで悩むのですが、生理現象には勝てず起きることにすると、彼も必ず私に従っておきだします。こんな小さなドラマが何故か飽きもせず延々と続いているわが家なのです。

2008年7月 3日

ムサシのこだわり?その1

ムサシに散歩の主導権を奪われた話をしましたが、彼のこだわりはこれに止まりませんでした。例えば、私が仕事で外泊した次の日は、散歩の時間を多くとるように要求します。それがまた見事な帳尻あわせで、1回サボれば1回分を次の日に罰として科せられますし、2回の場合はその次の日にかけて償わされます。一体どうやって計算するのでしょうか?

もちろん最初は気のせいだと思っていたのですがどうも本物のようです。ちなみに、代役として家内や息子が必ず散歩に付き合うのですが、これを私のポイントとして数えてくれないらしいのです。この法則に気づいてからは、散歩時間の清算も念頭に入れて時間調整をするようになり、この予測がぴたりと的中すると、妙に納得するからおかしいですね。

このことを彼に聞いてみると、「犬は人間のようにいい加減なことはしないのだ」といいます。また一つ勉強になったと思わず苦笑いしてしまいましたが、信頼関係を確かめながらさりげなく主張するあたりも見事なものです。明日はどんな哲学が学べるかとても楽しみですが、まだ先日のツケがたまっているので、少し憂鬱な気分も入り混じっています。

2008年7月 6日

ムサシのこだわり?その2

この頃のムサシは、わが家の主導権をすっかり握ってしまい、自分居場所は私たちから与えられるものではなく、自分がかちとったモノと思い込んでいるようです。それはそれで特別異論はないのですが、そのしぐさがあまりにも板についているのを見ると、いささか滑稽に思えることもありました。例えば車に乗るときの動作です。

ムサシは小さい頃から、車に乗せる時はいつも助手席でしたが、そのときの都合で後ろの座席でも特別もんくを言うわけではなかったのですが、最近は、ほかの人が助手席に座ろうとすると決して許さないのです。といっても、威嚇したりもんくを言うわけではありません。相変わらず黙っているだけなのですが、そこは僕の席だと主張するのです。

ムサシのこうした主張に応えることでしか愛情を示すことができなかった私ですが、彼の方は、どんどん態度が大きくなり、我侭が増徴するという態度は全くとらないのです。いわば限度をわきまえた小さな主張に過ぎなかったわけです。当然のことながら、ブランド物の洋服や車をせがんだりするようなことはありません。

2008年7月10日

少しドジな一面も

「ドジで、間抜けで、おっちょこちょい」は落語や浪曲の世界の登場人物ですが、実はわが家のムサシも少しドジな一面を持っていました。一方では石橋を叩いて渡る慎重さがあるかと思うと、他方ではよそ見をしながら歩いて電柱にぶつかったり、足を踏み外して側溝に片足を突っ込んだりすることがあります。

なにしろムサシは体が柔らかいので、そうした場合でも怪我をすることはありませんでしたが、さすがに自分でもふがいないと思うらしく、反省する態度がおかしくもあり、私にとって勉強にもなりました。どういうとろが勉強になったかといえば、私と違って、失敗をするとすぐに反省する謙虚さについてです。

ある意味でドジとドジが揃って散歩に出かけるわけですから、もしも交通事故になど巻き込まれて、責任のなすりあいをしても始まらないので、結局私の方が重装備することで対応することになったわけです。ただ、先日も申し上げたように、学習効果を発揮する速さは私など足元にも及びません。同じ過ちは決して犯さないのです。

2008年7月13日

ムサシの嘆き

わが家の近くに「マック」というワンちゃんがいました。その兄弟だというワンちゃんと朝夕の散歩でよく出くわすのですが、このワンちゃんの飼い主がまた実に優しい人です。名前はつい聞き漏らしたのですが、何でも、この前の飼い主が突然引っ越すことになり、実家(ワンちゃんが生まれた家)に帰されたのだそうです。

そこには親犬もいたのですが、里帰りしたワンちゃんと性格が合わなかったのだそうです。ある日のこと、その人(今の飼い主)が仕事を終えて家に帰ったところ、そのワンちゃんが元の自分の家の前でうずくまっているのを見つけたのだそうです。かなり遠くから何日もかかってやっと辿り着いたらしく、かなり衰弱していたということです。

可愛そうに思ったその人は、迷わず自分の家で飼うことにしたということです。わが家のムサシにはそんな思いは絶対にさせないと堅く誓ったのはもちろんですが、数奇な運命をたどったこのワンちゃんにも、精一杯のエールを送りました。こんな悲しい思いをさせた人にも色々事情はあったのかもしれません。しかし、家族であるワンちゃんを粗末にしては絶対にいけません。

2008年7月17日

だれに似たのか淡泊な性格

ムサシは友達の性格などは全く気にせず、擦り寄ってくるワンちゃんにはとても優しく接するので、私たちにとってはこれも自慢種でした。しかし、やっぱり自分の好みがあるらしく、相性のいいワンちゃんの家には足しげく通いましたが、塀の外では思うように話ができないのか、中々離れようとはしませんでした。

すぐ隣にも「ごごちゃん=午後に連れてきたので」という柴犬の雑種がいましたが、オス同士なのに相性がよく、散歩の途中であったりすると、それはそれは丁寧に挨拶を交わします。「こごちゃん」は何時までで一緒に居たいらしいのですが、ムサシはほんの数分で背中を向けてしまいます。彼が私に似たのか私が彼に似たのかそっくりなのが気になります。

そんなドライな一面を見せるかと思うと、他方では辛抱強さに驚かされることも度々あります。例えば、散歩の途中で仕事の電話が入り、時には話が長くなることもあるのですが、そうした場合の協力的な態度はそんじょそこらの子供たちとは全く違います。ちゃんと伏せの体制をとり、会話の様子にじっと耳を傾けているのです。

2008年7月20日

散歩の多様なメニュー

ムサシには、散歩の楽しみ方にも色々の原則があっようである。まず、第一の原則は、一回の散歩でなるべく同じ道を通らないようにするというものである。毎日付き合っているとどんなに鈍感な私にもその原則がよくわかるようになったので、できるだけこれを尊重するように努めた。次の原則は、私の事情をかなり考慮してコースを決めることである。

仕事の都合で散歩をサボると必ずツケを払わせるムサシだが、私に時間の余裕ない場合は、近くで済ませるという配慮である。これにはなかなか気づかなかったが、結果的には、それ程彼をせかせるという場面がなかったことを思えば、この原則が生きていたためであることを改めて思い知らされる感じである。

最後の一つは、同じ場所へは10回程度出向くが、それ以上は足を向けないという原則である。これはどうしてなのかは未だに理解できないが、何故かムサシはこの原則に則って散歩を組み立てていたようである。この原則が市内ばかりではなく、隣町までくまなく探索できた要因であることに改めて驚かされる。

2008年7月24日

ある日のムサシのスケジュール?その1

着実に行動範囲を広げつつあるムサシであったが、今日は少し寝起きが悪いように思われた。というのは、通常であれば私が朝起きるとかれも必ず起き上がり、私と一緒に二階から降りてくるというのがいつものパターンであるが、今日は珍しく私が起き上がっても彼はそのまま寝ているのである。

どこか具合でも悪いのかと心配になったが、少し様子を見ることにしてそのまま放っておくことにした。案の定私が散歩の用意を始めるとあわてて飛び起きてきた。しかし、門を出たときの様子がやはり少し変なのです。というのは、いつもは散歩のコースはインプットされていて、迷うことなく目指した方向に向かって歩き出すからです。

それが今日は珍しく、しばらく立ち止まって右に行くか左の方向に行くか考えている様子なのです。どうしたのか聞いて見ると、どうやら少し疲れ気味で散歩は簡単に済ませたいというのです。それなら無理をする必要はないよといってやりましたが、中止するほどでもないということでゆっくりと歩き始めました。さあそれからが大変です。

2008年7月27日

ある日のムサシのスケジュール?その2

はじめはゆっくりとした足取りでしたが、徐々に調子がでてきたのか、いつの間にかハイペースになってきました。どうしたのかと再び聞いて見ると、実は行きたいところが左右にありどちらを優先するか、どちらへも行くとすればオヤジの都合もあるだろうと思って、あれこれ悩んでいたので、つい調子が悪いと言ってしまったというのです。

そこで私は彼に言ってやりましたよ。そんな水臭い、“オレとお前の仲ではないか”と。そうかそれを聞いて安心したとばかり、その日の散歩は何と3時間超の大行進になりました。帰りを待っている家内に携帯で連絡をとり、朝食を一人で済ませ仕事に出かけてくれといっておいたとはいうものの、これは一体どうしたことだろうと解釈に戸惑いました。

実は、わが家のムサシはこうしたことは今日が初めてではないのです。事情が許せば、塩釜市内だけではなく、周辺を全て探検したいと常々思っていたらしく、私たち夫婦の会話を聞いていて自分の体調と合わせて散歩のスケジュールを決めていたというわけです。そういえば、今朝は確かに仕事で出かけようかどうしようかという話をしていました。

2008年7月31日

ある日のムサシのスケジュール?その3

ようやく世界一周旅行を終えてわが家に辿りついたのは、10時をとっくに過ぎた頃でした。朝の7時に出かけて帰りはこの時間です。彼の足を洗うために、会社に出勤していた家内がわざわざ戻ってきてくれました。わが家にはちょっとした不文律がありまして、散歩の後ムサシの足を洗うのは家内の係りになっています。

今日はこの規則に縛られて帰ってきたのではなく、私の朝食の用意もあったためではあるのですが、長旅につき合った私へのねぎらいの意味もあったのでしょう。それにしても、驚くべき「散歩力」ですが、そのことをほかの人に話すと、ムサシより私の方が驚かれるのには、私のほうが驚きました。かなり重症の親バカでしょうか?

一方当のムサシは、足を洗ってもらいながらゆったりと家内の膝に体重をあずけ、すっかりリラックスしています。この頃からでしょうか?散歩の後はいつもお殿様よろしく、よきにはからえといった態度で足を洗わせるようになりましたが、その態度がまた少しもいやみでないところが何とも不思議なところです。

2008年8月 3日

ちょっぴりうしろめたいこと?その1

食事をするときも一緒、寝るときも一緒という生活は快適そのものですが、外食をするときにムサシを残して出かけるのが心苦しいのです。家内は、“お仕事だからお留守番”と,念仏みたいに言って聞かせるのですが、何をしに出かけるかは先刻見通しのようで、その言い方があまりにも白々しいと感じたときなどは、少しふてくされるときもあります。

といっても、ゴミ箱をひっくり返したり、りんごを丸かじりするぐらいですが、とにかく私たちの会話は全て理解しているので、変ないい訳は効かないようです。そこで、食事に出かける時は次のように話しかけることにしました。「ムサシと一緒に行けないのは残念でたまらない。その代わりお土産を買ってくるからね」。これは少し効き目があったようです。

要するにちゃんと話してくれれば納得するのに、変な小細工をするのが気に入らなかったというわけです。その後は、出かけるというと寂しそうな顔はしますが、お土産で我慢するかと達観した様子が窺えるようなりました。私たちも食べる前にムサシへのお土産を考えて注文するようになり、彼の寂しさを思いやるようになりました。

2008年8月 7日

ちょっぴりうしろめたいこと?その2

しかし、当の本人(ムサシ)は、人間社会の偏見をとっくに見抜いており、私たちを攻めるようなことはなく、むしろ斟酌している私たちを気遣っているようにさえ見えました。その寛大な態度に改めて感動しました。それは気のせいだと思われるかもしれませんが、聞き分けのない子供とはくらべものにならないくらいです。

それはともかくとして、ワンちゃんに対する考え方では、日本はまだまだ発展途上国ですね。ドイツなどではワンちゃん同伴で食事に出かけるのは当たり前だと聞きます。もちろん、他人に迷惑をかけないよう、きちんと訓練されていることが前提でしょうが、日本のワンちゃんだって、それぐらい簡単にクリアできると思うのですが。

そうはいうものの、「ワンちゃんに対する偏見を改めよ!」と国にねじ込む勇気もないので、ひたすらムサシに言い訳するぐらいが関の山でした。このうしろめたさは今もって解消されていませんが、少なくとも家の中では、ムサシが親分であることは自他共に認めていますので、かろうじてバランスが保たれているというところでしょうか。

2008年8月10日

初めての一泊旅行

山形蔵王にワンちゃん同伴で宿泊できるところがある。そう人づてに聞いたので電話をしてみると確かにOKだったので、早速ムサシをつれて蔵王を目指しました。体が大きいので長旅は少々きつかったようですが、途中で休憩しながら何とか目的地に到着しました。そこは、「しばづけ小屋」という小さな施設でしたが落ち着ける雰囲気が感じられました。

その日はあいにくの雨だったので、やむなく部屋で過ごすことになりましたが、ムサシばかりではなく私たちも退屈でした。翌日はすっかり雨が上がったので、早速ムサシと散歩に出かけましたが、正直言って彼はそれ程喜んでくれていないように見えました。私たちが一緒でも、やはり雰囲気が違うせいなのでしょうか?

散歩後に朝食を済ませ、早々に帰途に着きましたが天気がよかったためか、ムサシは昨日よりは元気が出てきたようなので、蔵王温泉に立ち寄ってみることにしました。そこで池の周りを散歩したのですが、この雰囲気がまたえらく気に入ったようで、散歩を切り上げようとしないのです。もしかすると、名物のイガ餅が気に入ったせいかもしれません。

2008年8月14日

ムサシにとってもう一つの苦手なこと?その1

わが家のムサシは、花火の音が大の苦手であることと先に書きましたが、この点は2年ほどで克服できたようです。しかし、どうにも苦手なものがもう一つありました。それは、市で行う狂犬病の予防注射です。元々病院も多少苦手ではあったのですが、屋外で機械的に行われる狂犬病の予防注射だけは、どうにも受入れがたいようでした。

僕(ムサシ)は、今までヒトを噛んだことはないし、これからも噛む予定ない。第一ヒトぐらい食えないヤツはないとさえ思っている。それなのに狂犬病などと勝手に名前をつけて、これでは犬権(人件)侵害ではないかというのです。そういえば、噛みつくのはムサシではなくて何時も私の方だと妙に納得しているから余計に始末が悪い。

そんなわけで、毎年この時期になると二人がかりで彼を押さえつけるものだから、愛想をつかされてしまうのではないかと怖くなり、来年からはこのようなことがないようにしなければと、家族で真剣に話し合いましたが、これといった解決策は見つかりませんでした。そこで改めて彼の意見を聞いてみることにしました。するとその答えは単純明快でした。

2008年8月17日

ムサシにとってもう一つの苦手なこと?その2

狂犬病の予防注射が嫌いなわけを改めてムサシに聞いてみたところ、彼の答えはこうでした。「確かに狂犬病の予防注射は好きではない。しかし、本当に許せないのは、ボクをだまし討ちするオヤジ達の態度なのだ。正直に打ち明けてくれれば、多少不本意であるとしても協力しないわけではない」というのである。

そういえば、散歩に出かける振りをして予防注射の会場に引きずり込んでいた。そんな魂胆はとっくの昔にお見通しだったというわけである。今後はちゃんと正直に訳を話して、浮世の義理を果たしてもらうことにしたのだが、来年まではしばらく間があるので、多少お茶を濁していたようなところもあったのであろう。

実はそのこともムサシは見抜いていたのである。あっという間に1年が過ぎまた予防注射の時期がやってきました。多少憂鬱な気分になっていたことは事実ですが、去年の約束を思い出したので、恐る恐る注射の話を切り出したのですが、“正直にいってくれれば付き合うといったでしょう”とあっさり切り返されてしまいました。

2008年8月21日

ムサシは人間のように嘘はつかない

予防注射の当日、“ムサシ注射に出かけるよ!”と、なるべく平静を装って彼に呼びかけてみました。当然喜んでいるようには見えませんでしたが、いつもどおりの散歩スタイルで出かけました。ところが何と、すたすたと注射会場に向かって歩き出したではありませんか。今日の散歩コースとは明らかに違う道であるはずなのにです。

さらに驚いたことは、逃げ回る様子などまったくなく去年までとはまるで違うのです。係りの獣医師がたまたま同じ人だったので、少しなれましたねと言われましたが、私は、決してそういうことではないと直感しました。ワンちゃんたちはわれわれ人間のように決して嘘をつかないのだな、とつくづく感心しました。

散歩から帰ると、さすがにいつもより疲れた様子で、食事の後はソファーに丸くなりリラックスしているようでしたが、その後は何もなかったかのように全く普段と変わりありませんでした。そのしぐさを眺めていると、またひとつ、代償を求めない真っ当な生き方を学ばせてもらったな、という思いがしてとても心がなごみました。

2008年8月24日

平穏な日々

ムサシがわが家にきてから3年目の春を迎えた頃、息子達が次々に家を離れることになりましたが、ムサシは人間社会の試練を見事に克服できたためか、平穏な日々が結構価値あるもののように感じられましたし、月に二三度訪れる息子達と会うとき、ムサシノの喜ぶ様子を見るのも楽しみの一つになっていました。

この頃を境にして、ムサシの散歩コースがおよそ4通りのパターンに1つのオプションを加えた定型的なものになってきたような気がします。家から店(移転前の店)までは約2kmでしたが、少し寄り道しながら30分ほどかけて歩くコースがまずできました。店で一休するというのがえらく気に入った様子でした。

帰りはなるべく行きと違ったコースを採るという拘りについては、以前にお話したと思うのですが、その辺のオプションも実に見事なものです。このコースは夕方のもので、朝はまったく別のコースですが、休みの日などにはかなり遠くまで足を延ばすことがあります。といっても、休日かどうかは彼の判断で決めるのですが、今のところ百発百中です。

2008年8月28日

心配の種がまた一つ?その1

ムサシとの良好な関係が築かれたことに満足していたある日のこと、ヨーロッパ旅行の話が舞い込んできました。期間は半月ほどでオランダ、ドイツ、フランスを視察するというものでしたが、何しろ、ムサシと片時も離れる生活など考えられなかったので、辞退しようと思ったのですが、結果的に受けることにしました。

成田を出発した当初は多少緊張もあったせいか、まだホームシックという状態ではなかったのですが、いざ現地に降り立ってみると、とんでもないところに来てしまったという思いがした途端にムサシの顔が頭に浮かび、仕事どころではありませんでした。やっとの思いで一日を終えムサシに電話してみることにしました。

変わりようのないわが家の様子を聞くのもそこそこに、ムサシに換わってもらいました。家を出て3日目であったためか、彼は意外にも雄弁で一日も早く帰ってきてくれと訴えるのです。聞き分けないことをいうな、と腹を立てたふりをして電話を切りました。まるで借金取りを避けるような心境に自分を追い込んでいました。

2008年8月31日

心配の種がまた一つ?その2

その後は、怖くて怖くて、とても電話をする気にはなれないまま、長い長い16日間を過ごし、やっとの思いで帰国しました。飛んで帰りたかったのですが、途中仙台でどうしても欠席できない会合があったため、帰宅したのは夜の11時過ぎでした。ただいま!とドアを開けた途端ムサシが飛んできて…

歓迎のパフォーマンスが一通り終わると、まるで何事もなかったかのように静かになり、ただそばに寄り添っているだけです。着替えが済んだ後、散歩に行くかと尋ねると、彼は二つ返事で応じる構えをしました。既にその時は12時を回っていましたので、明日にしたら!と家内は言うのですが、二人とももうその気になっていました。

外に出ると、ムサシは得意げにやや早足で歩き出し、今日は無礼講とばかりに足を延ばして1時間ほど町中を闊歩しました。散歩の感触を確かめた二人は、安心して布団に入ることができ、朝までぐっすり寝込んでしましました。翌日目が覚めると、昨日までのツケをどうやって払うかという厳しい(実は嬉しい)現実が待っていました。

2008年9月 4日

返済能力にあったツケの払い方

半月以上も家を空けたツケはかなり大きいと覚悟を決めていたが、そこはわが家のムサシ、私の返済能力(財源)をちゃんと勘案して対策を練っていたようである。これはまるで、テレビコマーシャルで見る消費者金融の「無理のない返済計画」のようによく考えられたものだった。いや一晩で考えたのだからそれ以上である。

具体的には、残債方式とでもいうべき方法で、最初の一日目はかなり長時間に及ぶ散歩だったが、次の日からは少しずつ時間を減らし、1ヶ月位かけて徐々に解消するという実によく計算された方法でした。つまり、元の散歩スタイルに戻るまでに1ヶ月間もかかったことになりますが、納得のいく対応に脱帽でした。

ここからは私の推測ですが、こうした行動の裏には自分の存在感を確かめるという意味があったような気がしています。この謎かけに答えることができたという思いが、お互いの絆をより一層深めたことは確かなのでしょうが、何よりも、毎日一緒にいられることの充実感を取り戻したことが心に滲みるようでした。

2008年9月 7日

ホームでくつろぐムサシ

散歩のときの話が多くなってしまったので、家でくつろぐムサシの姿について少し紹介しましょう。海外へ出かけていたときの彼の様子は、あまり聞きたくなかったのですが、一旦落ち着きを取り戻すと逆に聞きたくなるのは何故なのでしょうか。昼間は誰もいないので様子はわかりませんが、夜になると私の部屋からじっと外を眺めていたということです。

特に何もいわないのですが、「今日も帰ってこないのか?」と言わんばかりのさびそうな顔をして、二階の寝室に向かうという毎日だったそうです。旅行先から電話をしないようにしたことがよかったのかどうか未だに判断しかねていますが、彼の悲しそうな声を聞く勇気がなかったことだけははっきりしています。

なにしろ、私がトイレに立っても起き上がり、ついてくるというベッタリの仲ですから、孫達も一目を置く関係であることは間違いありませんが、この関係を築くまでには並々ならぬ努力があったことも知ってもらいたいのです。つまり、二兎を追う生活は完全に捨てる覚悟がなければ、すぐに心を読まれてしまうからです。

2008年9月11日

測り知れない懐の深さ

わが家のムサシは体も大きいからかもしれませんが、実によく食べます。食事のときの彼の食べっぷりを見ていて、子供たちは、“一度思いっきり食べさせてみたいね”とよく冗談を言います。そんな大食漢のムサシは特にりんごが大好きで、自分の割り当てを最後までとっておき、私たちからむしり取った後に自分のものを食べます。

そんなりんご大好き人間(犬)のムサシですが、手の届くところにおいてあっても殆ど手を出しません。時に不本意な留守番をさせられ、ふて腐れて腹いせにりんごをかじったとしても、1個だけにしておくという律儀さがたまりません。普段の様子からすると4?5個ぐらいは軽くいきそうなものなのですが?

そのやり方がまた憎めないのです。ビニールの袋に入っているりんごを、まず袋ごと自分の席(3ヶ所に敷いてあるマット)に持って行き、そこでたった1個だけ取り出して丸かじりするのです。「ものには限度というものがある」あるいは「親しき仲にも礼儀あり」ということを私たちに教えているようで実に微笑ましい。

2008年9月14日

お客様を迎えたときのムサシ

ライフスタイルがすっかり定着したムサシですが、唯一お客様への対応に少し不安がありました。といっても、訪問者の人相が悪いからといって噛み付くというようなことではありませんが、自分のリズムを乱されるという点では多少抵抗があったのか、玄関でひとしきり吠えるというパフォーマンスをすることがあります。

この動作は決してお客様を歓迎しないという意味ではないのですが、相手が犬嫌いであるとその反応が怪しいと判断するのでしょうか、体が大きいだけに威圧的に受け取られてしまうことが度々ありました。そこで、やむを得ず、お客様が来る以前にリードで繋いでおくことにしたのですが、彼を侮辱しているようでとても心苦しいのです。

というのは、ひとしきり吠えれば、後は私の後ろにただ黙って座っているだけで、犬嫌いな人に対しても全く恐怖感を与えるようなことがないからです。帰り際にも黙って見送るだけで吠えることなどありません。その後すぐ彼に謝りながらリードをとき、頭をなでることにしていますが、不満を漏らしたことなど一度もありません。

2008年9月18日

お客様が帰った後のムサシ

しばらくの間は、お客様が帰った後リードをはずすというパターンを繰り返していましたが、ムサシにとっても、あのお客様は誰かということに少なからず興味あるのでは?と思える場面が何度かありました。そこであるときから、お客様が帰った後で、あの人はこういう人だということを詳しく説明することにしました。

それ以来、一応玄関まで出迎えに出るのですが、吠えることは一切なくなりました。ただし、初めての人の場合は、説明を怠るとやっぱり吠えるのですが、それも数ヶ月で殆ど解消しました。お客様の気配を感じると、リードを結んであるピアノの前で首輪をかけられるのを待つしぐさだけが残ってしまいました。

話の邪魔をするなどということは全くありませんが、あまり長いと寝入ってしまうこともあり、リードで束縛するのが可愛そうです。日々学習して人間社会に馴染もうとしているのに、ただ可愛がるだけでは、本当にムサシの存在を認めたことにはならないのでは、という思いがして、じっくりと話し合って見ることにしました。

2008年9月21日

ムサシのいいぶん

ムサシが言うには、「お客様が来たからといって犬は必ず吠えると決めているわけではない。犬が嫌いな人でも、やましいところがなければ、どんなに吠えられても怯むことはないが、心に悪感情を抱いている場合は、たとえ犬好きでも顔色にその感情が表れる。これを見定めるために吠えているに過ぎないのだ。」というのである。

それでは聞くが、と重ねて次のように質問してみた。これまでに、心がやましい人はどれ位いたと思う?すると彼はこういうのである。「最初はなかなかその判断が難しいので、とりあえず吠えるのだが、話の内容を聞いているうちに、オヤジにとってもボクにとっても、安全であることを確認できればその必要はなくなるので、次回からは吠えないのだ。」

それ以来、ムサシをリードで縛りつけることをやめにし、少し面倒でもお客様には大丈夫ですからと声をかけることにしました。ムサシは、歓迎の挨拶をするだけで、あとは私のそばでじっと話を聞いているか、自分の席に戻り寝ころんでいるかです。よく考えると、私の説明にムサシが納得したのではなく、彼の説明に私が納得したというのが真相です。

2008年9月25日

就眠前の会話

私がベッドに入るとムサシも必ず自分の寝床につきます。そして、その日のできごとを話すのが日課になっています。寝る前なのでそれ程多く話すわけではないのですが、ムサシも一言二言返してくれます。最後は明日の日程について打ち合わせて消灯し、頭や背中をなでながら静かに眠りにつくという極シンプルなものです。

この小さな儀式が、心地よい夢を見るためのオマジナイになっているらしいので、私もできることなら省略したくないのですが、仕事の都合で帰宅が遅くなったりすることがあると、とても残念そうなそぶりをします。ただそんなときでも、不平を言うのではなく、帰ってきて嬉しいという歓迎一色のアクションにほんの少し表れるだけです。

この微妙な表現をどうして感じるかといえば、わが家のムサシの場合は大きなため息です。待どうしかった分だけため息が大きく、いかにも待ちくたびれたといっていることがよく理解できます。時には表情だけでなく、言葉で直接訴えることもありますが、詰問されることなど全くないのが救いです。いや本当はその方が重いのかもしれませんね。

2008年9月28日

水と空気とムサシとわたし

この節、水も空気も無制限に手に入るものではなくなってきていますが、それでもわたしにとって、最も大事なのはムサシの存在です。多分ムサシも同じ気持ちだと思うのですが、このことについては多くを語らないのがムサシの心意気なのでしょう。少し手前味噌に言えば、わが家での生活を堪能しているように見えるからです。

そんな彼の姿を見るとき、ムサシにはもう少し楽しい生活があったのではないかと、ふと不安に駆られることもあります。しかし、そうしたそぶりを一切見せず、他での生活など全く考えられないような暮らしぶりにふれると、改めて存在感の大きさに感動させられます。今日も、脇から聞こえる静かな寝息がわたしを後押してくれています。

わたしの今日の仕事は、少し小難しくて心が晴れないのですが、そばにいるムサシは、頑張れとも、無理をするなとも言ってくれませんが、明らかに心配している様子が伝わってきます。変なもので、これがプレッシャーになるかと思うと、逆に2倍のエネルギーとなり、何とか乗り越えることができました。

2008年10月 2日

ムサシは全ておみとおし

ムサシは気が向くと昼間でも、ひとりで二階に上りくつろぐこともあります。もちろんわたしが外出しないことを熟知しているからなのですが、ここぞとばかり、つまみ食いをしようとすると、必ず彼に見つかってしまいます。もちろん、内緒にしたいのには訳があってのことなのですが、とにかく抜け駆けは絶対許さないのです。

こちらの意図は、食べ過ぎるとムサシの体に悪いので、なるべく悟られないようにしようしているのですが、それでは納得しないのです。しかし、不思議なことに、かなりの距離があるのにどうしてバレルのか不思議でしょうがありません。これは、嗅覚が優れているといった単純な理由ではなさそうです。

かなり後になって気がついたのですが、これは自分が食べたかったのではなく、わたしを監視していたのでした。つまり、食べ過ぎに注意しなければならなかったのは、むしろわたしの方で、ムサシはそれを監視していたというわけです。それにしては、自分もおすそわけにあずかるというのは多少気になるところですが?

2008年10月 5日

トレーナーに就任したムサシ

高校時代の同期で富士山に登るという話がもちあがった。わたしには全く興味がない話であったが、企画者の顔を立てる意味で参加することを約束してしまった。最近は、ムサシとの散歩で鍛えているものの、ハードなトレーニングとはとんとご無沙汰だったので、少し、体を鍛えなおさなければと思い対策を練った。

その結果、やはり散歩の時間を活用するのが一番合理的であろう考え、市内にある塩釜神社の階段の登り下りに挑戦することにした。この神社は、奥州一宮として有名な神社なので、多少のご利益も期待してのことでした。トレーニング・スケジュールはこうです。272段ある石段を3往復するという単純なものでした。

始めの1往復はムサシも快く付き合ってくれましたが、2回目は遠慮したいというのです。それではということで、監督兼トレーナーとしてわたしの奮闘振りを見てもらうことにしました。適当に声をかけてくれたり、熱い視線を送ってくれたりで、結構効果的なトレーニングができ、1ヶ月ほど続けることができました。

2008年10月 9日

お蔭様で無事帰還

ムサシの声援のおかげでトレーニングを続けたのが良かったのか、晴天にも恵まれたことで何とか登頂にも成功し3日後に無事帰還しました。あんなに苦しかったのだから、すこしはねぎらいの言葉ぐらいあっても不思議ではないと思うのですが、顔を見るなり、“そんなバカなことを二度とやめなさいよ”という厳しい出迎えでした。

家族だけならいざ知らず、ムサシまでもあまり快く思っていないようです。これは家族がわたしの留守中に、危険だとか疲れるなどのマイナーな言葉を毎日聞かせたせいではないかと勘ぐりました。しかし、ムサシはそんな了見の狭いワンちゃんではありません。その証拠は、ベッドにもぐり込んで寝るときにすぐ解かりました。

それはわたしの心の問題だったのです。元々山登りなど大嫌いなのに、このトシになってわざわざ富士登山を試みるなど、誰よりも自分が許せなかったからです。事実、富士山頂で見た御来光にも全く感動しませんでしたし、早く帰ること意外に目的はなかったで、ムサシも家族もそのことをよく知っていため、特に話題にしなかっただけなのでした。

2008年10月12日

夏場には弱いはずなのだが

ムサシノ祖先は寒い海辺の生まれというから、夏場は本来苦手のはずなのですが、かなり暑い日でも散歩には欠かさず出かけます。それでも時折、町の皆さんから水をいただいて美味しそうに飲むことはあります。そんなときは、木陰で一休みしようと誘うのですが、大丈夫だと言ってそのまま散歩を続行することが多いのです。

その姿が傍目には酷に見えるのかもしれませんが、それはムサシのこだわりなのです。確かに体温も高いので、冬にくらべればシンドイのではと思うのですが、盲導犬や警察犬などの作業犬として活躍するくらいなので、辛抱強いのがよく解かります。それに、人なつっこいためか、夏祭りのときなどは特に暑さにめげず積極的に出かけます。

ムサシと同種のワンちゃんを飼っている人にもよく聞くことなのですが、ワンちゃんの仲間よりも人に興味があり、急に歩行者などに飛びつく事があるので、注意が必要であるといことです。ムサシも人に褒められるのは大好きで、人ごみに好んで足を向けますが、そうした振る舞いをすることは全くありません。

2008年10月16日

ムサシには躾などいらない

テレビなどでよく犬の躾についての番組がありますが、どれをとっても理にかなっているだけに感心させられますが、中には少し違うのではないかと思われるような躾もあります。例えば、お客様が来ると、玄関にでて吠えるのをやめさせるには、酢と水を半分ずつブレンドしたものを空気中に散布すると泣き止むなどです。

確かに吠えるという解釈からすれば、黙らせたいということになるのかもしれませんが、わが家では、吠えるという感覚ではなく、教えてくれると解釈しているので、あえてこれを止めようとは思いません。実際彼に聞いてみても、ボク達の言葉が理解できない人間には、わめいているように聞こえるかもしれないが、ちゃんと意味があるといいます。

ムサシにしてみれば、お客様が歓迎すべき人物なのかどうかを確かめるため、まず、オヤジに知らせようと思っての行動であるといっています。幸いわが家では、彼との会話ができますので、うるさいなどと制止することなど全くしません。この人は大丈夫ということを知らせるだけで、すぐに静かにしてくれますから。

2008年10月19日

ヒトも動物も尊厳は同じ

ムサシを訓練所に入れたのは、人間社会で共存するためのルールを身につけさせるという狙いがあったからである。訓練所を卒業して家に戻ったころは、確かに命令には従順に従い、飼い主としては、親分にでもなったような気分になったりもした。例えば、「ツケ」「伏せ」などの掛け声には、見事にしたがったからである。

しかし、それは間違いであったと反省している。命令に従うのは彼がよく訓練されていて、そのルールを守ろうとする素直さの現れであることは解かるが、これは人間が一方的に彼の素直さを利用しているだけで、本当に可愛がるということではないように思えてならない。つまり、動物の尊厳を本当に認めた接し方ではないと思ったのです。

もしも、ムサシの言葉を理解し、完全にコミュニケーションが取れれば、こんな命令など全く必要がないはずだと考えたのです。そこで、どのようにしてムサシとコミュニケーションを取ればよいのかを研究してみることにしました。その結果は至ってシンプルで、「声:音」「動作」「目」という3つの信号の組み合わせで会話ができることでした。

2008年10月23日

アトピーにかかったムサシ

この年の夏はことのほか暑く、ムサシがわが家にやってきた時と同じぐらいに感じられた。それても東北の夏は比較的短いので、何とか乗り切ることができ、秋の気配が感じられるようになってきたある日のことである。気がつくと、ムサシの肌はカサカサになり痒がっているのです。早速病院に連れて行ったところ、アトピーと診断されました。

食事療法と投薬を併用することにしたのですが、皮膚はアレテ黒々とした毛があっという間に抜けてしまったのです。それでもムサシは元気なので、気長に回復を待つことにしましたが、しばらくすると回復の兆しが見え、何時の間に元通りに毛が生え揃い元に戻りましたが、原因に心当たりがないだけに少し心配が残りました。

このことがあってからだと記憶していますが、ムサシに洋服を着せることが多くなったような気がしています。これがアトピーの予防になるかどうかはわかりませんが、散歩のときは特にそうするようになりました。初めは、大きいサイズが市販されていなかったので、少し窮屈そうでしたが、次々にビックサイズが登場したので、おしゃれなものも選べるようになり、彼も少しは誇らしげでした。

2008年10月26日

散歩のパターンに変化

ムサシにとって散歩はもっと大事な仕事の一つだが、それだけに、体力の配分やわたしの運動量を計算してスケジューリングしているようだ。そうした意味で、ここ数年はやや定着したか見えた散歩コースだが、ここに来て大幅に修正することにしたようです。その主な理由は、店が移転したことによるものでした。

これまでの店は、自宅から約2kmの距離にあり、少し遠回りすると往復5kmほどの距離になるため、1時間程度の行程でしたが、新店舗はそこから更に1kmのところですので、往復すると1時間30分以上はたっぷりかかります。このころから、帰りは車でという習慣が出来上がり、こうしたパターンがインプットされたようです。

もちろん、ムサシが切に望んだわけではありませんが、何しろ回り道をする分も含めるとかなりの距離になるため、帰りは車に乗せることにしたのです。というより、ムサシにしてみれば、帰りは車なので、店にたどり着くまでが散歩の時間と割り切って、行程を工夫したのかもしれませんが、多少のオプションも含めると心地よい道のりです。

2008年10月30日

風格が感じられるようになったムサシ

アトピーにかかったため、薬を投与したことで食欲が以前より旺盛になってしまった。そのためどうしても食べ過ぎになることが多く、制限するのにかなり工夫を凝らしたのだが、体重はかなり増加したようである。それでも傍目には風格が出たと映るらしく、ムーちゃんは貫禄があるねと褒められるようになった。

特別怒る理由もないので、額面どおりお褒めの言葉と受け取ることにしたが、ムサシの健康を考えると、貫禄どころではなかった。しかし、体格は別にしても、そういわれてみれば確かに風格がでてきたようなので、多少自慢したい気持ちはあったが、ムサシがそんなことを喜ぶわけもないので、わが家では話題になることはなかった。

病院の先生からは、少しやせなければダメですよといわれていたので、少し時間をかけてでも体重を減らそうと考え、少しずつダイエット計画を実行することにしました。約1年ほどの年月を要しましたが、努力の甲斐あって見事に変身することができました。この計画の実行には、彼も協力的であったことは言うまでもありません。

2008年11月 2日

今が午後2時の状況

今から十数年前、いわゆるバブルがはじけるころの状態を評して、午後2時頃などとよんだことがあった。多分その心は、一日の中で最高に気温が高いが、下降に向かうという意味なのでしょう。ムサシも今がそのときではないかと感じられる今日この頃です。もちろん、そう感じる何の根拠もないのですが、あまりに平穏すぎることが少し怖かったのです。

しかし、当のムサシはわが世の春を謳歌しているようで、わしたちも今の状態が百年も続いてくれればいいのにと願うばかりです。病院の先生に言わせると、“大型犬には珍しく肝臓が丈夫なのでムサシは長生きすると思いますよ”ということでしたが、健康管理には自分たち以上に気を使い定期的に検診を受けることにしていました。

時には、注射を打つこともあったのですが、そんなときでもじっと我慢して協力してくれるようになっていた。あんなに怖がりだった彼がどういう心境の変化でこうなったかかなり不思議だった。始めは先生との相性の良さだと思っていたが、やはり、本音で話しかける姿勢が、恐怖心を軽減させたというのが真実のようです。

2008年11月 6日

ムサシの四季?夏その1

ムサシがわが家の家族として迎えられたのは、暑い盛りのことであった。そのときはエアコンを効かせて快適に過ごさせたので、それほど暑さに弱いとは感じなかったが、なにしろ、祖先の出身地が寒いところなので、どちらかというと苦手なのではないかと思っていた。しかし、当のムサシははじめての経験なので、特に変わった反応はなかった。

わが家では、真夏でも自然の風をメインに活用し、それでも暑いときに扇風機を使う。どうしても耐えられない場合はエアコンという基本スタイルができていたためか、ムサシも暑い時は、玄関のタイルで体を冷やしていた。もちろん、大きめのバスタオルを敷いてあげたのだが、少々邪魔になるらしいようである。

涼をとる最大の方法は水を飲むことである。わが家ではムサシのために、2ヶ所に水呑み場を用意してある。一つはキチンの一角に、もう一つはバスルームの中である。どちらも常にアクセスできるように開放してある。それでも、散歩の時には公園の水道にもよく立ち寄るし、コンビニのかき氷などもよくおねだりする。

2008年11月 9日

ムサシの四季?夏その2

夜は寝苦しいらしくて、布団を飛び出し冷たそうな床を探して彷徨しています。それでもどうにも我慢ができないときは、少しエアコンをかけてくれ!と要求することもあるが、基本的には余り好きではないといっています。わたしたちも同じ考えなので、寝苦しいと感じる度合いはわたしたちと同じ程度だと思ってもよさそうです。

ただ、ムサシは体の表面に汗をかかないので、その分の熱を体外に排出するのが大変なのだということでした。そのぐらいの耳学はあったつもりでいたのですが、改めて本人(本犬)から聞くと、体の構造の違いが実感できます。それにしては、散歩を欠かさないのはどういうわけか?と尋ねてみたら、それはオヤジの胸に聞きいてみろというのです。

ムサシは、この点に関してはそれ以上何も話しませんでしたが、たぶん、「ムサシのお蔭で体重を減らすことができた」と何時も話していることを指しているのだと思います。つまり、ムサシは、確かに散歩は好きだが、オヤジ孝行のために多少辛い時でも我慢して散歩に出かけることもあるということらしいのです。

2008年11月13日

ムサシの四季?夏その3

東北の夏は短いとは言いながら、9月半ばぐらいまでは結構残暑が厳しく、日中はとても散歩などする気にはなれませんが、ムサシは、わたしの都合さえよければいつでもOKのようです。仕事の都合でそういう場合も数回ありましたが、ムサシはすたすたと歩き始めますが、当然行く先はいつもの散歩コースとは違います。

そういう時に決まって訪れるのが港公園というところです。塩釜には石油基地がありますので、緩衝地帯として設けられているこの公園は、小高い丘になっており潮風が林に吹き込むため、ムサシにとっても絶好の避暑地というわけです。あうんの呼吸で、港公園に向かうというのも、よくコミュニケーションがとれている証拠だと思っています。

以前、ムサシはわたし以外の家族との散歩は、カウント外だといった記憶がありますが、この散歩は、わたしと一緒なので当然正式な散歩として認められますが、時間の管理は厳しく、少しでもはしょろうものなら、帰宅後の宿題として残されます。というよりは夜の方が快適なので、敢えてそう仕向けているのかもしれません。

2008年11月16日

ムサシの四季?秋その1

甲子園大会が決勝戦を迎えるころには秋風が吹き始め、あたりを見ますとススキも一人前に存在感をアピールするように育っています。このころになると、ムサシもやれやれといったところでしょうか、涼を求めて移動する姿がめっきり少なくなります。変わって食欲の秋が到来するのはわたしたちと全く同じのようです。

ムサシにとって一番の好物はりんごと焼肉ですが、この時期が食べごろのスイカも大好きです。三角に切ったスイカを食べるとき、まるでハーモニカかを早吹きするようで、とてもユーモラスです。いくらでもいけそうな様子を見ていると、どんどん食べてもらいたい気もするのですが、そうもいかないのが少し残念です。

一方、遊び方の方でも変化が見られます。夏の間大きく茂った藪の中にもぐるのがとてもすきなのです。少し木がかれはじめて、落ち葉のじゅうたんができ始めるころ、その感触を確かめながら、小さい隙間をめがけて入り込み、新しい刺激を求めて行動しているようですが、相棒であるわたしとしてはちょっと息切れすることもあります。

2008年11月20日

ムサシの四季?秋その2

全て景色が秋色に変わる中秋の名月のころには、散歩に出かける時間が30分ほど繰り上がりますが、そのことはムサシも了解済みです。どういうわけかこの季節になると、子供たちも外に出て遊ぶことが多くなるようですが、その子供たちに声をかけられるのがとても快感らしく、公園に足を向けることが多くなるような気がします。

できれば、サッカーや野球に参加したいようなのですが、そうもいかないので、そばで見ているということなのでしょうが、マナーは十分に心得ているので、特別注意などしなくても、一定の距離を置いて静かに観戦しています。退席するときには、ちゃんと両チームのプレイヤーたちに挨拶をしてから遠回りして帰ります。

タイミングがよければ、ムサシの周りに寄ってきてくれるので、そういう時は目一杯感謝の気持ちを表します。ヒトとのコミュニケーションの場で、存在感を認められ褒められるのが大好きなムサシですから、相棒のわたしとしても、この生き甲斐を大事にしなければと思い、彼にできるだけ情報提供するように心がけています。

気分よく帰宅したときは、家内にもその様子が伝わるらしく、「お友達にあったの」「何か面白いことがあったの」とよく聞かれますが、一生懸命に説明する姿がまたなんともいえません。虫の声を聞きながら、公園での出来事をじっくり話し合うというのも、深まり行く秋の楽しみ方として、わが家に根づいた生活習慣の一つです。

2008年11月23日

ムサシの四季?秋その3

つい最近まで残暑が厳しいと感じることもあったのに、ある朝突然に木枯らしのような風が吹き始め、急に心細くなることがあります。ムサシにもそうした雰囲気は伝わるらしく、長く寒い冬の過ごし方をイメージしているようです。といっても、彼は私たち以上に北国の生まれ、楽しみはこれからといったところなのでしょう。

12月の中旬までは、比較的凌ぎやすい日が続きますので、特別の備えなども必要としませんが、それでもこの時期になると冬タイヤの装着は必ず行うことにしています。むさしも少し毛が濃くなってきてとても温かそうですが、小雪がちらつくときなどは、薄めのTシャツを着て散歩に出かけます。結構よろこんでくれているようで。

暑くはないのかと聞いて見ると、体の調節機能がこのスタイルに慣れてしまったので、今では全く違和感がないというのである。似たもの夫婦ということばがありますが、私たちは、何時しか似たもの家族になっていたのかもしれません。少しずつあゆみ寄ることで、より理解が深まれば、動物との壁など自然になくなるものなのですね。

2008年11月27日

ムサシの四季?冬その1

何といっても冬はムサシの季節です。といっても、晩秋から初冬にかけては凌ぎやすいという以外には特に変わったことはありません。年内は比較的暖かい日が続きますから、ムサシも冬支度をする様子もなく新年を迎えるというのがここ数年の暮らしぶりです。ただ、日が短くなるせいか散歩の途中でほかのワンちゃんとよく出会うようになります。

木枯らしが舞い、小雪がちらつくときなどは、なんとなく心細い気持ちになり、日が沈まないうちに散歩を終えたいと思うようになるためか、夏よりもこ1時間ほど早めに出かけるようになってしまうのですが、ほかのお宅でもやはり同じように考えているのでしょうか。なにしろ、日没前の公園などはちょっとしたラッシュアワーで賑わいます。

この時がまた、ワンちゃんたちにとって楽しみなひと時らしく、様々なスタイルで挨拶を交わすのですが、人間のように世間体を気にする様子がないのが嬉しいですね。お互いの相性もよく知っているので、飼い主同士のコミュニケーションにもなりますから、新しい地域社会の形も見えてくるような気がします。

2008年11月30日

ムサシの四季?冬その2

正月が開けたころをめがけて、ドカ雪がやってくるというのが通例です。ムサシはこの雪が大好きで、まっ更な新雪に体を埋めて得意げに振る舞い一向に帰ろうとしません。寄り道をしながらようやく家にたどり着くと、今度はストーブの前に陣取ります。これがまた不思議なのですが、たぶん私たちと同じなのでしょうね。

寒いところから、急に暖かいところに移動すると、今までの寒さがかなりのものであったことを強く感じることがありますが、ムサシもそうなのかもしれません。しかし、自分が邪魔だと悟るとすぐに移動しますので、そういう時はなるべくそっとしておくことにしているのですが、程なく自分の陣地に引き上げて行きます。

専用の毛布をかけてやると、気持ちよさそうに居眠りを始めますが、目を覚ますと外の様子が気になるらしく、ドアノブを器用に引き下げて体重をドアにあずけ、難なく外に飛び出し、またもや雪まみれになって遊びだします。庭からは道路に出られない構造になってはいますが、やはり心配なのでつい追いかけて庭に出てしまいます。

2008年12月 4日

ムサシの四季?冬その3

わたしはムサシと違って冬は弱い方です。特に1月の末から2月にかけての寒さは考えただけでも身震いするほどですが、毎日の散歩だけはサボるわけにはいかないので、寒さ対策を怠らないようにして重装備で出かけます。それでも夕方の寒さは厳しく、路面が凍っているときなどは、ムサシもよくコケルことがあるくらいです。

そんな時わたしは、地面をなめるような低い姿勢をとり、転んでもショックができるだけ少なくてすむように工夫しているのですが、たぶん他の人が見るとさぞかし滑稽に映るのでしょうが、こちらは真剣そのものです。そのおかげなのでしょうか、これまで一度も怪我をしたことがありません(転んだことはあります)。

何しろムサシは残雪をめがけて進路をとっていますので、日当たりの悪い場所を選んで歩きますから、路面は凍りついているだけではなく、デコボコになっていることが多く、幾多の難所を乗り越えなければなりません。そうした難行の結果たどり着くのが鯛焼屋さんなのです。ここで一匹をぺろりと平らげ、また決死の覚悟で帰途に着くわけです。

2008年12月 7日

ムサシの四季?春その1

三寒四温とはよく言ったもので、景観が変わる割にはなかなか春を実感できません。たぶん、その思いはムサシの方が強いのではないかと思うのです。何故かというと、待ちに待った桜が満開になっても、ムサシには花見を楽しむという様子は見られず、年中花より団子一本槍だからです。といっても花が嫌いだというわけではありません。

実は私自身はこの季節が一番嫌いなのです。その理由は二つあり、一つは例の花粉症の季節だからです。そういえば似たもの親子なのか、ムサシも時々クシャミしているところを見ると花粉症かもしれませんね。もう一つは、あの春一番というヤツですが、この風だけは子供のころからどうしても好きになれませんでした。

ムサシが小さいころは、ゴーグルにマスクという重装備で散歩に出かけましたが、花粉症にはあまり効果があったとは思えなかったので、半ば開き直った形でいつもどおりのスタイルに戻して歩いてみましたが結果は同じで、ムサシからもその方がいいといと言われましたし、その代わり風の強い日は林の中を通るコースにしようという提案もありました。

2008年12月11日

ムサシの四季?春その2

桜が散り始めつつじにバトンタッチをするまでのひと時、八重桜が結構楽しめるのは嬉しいことです。寒がりでもあり暑がりでもあるムサシにとっても、一年中で一番過ごしやすい季節なのかもしれませんが、あまり極端には生活態度を変えないのがムサシ流の生き方なので、わたしのスタイルに合わせてくれます。

あの憂鬱な花粉症がピークを過ぎたこの時期、ふと気がつくと自然界は夏の準備に取り掛かっています。相棒のムサシはとっくに気がついているようですが、私が行動を起こすまでは、積極的に振舞うことはなく、日増しに濃くなる庭の緑を眺めているだけです。一声かけてわたしを促せば、すぐに応じることを熟知しているはずなのですが。

晴々とした気分で出かける二人ですが、なんとも言えない開放感からか、ついつい時間を忘れてしまいます。その反動なのかもしれませんが、朝までぐっすりで寝坊してしまうこともありますが、少しぐらい時間が遅くても暑くならないので安心ですが、仕事が一段落する時期でもあるためか、少し歯止めが効かなくなることもあります。

2008年12月14日

ムサシの四季?春その3

間もなく入梅という時期になると、のんびりと過ごしたツケが回ってきたかのように少し生活のリズムがハイピッチになってきます。ムサシもその煽りを受けて、何かとせかされ気味の日々となりますが、そこはわが家のムサシ、少しもあわてることはなくマイペースを装いながら、さりげなく気配りをしてくれます。

毎年のことなのですが、何故かこの時期わたしの仕事が忙しくなるため、朝食もそこそこに出かけることも多くなるので、ムサシとの散歩もかなり早朝になってしまうのですが、快く応じてくれます。普段の様子からするとかなり眠くて、人間なら不機嫌になってもおかしくないのですが、そうしたそぶりは全く見せません。

ムサシは散歩が好きなのだからあたりまえだと言われそうですが、それがそうでもないのです。暑がりで寒がりのムサシは、1年中でこの時期が一番過ごしやすく、特に朝方は最も寝心地がよいといっています。ちなみに、わたしの布団に潜り込む回数が一番少ないのはこの時期です。でもオヤジそれは気にするなと力強く言ってくれます。

2008年12月18日

おおいなる勘違い

ムサシとの付き合いも10年になろうとしている。大抵のことはお互いに理解しているつもりだが、一つだけ聞きそびれていることがある。それは家内が旅行で家を空けるときのことである。このころには、散歩の帰りは家内が車で迎えに来るのが習慣になっていたので、旅行のときは迎えがないのは承知しているはずなのです。

散歩に出かけるとき、車が駐車場にあることを確認させ、今日はお母さんの迎えはないからね、と念を押しながら出かけるのである。何でもおみ通しのムサシのことだから、その時点で、今日は迎えがないのだと認識しているはずだと思うのだが、いざ出かけると、車に乗る時間も計算に入れて歩いているようなのです。

はたせるかな、帰りは迎えが来ないことを言い聞かせながら、時間をかけてゆっくりとしたペースで帰路につくことになる。やっぱり、車が来ることを期待しているのかなあ!と思っていたのですが、これが大いなる勘違いであることを思い知らされました。車で迎えに来ないときは、それなりにじっくり散歩を楽しみたかっただけなのです。

2008年12月21日

誰よりも人間らしいムサシ

小さな子供に向かって、「お父さんとお母さんとどちらが好きか」といった実にくだらない質問をして、子供を困らせている風景をよく見かける。わたしたち夫婦もごたぶん漏れず、ムサシに向かってつい同じ質問をついしてしまった。そんな時ムサシは少しもあわてず、即座にこう答えたのである。それは二人のうちどちらが僕を可愛がっているかと同じだと。

いいえて妙である。確かに期待した答えではないが、誰も傷つけたくないという人間らしさが心憎い。それに二度とそんなくだらない質問をするものかと、わたしたち人間に強烈な反省を促しているようでもあり、明らかに「技あり」の域を超えた名言であった。それからというもの、二人ともその種の愚問は一切口にしなくなった。

子供の場合は、少しとまどった後に「どっちも」と答えるのが精一杯でしょう。それでもかなりおりこうな答えだと褒められるのでしょうが、ムサシはそんなリップサービスは嫌いなのです。しかも、即座に答えるというのが凄いと思うのですが、彼には私たちのことはなにもかもお見通しだということなのでしょうか。

2008年12月25日

ムサシの体力づくり?その1

ムサシがわが家に来てからはや8年の歳月が流れた。普通は楽しいことはあっという間に過ぎるので、それほど長いと感じることはないはずなのに、私の場合はすこし違った印象である。それはどうしてなのかを考えてみたのだが未だに納得いく答えを見出せないでいる。だが、もしかしたらと思い当たることもないではない。

それは、ムサシとの付き合いの年月ではなく、一緒に過ごした時間の長さにあるのかもしれないということです。自宅で仕事をするのがわたしのライフスタイルですが、そこにムサシがいつも控えている。この安心感が仕事にメリハリをもたらしたため、充実した時間を共有できたことが、何十年にも相当していると心がカウントしているのかも知れない。

ところで、ムサシはそろそろ中高年にさしかかったようで、これまでには見られなかった動きが目立つようになってきた。つい数年前はわたしのトレーニングに付き合い、軽々と塩竃神社の長い石段を何往復もしていたが、最近は近所にある橋のたもとについている鉄の階段に挑んでいる。その姿はまさしく老化防止のためのトレーニングである。

2008年12月28日

ムサシの体力づくり?その2

以前もこの橋はよく歩いたし鉄の階段も時々は通った。しかしどちらかというと道なりに橋を渡ることが多かったと記憶しているが、最近はめっきり階段を好んで登っている。少し不思議に思って、急いで登ってみたり、2?3段を一足で上ってみると、ムサシも負けじとばかりに駆け上がり、二人で息を切らして思わず顔を見合すこともあります。

階段を登りきるとムサシはそこで一休みをし、その後橋を渡って公園に向かうのです。初めは単に散歩のコースを少し変へたのかぐらいに思っていましたが、家の階段を登る姿を見て気がつきました。以前よりもかなりぎこちなく危なっかしいのです。そのため、足腰を鍛えなければと思い鉄の階段でトレーニングを始めたようです。

ムサシにそのことを聞いてみれば答えてくれることは解かっていますが、そんなヤボな質問をするのも嫌だし、ムサシもどちらかといえば、放っておいてもらいたいタイプであることは解っていますから、敢えて言葉にはしませんが、それだけにその心意気がなんともいじらしく、そっと応援してあげることにしました。

2009年1月 1日

新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます。今年は趣向を変えてわたくしムサシが直接みなさまにご挨拶させていただくことになりました。お蔭様をもちましてこのブログも本日をもちまして490回目を向かえることができました。これも一重に読者の皆様のご愛顧の賜物と心より感謝申し上げる次第です。誠にありがとうございます。

この間、色々と曲折はありましたが、「おみやげ塩釜」「みやぎの見所」「美味しいもの情報」「わが家のムサシ」というタイトルでは昨秋以来いずれもトップ(Google)を続けており、すゞき物産従業員はじめ私たち家族も大変喜んでおります。特に、「わが家のムサシ」はせん越ながら、初登場以来トップの座を一度も明け渡すことなく今日に至っております。

この点に関しましては、ボク自身の人気というよりも、ボク達の仲間をこよなく愛して下さる皆様の深い愛情の表れと受け止めさせていただいております。時々不幸な仲間の話を耳にすることもありますが、皆様の優しさで救っていただければ幸いと存じます。これからも末永くお付き合いいただきますよう衷心よりお願い申し上げます。 平成21年元旦

2009年1月 4日

ムサシの体力づくり?その3

毎朝のトレーニング効果がめきめきと表われ、体力がつくと同時にダイエットにも成功したので、家の階段は以前にもましてスムーズに上り下りできるようになりました。ここまで自分を統御できる人はわたしの周りではいません。例えダイエットに挑戦したとしても、殆どの人が食べ物の誘惑に負けて三日坊主に終わってしまいます。

何を隠そうわたしもその一人なのですが、ムサシの取り組み姿勢を見ていると、なんだか自分もやれそうな気がしてくるから不思議ですよね。そこで、今度は恐る恐るムサシに聞いてみました。“お父さんもダイエットに挑戦してみたいと思うのだがどうだろう”と。するとムサシは言いました。ぼくはオヤジの真似をしただけだと。

不思議に思い詳しく聞いて見ると、彼がわが家に来たときに比べると10kgもわたしの体重が減っているというのです。ムサシに言わせると、これは8年もの間ボクの散歩に付き合ってくれたためだというわけです。ムサシの言葉に勇気づけられ、改めて二人でトレーニングに取り組むことを誓い合いました。明日の朝が楽しみです。

2009年1月 8日

あまり張り切らないのがムサシ流のやり方

トレーニングのつもりで家を出たわたしですが、主役のムサシは一向に張り切っている様子はなく、いつも通り飄々とした感じです。例の階段に差し掛かっても、全く普段と変わりません。少し拍子抜けした気持ちでムサシの顔を覗き込んでみたのですが、やはり、わたしを裏切ったといううしろめたさなど微塵も感じられませんでした。

納得がいかないまま帰宅したわたしは、そのことを家内にぶっつけました。するとムサシが低い声でいいました。「オヤジもボクもそう若くはないので、あまり張り切らない方が長く続けられると思ったのだ。できるだけ長く一緒にいたいから!」。あまりの説得力に返す言葉が見つからず、二人は黙って顔を見合わせているだけでした。

気を取り直して、それならそう言ってくれればいいのにというと、「人は出鼻をくじかれると素直になれなくなる。オヤジは特にそうだから、思いっきり無視したのだ」というのです。二度びっくりしているわたしを見ながら、ニヤニヤしている家内を見て、今度はその態度に腹が立ってきましたが、これ以上恥をかきたくなかったので笑ってごまかしました。

2009年1月11日

ムサシの生き様に乾杯(完敗)

ムサシの体力づくりに対する考え方は、正直言って少しクールすぎるのではという思いが正直言って少しわたしの中にありました。ところが、あるラジオ番組で、医学博士の話を聞いてびっくりしました。その先生曰く、「この世の中にはダイエットに効く食品も運動方法もないのです」というものでした。あるとすれば医学的な裏づけがあるものだけです。

例えば、1日1万歩あるくというのは医学的に証明されている健康維持方法です。しかし、これはダイエットの方法ではなく、生活習慣として必要な行動であるから、一生涯続けなければなりません。つまり、「やせることを目的にして短期間ジョギングするというのは体力づくりでも何でもありません」ときっぱり言い切っていました。

なるほど、ムサシがわたしに伝えたかったのはこのことだな!と改めて思いましたが、あまり恥ずかしいので、ムサシにはその話はしませんでした。それにしてもどうして医学博士でもないわが家のムサシが、このように達観した態度が取れるのだろうと改めて感心しました。やはり、この相棒はただものではないようです。

2009年1月15日

それにつけてもリンゴが大好きなムサシ

ムサシの健康増進方法は散歩がメインであることは間違いありませんが、リンゴを毎日食べることもその一つのような気がします。それほどリンゴが大好きなムサシですから、わが家ではムサシが来て以来リンゴを切らしたことはたった一度しかなかったと記憶しています。これがまた羨ましいくらい美味しそうに食べるのです。

もう何十年も前の話で恐縮ですが、わたしの父親は無類の魚好きで、それほど裕福でもないはずなのに魚だけには不自由しませんでした。今のムサシはさしずめそんな感じです。わたしたちが酸っぱくて顔をしかめるようなリンゴでも、ムサシは美味しそうに胃袋の中に放り込み、まわりの人から驚かれるくらいです。

そんなリンゴ大好きワンちゃんだからというべきか、それとも、普段冷静なムサシにしては珍しくというべきなのでしょうか、たった一度だけリンゴの買い置きを切らしてしまったことがありましたが、その日家に戻ってみると、普段見向きもしないトマトに歯型がついていました。その晩のリンゴはさぞ苦かったことでしょう。

2009年1月18日

ムサシのあごに白いものが

わたしたちにとっては、ムサシが側にいてくれること以外には大きな望みはなかった。それだけにムサシの健康にはことのほか気をつかったが、所詮はいけとし生きるもの、お互永遠に時間を繋ぎとめておくことはできない。元気なムサシを前にしているのに、そんな取り止めのない不安が脳裏をよぎることがよくある。

考えてみると、よくあるというよりはしょっちゅうそのことが頭から離れないというのが本音である。あまりに切ないのでムサシにこの悩みを打ち明けてみたところ、思いは同じだが、わたしとは違ってそんなに湿っぽいものではなかった。さすがは大人と感心させられるいつもながらのコメントが返ってきたのである。

本来とても退屈で長いはずの一日なのだが、オヤジ達と一緒に過ごすことで、人間のペースに合わせられるようになったため、日々の生活にメリハリができたというのである。そう言われてみれば、わたしにも同じことが言えることに気づかされた。つまり、お互いの時間感覚が両サイドから近づいて、ほぼ中間点で均衡していたようなのである。

2009年1月22日

素晴らしき仲間たち

散歩のときよく見かけるワンちゃん達が少しずつ少なくなってきているように思われる。確かに気のせいではない。こうしてみると10年という月日の重みを改めて感じないわけにはいかないが、ムサシもまたそうした思いで仲間たちを見つめているようだ。しばらくぶりに旧友と出会うと、一頃とは一味違った挨拶を交わす姿が一層そう思わせる。

10.年前にムサシが街におみみえしたときは、クロラブは殆ど見かけなかったが、今では少なくとも数匹は見かけるようになっている。初めはあまり顔立ちなどには興味がなかったが、よく見ると同じラブでも丸顔でやや大型、足も長いタイプとムサシのように面長で少し小柄なタイプがあることに気づき、性格の違いなどにも興味を持つようになっていた。

ムサシもそうであったように、若いころはやんちゃで動きも活発だったが、10歳にもなると、すっかり落ち着いてボール遊びなどにもあまり興味を示さなくなった。それでも仲間が遊んでいる様子を遠巻きに眺める姿は、横丁のご隠居さんか町内会長の風格があり、なかなか絵になる姿である。お互いにそれなりの年輪を重ねてきたということなのか。

2009年1月25日

ほんの少し悔いること

テレビなどでよくみる盲導犬は、わが家のムサシと同じラブラドールレッドリバーが多いようである。従順で利発な働きぶりを見ると少し誇らしげに感じることもあるが、やはり役目を終えてリタイヤするときのシーンは何度見ても辛くて悲しい。そんなときは、正直言ってムサシをそばにおいてよかったとつくづく思う。

しかし、ムサシの仲間を見ていると辛い仕事をしているようには見えない。むしろ、働いて人の役に立つことを喜んでいるようにも見える。ムサシも実はそうなのである。ずっと以前に警察犬の訓練所に預けたときも、訓練の順番が回ってくるのを楽しみにしていたという。やはり、ムサシにとって人に喜んでもらえることが生き甲斐なのだ。

ちょっぴり悔いることとはそのことなのである。今にして思えば、店の看板犬としてデビューさせていれば、さぞお客様から喜ばれ、生き甲斐を感じたのではないかと思うことである。食べ物を扱う店であるため遠慮させてもらったつもりなのですが、活躍する場面はいくらでもあったのではないかと思うところもほんの少しあります。

2009年1月29日

考えるムサシ

ムサシが足腰のトレーニングを始めたことは以前に紹介しましたが、今日はその後の様子を少しお話します。毎日の日課になったような階段登りですが、最近は登り始める前にしばし立ち止まり、考え込むしぐさが目立つようになりました。今日は少し疲れているからやめようか、それともせっかくここまで来たのだから、ゆっくり登るかといった具合です。

その様子を見て私は、疲れているなら休もうか?と問いかけると、彼は決まって登り始めのです。というより、そこを通るときは必ず登ることに決めているようなのです。では何故立ち止まって考えるかと聞いてみたのですが、はっきりとした返事は返ってきませんでした。取り立てて聞きただす意味もないのでそれ以上きくのは止めました。

ただ、登り始めると案の定、そういうときは途中で小休止を入れ、またゆっくりと登り始めます。わたしも、以前のように早歩きを促すようなことはさけ、彼のペースに合わせることにしています。登りきった後、二人で顔を見合わせながらまた一休みするとい習慣も新たに生まれました。このスローライフ的生き方は結構お互いに気に入っています。

2009年2月 1日

食欲はますます旺盛

食べすぎで一時40?にもなった体重を1年がかりで10?ちかく落とした実績があるとはいえ、あまり太らせるのは好ましくないという思いから、食べ物にはかなり気を使ってきましたが、豪快な食べっぷりを見ていると、たまには思い切り食べさせてやりたいので、彼の大好物の一つであるタイ焼きをまるごと一個与えることにしました。

もちろん毎日ではありませんが、ムサシもそのローテーションを熟知しているので、その日は早々と散歩コースを変更し、なるべく最短距離になるように直線的な歩き方をします。そこで腹ごしらえをしてから、少し遠回りをして帳尻を合わせようとしているのがよくわかるので、相棒であるわたしもこれを尊重することにしています。

それでも一頃のように遠出することはなくなりましたが、それでも車で迎えに来ることを折込済みで行動しているため、時には以前訪れた場所に向かうこともあります。そこで懐かしい顔に出会ったりすると、お互いの健康を確かめ合いエールの交換をする姿は、何時見てもほほえましい光景で、相棒としても同慶の至りというところです。

2009年2月 5日

寡黙なムサシが雄弁になる時

お客様もすっかり覚えてしまったので、最近では家の中ではめったに声を出すことがなくなっていた。大好きな散歩に出かけるときでも、嬉しさを体で表現するだけで声は出さないのだが、唯一声を出して喜びを全身で伝えることがある。それはどういうときかというと、自分のことを話の主題にしていることが伝わったときである。

特に、ムサシのために何かを買ってあげようとか、どこかへ連れて行こうという話題になったときは、真剣なまなざしで嬉しさをまず全身で表す。次にそれを行動に移す場面になると、喜びが頂点に達するのか立ち上がって大きく全身を揺さぶった後、大きな声をだしながら玄関に向かって歩き出すのです。そして、そそくさと車の指定席に乗り込みます。

家族の一員として同等に扱われることがこんなにも嬉しいことなのか、思いがけなく一緒に出かけられるのがそれほどまでに価値あることなのか。こうした光景を見るにつけ、日ごろの行動の罪深さを思い知らされる感じがします。普段は寡黙なムサシがこんなにも雄弁になり、感情を表現するのをただ見守るだけでいいのだろうか。

2009年2月 8日

わが家のオールスタッフ

わが家のオールスタッフはムサシを入れて総勢3人です。わが家では一家でテレビ鑑賞をすることは珍しいことなのですが、たまには3人でくつろぎながら見ることもあります。ムサシはテレビがあんまり好きでないようで、特にドラマには殆ど興味ありませんが、よく私たちに付き合ってくれます。側でただ寝ているように見えますがそうではありません。

家内は、動物は何でも好きなので、ワンチャンが映っていると、ムサシ可愛いから見なさいといってテレビの画面を見せようとします。そんな時、ムサシは決して嫌な顔はしませんが嬉しそうにすることは全くありません。これは酒好きの人が、飲めない人にムリムリ勧めているのと同じようなものだと思うのですが一向に改まりません。

ムサシもあるとき言っていました。「自分が好きなことは、他人も好きに違いないと思い込んでいる人は人間には結構多い」と。だがこれは人間に対する批判ではなく、自分の存在感を認めてくれている人に対する敬服の意として私に伝えたかったのである。つまり、そんなオセッカイがたまらなく嬉しいというのである。

2009年2月12日

ムサシのおしゃれ着を新調

ムサシがアトピーにかかって以来、洋服を着せるようになったが、ペットショップでは大きいサイズはあまり揃っていないので、色柄よりも着てみて窮屈でないことが第一の条件であった。そのため、時に茶色でいかにも地味なものもあったが、着こなしているうちに結構似合うようになったし、ムサシ自身も気に入っているようだ。

最近になって、ペットショップを覗いてみると、驚くほどカラフルでデザインもしゃれたものが出ていた。早速ムサシを連れて行き試着してみたところ、これがまたよく似合うので、思わず買い込んでしまいました。中にはフードがついているものもあったりして、実用的ではないが着映えがするのでわたしたちも気に入っている。

柔らかくて着心地もよさそうなのだが、少し高級感があるようにも見えるため、天気の悪い日には自然と別のものを着せるようになっていたことにふと気づいたのである。しかし、多少負け惜しみを言わせてもらえば、何時でも買えるという保証はないので、ついもったいないという気持ちが出てしまったのかもしれません。

2009年2月15日

赤と青を着こなすムサシ

散歩の途中でよく見かける風景なのですが、とてもおしゃれで綺麗好きなワンチャンに出会います。小型なのでムサシはそれほど気にしている様子はないのですが、わたしはうらやましくてしょうがありません。ムサシにもあんなカラフルでシマシマ模様の洋服を着せたいものだと常々思っているのですが、なかなか手に入りません。

それでも、ようやく買い求めることができたキルティングのダウンベストを交互に着せて歩くようになってからは、がぜん注目を集めるようになりました。色は、赤と青の二色しかありませんが、結構厚手なので冬場の寒いときには防寒着としても活用できるのですが、赤はとってもよく似合います。やはりムサシの黒と相性がいいのでしょう。

ところが、青もなかなかいけるというのです。この際、リップサービスでも何でも褒められたら素直に喜ぶことにしました。大きさもムサシにはちょうどピッタリなので、秋から冬にかけての散歩は、このどちらかを着ることが多くなっていますが、馴染んでみると、なるほど青もよく着こなしているので、機会があればまた買いたいと思っています。

2009年2月19日

大きなお世話

毎日見ていると気がつかないのだが、月に2?3度訪れる息子や孫達から、ムサシはあごが白くなったねと言われることがある。改めて彼の顔を覗き込むとなるほどあごも眉毛も以前よりだいぶ白くなってきている。そのせいもあるのか、散歩をしていると、ずいぶん年なんでしょうね。何歳ですか、何歳ですかとしつこく聞かれることがある。

最も何回もしつこく聞かれるのは、わたしがいっぺんで素直に答えればそうならないわけなのですが、そう解かっていても答えたくないのです。そう聞く人は決まって老人であり、まるでムサシより若いという優越感に浸りたいかのように見えて、何歳になろうと大きなお世話だ。あんたよりもこっちの方がよっぽど若いといってやりたい気になる。

もちろん当のムサシは、そんなケンカゴシでものをいうことなど全くありません。何しろ人間以上に人間ができていますからね。気を取り直して歩き始めると、シャキッとしていて全く年など感じさせません。毎日トレーニングを欠かさないムサシにとっては、全くとるにたりない些細なことなのかもしれませんね。

2009年2月22日

みんな楽しい仲間

仕事上の都合で、一人で町を歩いているときムサシの友達と出会うこともあります。そんなときは、ここぞとばかり近寄ってきて、思いっきり親愛の情を表します。ムサシが一緒のときでも特に遠慮している様子はないのですが、こちらの手がふさがっていない分だけ、お相手ができるためなのでしょうか。とにかく心が洗われるようです。

その点ムサシは確かに淡泊で、ほかの人にはあまり大きなアクションはしません。しかし、喜んでいないわけではないことはよくわかります。何しろ、彼には表現手段はたくさんあり、手放しで喜ぶのはごく限られたときなのです。そのため、傍目には少しドライに見えるかもしれませんが、決してそっけないというわけではありません。

ワンちゃんたちにも色々なタイプがあって、それぞれの個性があるからこそ、可愛さも色々なのでしょう。ただ、共通していえることは人間のようにお世辞やリップサービスなどは決してしないということです。それだけに信頼のおける人物かどうかを見抜く力は、想像以上に優れているような気がしてならないのです。

2009年2月26日

体調を崩したムサシ

十一歳の誕生日を過ぎたある日、夜になって突然元気がなくなり、大好物のリンゴも食べなくなってしまった。夕方の散歩のときはいつものように楽しそうだったのに、どうしたことかと心配になって、かかりつけの病院に電話してみたのだが、その日は木曜日であいにく休みだった。仕方なく彼の様子を見守ることにした。

夜が更けるにつけ、だいぶ落ち着いてきたということで、私は明日の仕事にそなえ二階の寝室で寝ることにしてムサシから一旦離れた。1時間ほどたったであろうか、下からのムサシの声に目を覚ますと、階段の下でわたしを呼んでいるのです。慌ててそれまでの経緯を聞いてみると、わたしが寝室に引き上げて間もなく、むっくり起き上がったという。

そして、さっきまで手をつけていなかった夕食をペロリとたいらげ、もちろん大好物のリンゴはお変わりを要求したとのことであった。それで元気を取り戻し、自分もいつものようにわたしのベッドのところに行きたいということになったようだ。少し心配だったので、二人で抱きかかえるようにして寝室に連れて行った。

2009年3月 1日

元気を取り戻したムサシ

食欲が戻ったことで安心したものの、やっぱり心配なので翌日かかり付けの病院に連れて行きました。心電図などもとりいつもより丁寧に診察してもらいましたが、これと言った異常は見つからないということなので本当に安心しました。それでも二三日は気をつけようということになり、散歩のときも無理をさせないように気を配りました。

しかし、当のムサシは何事も無かったように絶好調で、食欲も全く以前と変わりません。私たちもムサシが健康でいてくれること以外には何の望みもなかったので、平穏な日常生活が戻ったことにひたすら感謝するばかりでした。ムサシもまたそんな気持ちだったに違いありませんが、私たちのようなオーバーな表現はしません。

それにしても、家族に病人が出るということの大変さを改めて思い知らされたようで、健康の大切さを教えられた気がします。ムサシはどうしてもらいたいのかを訴えることは決してしません。今回の場合もそうですが、全てを運命として受入れる覚悟ができているようです。ただし、私たちが困ったときにはちゃんと助け舟を出してくれます。

2009年3月 5日

しばらくは平穏な日々が

命がけでムサシを守りたいという気持ちには嘘はないのだが、いざとなると何もしてやれない自分が情けなく、只々詫びることぐらいしかできないが、当のムサシは、そんな私を責めることもなく、相変わらず親愛の情を全身で表しているだけである。そんな想いで布団に入ると、ひとしお愛おしさがこみ上げてきます。

こういうときは、いつもより長く会話をするのですが、ムサシは自分のことを話すことなどめったにありません。大抵は、私が一方的に話す内容にコメントする形で会話が進行するのですが、唯一仲間のワンちゃんの話になると、積極的になり、しばらくあっていないワンちゃんのことは特に気になるらしくて、名前を聞いただけで興味を示します。

うかつにも、このことに気がついたのは最近のことなのです。ムサシにしてみればそれなりに私たちへの気遣いから、あまり仲間のことを話さなかったようなのである。確かにそういわれてみれば、これまでは、ムサシ以外のワンちゃんにはあまり興味がなかったのかもしれない。だが、今は明らかにその頃とは違う気がしている。

2009年3月 8日

不思議な存在

ムサシが体調を崩して以来、食事や散歩には特に気を使うようになったが、私達の心配をよそにどんどん回復し、以前と全く変わらない生活に戻ったようである。しかし、何かが少しずつ変わってきたような気がしてならないのです。それは私自身の変化なのか、それともムサシの変化なのかも獏として分かりません。

そう深刻なこととは思えなかったので、すぐ忘れてしまいましたが、しばらくしてその正体が解かりました。以前は外に出たいというときは、庭を歩き回りしばらくすると玄関の前まで戻ってきて、ドア開けるように合図をしていました。といっても、そのことに気がつかなかったことはめったに無く、じっと私がドアを開けるまで待っていたのです。

ところが、最近は外に出るとある場所に座り込み、じっと風景を眺めていることが多くなり、家の中に入るように促すことが多くなったのです。はじめはムサシの気まぐれかと思っていたのですが、様子が以前とは明らかに違うことに気づきました。変わったというのは、実はこのことなのです。取り敢えず、彼をじっくり観察することにしました。

2009年3月12日

しっかりとした足取り

じっくりと風景を眺める姿は、確かにこれまでとは違ったものを感じていますが、それ以外には特に変わったということもなく、足取りもしっかりしていて、時には遠出をすることもあるなど、マイペースぶりは相変わらずといったところです。そのうち、駆け足で冬がやってきたため、外に出たがることもなくなってきたようです。

ただ、このころから、散歩途中での小休止が若干長くなり、疲れたので体をやすめるという感じではなく、そこに止まっていることに何か別の意味があるように見えるのです。思い余ってムサシにその疑問をストレートにぶつけてみたのですが、彼は、“笑って答えず”といったところで、やはり愚問であったかと反省させられました。

こういうときは、しつこく追求すると少し不機嫌になるような気がするため、それ以上深追いしないことにしています。つまり、そういうことはボクに聞かないで、オヤジが自分で判断しなさいということなのである。そして、そういう態度は彼一流の思いやりのポーズであることも私はよく理解しているはずであった。

2009年3月15日

同じ空気を吸うことの素晴らしさ

ムサシのゆったりとした散歩に付き合うため、仕事を早めに切り上げる工夫をするようになりました。元々ここ10年はそうしたライフスタイルに馴染んできたのですが、最近は更にじっくりと腰を据えムサシと付き合うことに決めたのです。一日一日を大事に過ごすことで、仕事を疎かにしなくても十分時間は捻出できることを知っていたからです。

当然ムサシは私のそうした対応を喜んでくれました。散歩パターンも以前に比べるとオプショナルなメニューはめっきり減り、解かりやすいシンプルなものになってきたような気がします。特に、家の門を出て右に向かうときは、裏の緑地公園に真っ直ぐ向かい、公園に到着すると早速座り込み、じっくりと景色を眺め始めるのです。

私もムサシと一緒に芝生に腰を下ろし、なるべくムサシの視線に近い状態で景色を眺めることで、彼の心境を理解しようと努めました。残念ながらこれといった収穫はありませんでしたが、納得がいくまでそこに止まることの意味はなんとなく解かったような気がします。とにかく、ムサシが心おきなく過ごすせる時間を何より大事にしたかったのです。

2009年3月19日

ムサシ流の思いやり

散歩の途中で公園を通ると、あまりのどが渇いていなくても水を飲みたいと訴えることはよくあった。しかし、家から見て西側にある中の島公園には噴水型の水のみ場しかなかったので、ムサシが水を飲みたいといった時は、両手で噴水の水を汲み取り、座って待っているムサシの口に運んで飲ませるというスタイルであった。

暖かい季節にはなんでもないことであるが、冬になるとさすが手がかじかんでとても辛かったのだが、当のムサシは一切気にせず、何杯もお変わりをするようになっていた。自立心が強く、私たちの手を煩わすことを極力控えていたムサシにしては、珍しい行動であった。それに、よく見ると美味しそうに飲むのは、最初の一二杯だけのようなのです。

最初は少し不思議に思ったのですが、実はちゃんと意味があったのです。そうした彼の我侭を私が喜ぶことを知っていたからに違いありません。そうなんです。私はムサシに思いっきり甘えて欲しかったのです。それがどうしてなのか自分でもよく解からないのですが、ムサシはそのことをよく心得ていて、わざと私に冷たい思いをさせていたのでした。

2009年3月22日

ムサシの学習能力

茶の間のソファーの上で丸くなっている時、あるいは私の部屋から窓の外をじっと眺めている姿を見ると、小さいころのムサシが懐かしく、何十年も前の出来事のように感じられます。例えば、地震が来たとき一目散に階段を駆け下りてきたこと、あまりに可愛いのでおんぶをしたところ、重くてひっくりかえってしまったときことなどです。

今のムサシからはそうした行動は想像さえ出来ないのですが、確かにそんなことがあったのも事実で、そのときは可愛いと思った反面、幼さを感じたものですが、ムサシなりに学習して対処術を会得してきたのでしょう。人間の子供のように手取り足取りで訓練などしていないのに、どうしてこのように飛躍できるのでしょうか。

大人になり自立できるようになれば、多少は横着になったり自己主張が強くなったりするのが常だと思うのでが、ムサシには全くそうした素振りがないばかりか、むしろ、その学習によって得た真理を私たちに伝えようとしているようにさえ思われます。事実、私は彼のアドバイスによって救われたとは数限りないと感じている。

2009年3月26日

ムサシから学んだこと

ムサシから私たちが学んだことは数多いが、中でも特に感心させられたことは、自己主張はするものの、深追いをして突っ込み過ぎないということである。猫に威嚇されてもしり込みするような態度を見ると、ムサシは臆病なのだと思っていましたが、実はそうではなく、あまり相手を追い詰めないようにしているのだと気づきました。

ワンちゃん同士でも、相性が悪い場合は当然あるので、そういう相手に出会うとはじめは威嚇しますが、すぐに引いてしまいます。はじめはこの態度は臆病なせいだと思っていました。しかし、自分の意向を伝えるだけで十分だったのだと気づきました。つまり、徹底的に攻撃することからは何も得られないことを熟知していたというわけです。

仕事上で相手と対峙する場面が多い私の場合は、このやり方をムサシから伝授されてからというもの、これを応用してことの解決につなげるようになりました。これは技術ではなく、自己主張をしながらも、相手の一分を立てることで妥協を引き出すという基本的な考え方だというのです。ムサシは一体どこでそんな哲学を身につけたのでしょうか。

2009年3月29日

もうすぐさくらの季節

ムサシはサクラの花にはあまり興味がないようですが、公園のサクラが咲くと人が集まるので、その人ごみの中に身を置いているのが大好きです。特に子供たちから声をかけられるとご機嫌で楽しそうな表情をします。毎年この季節になると、満開のサクラを求めて遠出をするのですが、種類によって咲く時期が異なることもよく知っています。

今年ももうそろそろそんな季節がやってきました。ムサシも花見の雰囲気を想像しているのか下見によく公園を訪れます。ただ、例年のようにあまり歩き回らず、公園の芝生に座り込み、回りの景色を頭の中にそっとしまいこんでいるようで、ムサシの穏やかさとは裏腹にとても淋しい気持ちになるのは何故なのでしょうか。

私にとって、最も当たって欲しくない予感なのですが、どうしてもそれを払拭できない現実を見せつけられているで、いてたまらないという心境になっています。思い切って告白すると、ムサシのしぐさは明らかに自分が暮らした街に感謝し、別れを告げているとしか思えないのです。しかし、ムサシはあくまでも穏やかです。

2009年4月 2日

気がつけば翁の顔

ムサシがわが家に来てから13年の月日が流れたが、毎日接していると気がつかないことが多々ある。眉毛やあごひげが白くなってきたことは認識しているし、動作が年々丸くなって円熟してきたことも知っているつもりである。私は写真というものは余り好きではないので、ムサシの写真もあまり撮らなかったような気がする。

しかし、よく捜してみると結構多く、若かりし頃のムサシに出会うと時間の重みを改めて感じさせられることがある。ムサシにとっては決して短い時間ではなかったのだと思うと、なんだか急に気持ち和みます。そんな気持ちで彼の顔を覗き込むと、一層穏やかで翁の顔そのものになっていることに気付かされました。

そんなムサシの表情に魅せられて、公園の芝生に座り込むムサシをカメラに収めました。家内はこの写真が気に入り、携帯電話の待受け画面にしています。私も当然そうしたいのですが、何故か踏み切れないのです。ともあれ、今はムサシの思いをできるだけ尊重し、じっくりと付き合うことに専念することにしています。

2009年4月 5日

家族の絆

歩くのが少し辛くなったようなので、朝の散歩はまず車である場所に移動して、そこでムサシの好きなように歩かせることにした。このスタイルはとても気に入ったらしく、時にはかなり歩くこともあるが、以前と比べると距離も時間もずっと短くなったものの、車の通行量も少ない場所だったので、のんびりと過ごすことができた。

それに、ここに来るとよくあるワンちゃんに出会えることもここを選んだ理由の一つなのです。そのワンちゃんはムサシよりもかなりの老犬で目も殆ど見えないそうですが、それでもけなげに散歩には欠かさず出かけるというのです。飼い主も私たちと同様、目に入れてもいたくないという可愛がりようで、ワンちゃんもとても幸せそうです。

何時しか私たちもそのワンちゃんのフアンになり、時間帯の違により遭えないときはとても気にかかります。そのワンちゃんの名前は「ポチ」というのだそうですが、ムサシもポチも一生懸命生きていることころがよく似ています。それに、ムサシもポチに遭えることで、新しい一日の始まりを確認しているようにも見えます。

2009年4月 9日

忘れられない日々

足腰がだいぶ弱ってきたムサシは、これまでのようには体が動かないことにあせりを感じているかと思えば、決してそんな素振りを見せないで、残された機能を何とか活用する工夫をしているのが伝わってきます。自分が今できることは、できるだけ自分の力でやりとおすという信念のようなものさえ感じられ、その意志の強さには感服します。

用を足すために外へでるときも、力を振り絞って私の手をできるだけ煩わさないように気を配っています。そんな時、頑張らなくてもいいんだよ!と声をかけてやると、ありがとうと笑顔で応えてくれます。なんという自立心の強さなのだろう。自分が彼の立場だったらこんなふうに振舞えるかどうかとても自信がありません。

散歩の時も休憩しながらですが、できるだけ自力で歩き健在ぶりをアピールしようとします。彼のために何もしてやれない自分が情けなくて、落ち込んでいると却って私を慰めるように穏やかな顔で私を覗き込みます。この相棒は一体どこまで大人なんだろうと、いまさらのごとく感心させられ、とても胸が熱くなります。

2009年4月11日

これからの楽しみ

ムサシの足腰が弱ったときのことを考えて、車椅子を買い求めたいと思っていました。今がそのときなのかとも思いましたが、市販のものでどうしてもしっくりこないのです。というのは、ムサシの場合、本人の意思で歩きたい場合は歩き、疲れたと感じたときに、車椅子に乗せるといったスタイルを採りたかったのです。

つまり、ムサシが自力で散歩しているときは、車椅子を折りたたんで背中に背負えるようなものが欲しかったのです。かく言う私も車椅子を担いで散歩ができるのかという不安もありました。そんな迷いから今日まで実現しなかったのですが、いよいよ現実の問題になってきたことを実感するに至ったので、乳母車タイプのものを買うことにしました。

ムサシ用の車椅子は、受注生産なので注文してもすぐには使うことができないので、当面は車と歩行の二段構えで望むことにしました。ムサシが歩きたいといえば歩かせ、疲れたといえば車に乗せるといった具合です。このシステムは一人では無理なので、毎日二人で協力しながら行いました。ムサシはこの贅沢が結構気に入ったみたいです。

2009年4月12日

全く食べなくなったムサシ

今朝も、いつものように私と一緒に起き上がり、二階からおりてきて茶の間のストーブのところに陣取りました。ここまではそれほど変わった様子は見られなかったのですが、私が身支度をして散歩に行こうと誘ったところ、珍しく応じようとしないのです。それでも外には出たがっているようなので庭につれだしました。

それでも散歩には行こうとしません。やがて食事の時間になったのですが、全く食事に口をつけません。大好物のリンゴを目の前に突き出しても全く食べる気がないようなのです。そこで、病院へ連れて行くことにしたのですが、どうやら歩くのも辛いらしいので、プラスチックの衣装箱を担架代わりにしてようやくつれていきました。

ムサシはこうしたお節介を誰よりも嫌っていたので、今の姿を見ていると全く信じられない気持ちでいっぱいです。お医者さんの診断は腎不全ということでした。点滴と投薬で幾分元気を取り戻したかに見えましたが、やはり食欲は戻らず、3日連続で病院に通いました。食欲さえ戻ればもう少し長生きできるのですが、というのが先生のコメントでした。

2009年4月13日

遂にその日が来てしまいました

実はこれまで103回にわたり、「わが家のムサシ」というタイトルでお話させていただきましたことは、去年の4月12日までのものでした。本日皆様にお伝えする話も去年の4月13日の出来事です。その前日もムサシは全く食事も水も受けつけませんでした。私たちはただ傍について声をかけてやることが精一杯でほかには何もできませんでした。

夜も更けてきたので、交代でムサシを見ようという事になり、とりあえず私が二階に上がることにしました。1時間ほど経ったでしょうか、ちょっとうとうとした頃、ムサシの声で飛び起きました。階段の下でムサシが私を呼んでいるのです。慌てて降りてくると、外に出たかったらしいので、しばらく外の空気を吸わせてあげました。

少し落ち着いたようなので布団に戻したのですが、間もなく不自由な体をよじらせながら私のところに擦り寄ってきたので腕枕をしてやりました。そこで一呼吸すると、左前足を大きく振り上げながら5回大きく叫び、そのまま静かに息をひきとりました。5回の雄叫びはきっと私たちと3人の息子達へのお別れの挨拶だったのでしょう。

2009年4月16日

ムサシへの感謝状

「ムサシは幸せものです。大好きなお父さんの腕に抱かれて最後を迎えられるワンちゃんなんて、そうざらにはいないでしょう」と家内は言います。それは私に対する慰めの言葉であると同時に、ムサシの旅立ちへのメッセージでもあるのでしょう。現実を受け止めることの難しさをいまさらのように感じています。

ムサシからこの日のための心構えをあれほど教えてもらっていたのに、少しも学び取ることができなかったふがいなさが恨めしい。何もかもお見通しで13年間も私たちに付き合ってきた精神力に改めて感謝状を贈ります。“ありがとうムサシ”これからも永遠に私たちと一緒に生き続けてください。平成20年4月13日、相棒ムサシへ

本日をもちまして、一区切りつけさせていただくことになりますが、「わが家のムサシ」は健在です。これからもしばしば登場して、その活躍ぶりをお伝えすることになるでしょう。どうぞこれからも末永くお付き合いください。ムサシ自身から皆様へのメッセージもたくさん預かっておりますので、どうぞご期待ください。

2009年4月19日

少し肩の荷が降りました

ムサシが息をひきとったのは、平成20年4月13日午前3時8分でした。夜が明けるまでの数時間は、一緒に私の布団のなかで一緒に過ごしました。そのためか体温は下がらず、いつもと変わらないスタイルで静かなひと時を共有することができ、少し薄めを開けて眠るムサシの顔も穏やかで、このまま時間が止まって欲しいと心から願いました。

朝になって、子供たちに知らせるとみんながとんできて、孫達もそれぞれの言葉を贈りましたが、「ムーちゃんさよなら」という言葉が胸に響き、とても耐えられなかったことが忘れられません。今では、このときの悲しみが深かった分だけ、これまで幸せだったのだと思えるようになりました。時間の経過とはそういうものなのでしょうか。

それでも、散歩をするときや車で移動するときなどは誰に遠慮がいるわけでもないので、ムサシとの会話が弾みます。特に布団に入って眠りにつくまでの数分間は、まさに至福のひと時で、浮世の垢を洗い流す最高に価値ある時間です。このとっておきの楽しみがあるから難しい仕事にも果敢に挑戦できるのだと感謝しています。

2009年4月23日

何時もムサシと一緒

もちろん負け惜しみであることは承知しているのですが、今では片時も離れず一緒にいられるので、以前に比べとても気が楽になったことがあります。それは、家族で食事に出かけるときのあの心苦しさから、ほんの少し開放されたような気がするからです。そのころの思い出で一番悲しかったことといえば、ムサシと一緒に出かけられなかったことです。

ムサシにしてみれば、一緒に出かけることができないのは、仕事の時だけと思っているのに、何故ボクだけを置いてゆくのか不思議だったに違いありません。それでもムサシは一言も恨み言などいわず、ひたすら私たちの帰りを待ち続け、帰ってくると機嫌よく出迎え、もらったお土産を美味しそうに食べて一切水に流してくれるのです。

人間だったらいじけてしまっても不思議はないのに、どうしてあんなに寛大になれるのだろうと考えると、世の中の仕組みもちゃんと理解していたに違いないと思うのです。そうでもなければ、自分だけを置き去りにする私たちを許せるはずがありません。今にして思えば、その辺の事情を最初に打ち明けるべきだったのでしょう。

2009年4月26日

ネコがきても三寸

「ネコがきても三寸」というのは、誰から教わった言葉だか忘れてしまいましたが、その意味はよく覚えています。冬場の暖房器具といえばコタツが主役だった時代に、例えネコが傍にきても、三寸ぐらいは場所を開けてあげなさいという気配りを教えた言葉です。昔の人はこんな表現で気配りの心を教えてくれたのですね。

ところで、わが家のムサシはそんな心を誰に習ったのでしょう。彼には家中のあらゆる場所に拠点がありましたが、それに飽き足らず玄関先で居眠りをすることもよくありました。そんな時、傍を通ると決まって通り道を明けてくれるのです。はじめは、身の危険を感じて体をかわしているのかと思っていたのですが、そうではありませんでした。

これは彼一流の気配りだったのです。別にどける必要がないと判断するときは、どっしりと腰を下ろし、私に体重をあずけてしまいます。例えば、布団の上で私の場所に陣取っているときなどは微動だにしません。この違は彼なりの判断基準に照らし合わせてのものだったのでしょう。今晩あたりその辺をじっくり聞いてみたいと思います。

2009年4月30日

小さな幸せ

先日某テレビ番組で、盲導犬がある事情から解任され、もとの訓練施設に戻ったという話が紹介されていました。事情を聞くとなるほどと思う面もありましたが、ワンちゃんにしてみれば、どんなに辛くても飼い主の役に立ち、傍に寄り添って生きることが幸せなのではないかとも思い、ムサシにそのことを聞いてみたいと思いました。

ムサシは幸いにして生涯私たちと一緒でしたが、たぶん、何か仕事をして自分が役にたっていることを実感したかったのかもしれません。私たちにしてみれば十分その役割は果たしてもらったと思っているのですが、当のムサシにしてみれば、もっと存分に活躍して私たちを喜ばせたいと考えていたのかもしれません。

人のエゴによって自分の生涯を翻弄されながらも、懸命に生きるワンちゃん達の生き方には、何時も感動させられます。与えられた環境の中で健気に生きるワンちゃん達を見ていると、人間も少しは見習うべきだと感じます。今日は眠りに就く前のひと時、このテーマについてじっくりムサシと話し合ってみることにします。

2009年5月 3日

そういえばこんなこともありました

ムサシがわが家にやってきて1年ほど経ったころだったと記憶していますが、動物は躾けるべきものと思い込んでいたため、ムサシにもマナーを覚えさせようと思っていた時期がありました。今にして思えば何と無駄なここをしたものかと苦笑いせざるを得ませんが、そのころはそれが飼い主の責任であると思っていました。
 
そもそも躾けとは人間が勝手に決めたルールを無理やり押し付けることで、ムサシ達動物には迷惑千万なことに違いありません。しかし、見事に躾けられている動物を見ると、ある種の感動を覚えるのは何故なのでしょう。ムサシの場合で考えると、どうしても納得できないものがあり、どうしてなのだろうと悩んだのでした。

だが、その答えは意外と単純なものでした。ムサシは押し付けられるのは嫌いで、結構抵抗もするのですが、私が喜ぶことであるなら妥協してもよいということだったのです。そのことに気づいてからは、決して無理知恵することなく、お願いするという姿勢でマナーを身につけてもらうことにしました。かくして相棒が誕生したわけです。

2009年5月 7日

愛されていることを実感

5月5日の子供日は、孫達のひいお祖父さんの命日にも当たります。毎年この日はわが家に集合するのが慣わしになっていますが、ムサシもこの日を心待ちにしているようです。去年は私を気遣って、あまりムサシのことを話題にしませんでしたが、お土産に買ってきたまんじゅうをそっとムサシ専用の席に供えてくれました。

みんなが帰った後で気がついたのですが、その心遣いの優しさが嬉しくてムサシもことのほか感激したようです。孫達はそれぞれ特徴があり優しいのですが、中でも小学3年になる子がリーダーでみんなから慕われています。お蔭様で孫達がけんかをすることなど全くなく、このことについてはムサシも感心しているぐらいです。

何時もわが家の中心にいるムサシは、孫達の健やかな成長を願っているからこそ、その思いがみんなに伝わり平穏に暮らせるのでしょう。ムサシと焼肉が大好きな孫達、みんなが集まると満足そうに尻尾を振って歓迎するムサシ、懐には多少きいても許せるわたし、小さな世界の住人達は、今日もみんなで焼肉屋さんに勢揃いしました。

2009年5月10日

小さな孫の観察力

ムサシがわが家にやってきたころは、珍しがって、「お手」などよく要求したものでした。ムサシはあまりこうした儀礼的なことを好むタイプではなかったので、私はむやみにそうした要求はしませんでしたが、子供たちの求めに応じて、こころよく付き合っているムサシを見るのは、とても心地よく微笑ましい光景に映りました。

あるとき、家内が孫に向かって、「お手」と言って見たのですが、そのときの孫の対応が素晴らしかったのを思い出しました。何と彼女(孫)は足を手の上に上げたのです。つまり、ムサシのしぐさをよく観察していたので、「お手」とは足を上げることだと感じていたわけです。大笑いをしながらも子供の感性の素晴らしさに驚かされました。

そんな孫達のうち三人が小学生になれました。今では、ムサシの存在の大きさを誰もが感じているようで、ファミリーを支える柱になっていることも理解しているようです。昨夜はそんな会話で盛り上がりましたが、夜も更けてきましたので、この続きはまたの機会にということになり、二人で心地よい眠りにつきました。

2009年5月14日

ムサシの寝息

ムサシは何時も寝ているように見えたが、大抵は目をつぶっているだけだったのかもしれない。その証拠に、何時私が帰ってきても必ず出迎えてくれるし、どんなに静かに行動してもすぐに悟られてしまう。これがまた不便なときもあったが、自分の分身のようでもあったので、何時しか誇らしい存在になっていった。

晩年になって足腰が弱ってもそうした行動は基本的に変らず、このころには感謝の気持ちに変っていた。そのとき、ふと思ったのですが、ムサシはいったいいつ本気で眠るのだろうということでした。家内に聞くと何時も眠っているよといいますが、どうも納得がいかないので直接ムサシにきいてみることにしました。

そのときの答えはこうでした。「お母さんが言うようにいつも眠っているのは確かだ。しかし、みんなが熟睡する時間にはボクも熟睡するように心掛けている」というのです。当たり前のことのようですが、かなり努力がいると言っているように感じられました。そういえば、私の布団に何回も出入りしていたのはそういう意味もあったのかもしれません。

2009年5月17日

何ともいえない大様さ

散歩をしていたら久しぶりに馴染みワンちゃんに会いました。彼はわが家のムサシとも仲良しでしたが、散歩で出会ったときは一方的に私に絡まり、ムサシのことはそっちのけだったのを思い出しました。そんなときのムサシは、ただ彼を見守るだけで特にとがめる様子を見せることはなく、その姿は実に大様なものでした。

今では、私を見かけると飼い主がリード離すので、一目散に私のところへ飛んできます。一通りパフォーマンスを終えると、くるりときびすを返して何事もなかったかのような素振りで散歩を続けます。このドライなところがムサシとそっくりで、本人同士もそれを意識していたのかも知れませんが、今も全く変りません。

ただ、お互いに(私とそのワンちゃん)も年を重ねていることは事実で、そのことはお互いに肌で感じるものがあります。私としては、せめてムサシの代りに元気で長生きして欲しいと願うばかりですが、こうして時々出会えることが、時間の進行をとめてくれるように思われ、ムサシが送り続けているエールにも新たな感謝の気持ちを覚えます。

2009年5月21日

ラブちゃんの奮闘記

先日あるテレビ番組で、後ろ足が不自由なラブラドールが、女子高校生の献身的な努力により立ち上がり、歩けるようになった話が紹介されていました。このラブラドールはムサシと同じ黒ですがメスだということです。雨の中で震えているところを女子高校生に助けられたこのラブラドールは、名前がわからないので「ラブ」と名づけられました。

交通事故にあったらしく、脊髄の損傷で両方の後ろ足と尻尾が全く機能しない状態で、医者にも見離されてしましましたが、引き取った女子高校生と近くに住む友人の男子高校生は、決して諦めることなくリハビリに励みました。その甲斐あって、とうとう「ラブ」は
歩けるようになりました。わが家ムサシと同じ黒で目の色も茶色なのでつい力がはいってしましました。

その後、元の飼い主が現れ、結局は帰ることになるのですが、女子高校生が「ラブ」を手放すことを決意したシーンがとても感動的でした。「ラブ」は女子高校生と飼い主の間で揺れ動いていたのでしょう。幸いにしてムサシにはこうした思いをさせることはなかったのですが、何故かこのことについてムサシに話す気にはなれませんでした。

2009年5月24日

世界一おバカな犬

ゴールデンウィークのはじめに、家族3人で「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと」という映画を見に行った。生前のムサシとは違い、文字通り私と一心同体となったムサシは、誰はばかることなくどこへでも一緒に行けます。もちろん映画館だって例外ではありません。今回はワンちゃんの映画とあってムサシの解説付きです。

そのムサシの解説によると、この映画は、最初と最後は本物だが中間はフィクションだというのです。「最初のうち、やんちゃなのは、ボクたちの本性なので映画の通りで、自分も全く同じだった。しかし、人間と共存するためには何が必要なのかを学習する能力は人間よりも優れているので、このマーリー君だって例外ではないはずだ。」というのである。

そういわれてみれば、確かにあの傍若無人ぶりは尋常ではない。その割には愛され方を心得ているところは確かに不自然な気がしないでもなかった。最後のシーンはわが家のムサシと重なり胸がいたくなったが、その後の世界を経験しているムサシ自身は、意外にも冷静で、彼(マーリー君)もきっとボクと同じように幸せになれるといってくれた。

2009年5月28日

ムサシのアドバイス

以前はムサシが待ち焦がれていると思い、なるべく早い時間に散歩をすることにしていた。朝も夕方も散歩は食事前に決めていたが、ここ一年はムサシのアドバイスを尊重して食事を採った後に歩いている。その方がオヤジの体にもいいはずだし、お母さんとも一緒にあるけるので長続きするのではないか、ということなのである。

ムサシとしてはどうなのかと聞いて見ると、自分も三人で歩く方が楽しいので特に問題はないという。もちろん、三人で歩けるのは夕食後だけであるが、確かにそれほど苦痛ではない。ムサシのリードを握りながら歩いたころのイメージで歩くと、自然に体が動きだして、不思議と長く続けられるような気がしている。

一年経っても、ムサシの残した痕跡は確かに残っているし、ムサシ自身もよくそれ覚えているので、会話の材料にはことかかない。ただ、こうした水入らずの会話の最中に、「ムサシ君はどうしたんですか?」ときかれるのがとても苦痛である。そんな時、ムサシはここにいるよ!とはっきり言ってやってくれというのです。

2009年5月31日

ムサシの写真

ムサシがわが家にやってきたころは、みんなで珍しがり写真もよく撮ったりしたはずなのに、それがどこにしまい忘れ中々見つからなかった。ところが、最近になってアルバムが見つかり、早速ページめくってみると、そこには幼いころのムサシが、あどけない顔をして鎮座していました。優しい目つきは全く変りませんがかなりやんちゃそうです。

アルバムは家内が見つけたのですが、私も何となく書店で犬の躾けなどの本を覗いてみると、やはり幼いころのムサシを思い出します。ところで、犬の躾けなどというタイトルを見るとやっぱり違和感を覚えます。これらの記述は常に人間の習慣に馴染ませることを躾けと称しているに過ぎなく一方的で乱暴極まりない。

わが家では、そうした考え方は全くなく、ムサシの習性をなるべく尊重するという付き合い方をした。もちろん、人間社会で共存するために必要な最小限度のきまりには馴染んでもらうようにしましたが、それとても、殆ど強制的に躾けるなどというスタイルではありませんでした。それでもムサシはこちらの気持ちをきっちりと受け止めてくれました。

2009年6月 4日

水泳が得意なラブらドール

数年前に神奈川県の逗子海岸を訪れたときのこです。朝早く海辺に出てみると、3頭の黒ラブが楽しそうに水遊びをしていました。そのうちの1頭は少し苦手なようでしたが、海水浴にはまだ早い時期だったので、のびのびと遊んでいる姿がとてもうらやましく感じられ、わが家のムサシにも経験させたいものだと思いました。

実はわが家のムサシも、たった一度だけ息子が海に連れて行ったことがあります。そのときの様子を聞くと、とても喜んだということだったので、今後は積極的に水遊びをさせようと思い、庭にビニールプールを置いてみましたが、全く足を踏み入れようとしませんでしたで、やむなくこの試みは断念せざるを得ませんでした。

アトピーで毛が殆ど抜けてしまったこともあったので、海水浴の是非については医師に何度か相談したことがありますが、皮膚を傷める危険性もあるということだったので、敢えて冒険をするまででもないと考えましたが、今にして思えば、ムサシが得意だったかもしれない遊びを封印してしまったことが少し悔やまれます。

2009年6月 7日

ムサシの感触

ムサシのおかげで、今でも殆ど毎日散歩にでかけるようにしています。少しぐらい疲れていても歩き出すと足が勝手に進みだし、なぜかそれほど苦痛ではないのです。そして、今でもムサシのリードをしっかり握っています。この感触にはまた何ともいえない安心感があり、ムサシの喜びが伝わってくるようでとても落ち着きます。

ムサシが喜ぶことは何でもやろうと決めていたせいか、多少の荒天などもほとんど気にならず、歩けない日の方がむしろ苦痛に感じられるくらいなので、ムサシは本当によい習慣を残してくれたものだと感謝しています。この分だと、かなり長く続けられそうだし、義務的観念にとらわれることもないので自然体で臨めます。

それに、ムサシの友達にあうのも楽しみだし、むかし以上にムサシと会話をする機会も多くなりました。ただ、車に乗るときだけは、ムサシの席にはなぜか座ることは出来ません。彼に言わせると、そんな遠慮はいらないと言うのですが、よく考えてみるとこれは遠慮なんかではなく、わが家の決まりになって定着しているだけなのかもしれません。

2009年6月11日

ムサシ流の食べ方

わが家のムサシは、トマト以外の野菜は殆ど嫌いなものはなかった。もちろん、ネギやタマネギなど体に悪いものは別ですが、その他のものは実に美味しそうに食べてくれました。プリンやスイカの食べ方などは特に見事で、見ているだけで楽しくなったことが思い出されますが、体の機能を使いこなす技術はさすがムサシ流だと感じたものです。

例えば、とんこつがムサシの歯にもよいということで、若い時はよく食べさせましたが、両足を見事に使い、攻略しやすいポイントから効果的に攻め、あの硬い骨をあっという間に征服してしまうのです。ムサシの場合は、左右の足を使いますが、どちらかというと左足で一方を固定し、その反対側のふくらみからかじり始めます。

また、スイカの食べ方も大変ユニークです。一頃タレントの志村ケンがテレビやっていた食べ方にそっくりなので驚きました。もしかすると、彼のほうがワンちゃんの食べ方を真似していたのかもしれませんね。何しろ、ハーモニカかを吹くような形で、あっという間に平らげてしまうものですから、とても合理的な食べ方だと見とれてしまいました。

2009年6月14日

ムサシのガッツポーズ

ムサシのガッツポーズは2つのタイプがありました。一つは、思わぬ場面で一緒に出かけることになったときです。彼はそんな時、一度玄関に出てから一旦戻り、部屋を大きく回ってまた玄関に戻るのです。そして大きく背伸びをして出かける準備を整えるのでした。このパフォーマンスが彼のガッツポーズでした。

もう一つのガッツポーズは、大好物のおみやげをもらって食べるときです。ムサシおみやげだよ!と声をかけると、お目当てのおみやげに寄り付くのではなく、食事の時の自分席に駆け上がり、頭を少し斜めに傾けすました顔になります。得意げなこのポーズも一種のガッツポーズだったようですが、律儀なムサシならではの感じがしたものです。

喜びを素直に表現するのを見るのは気持ちもいいものですが、わが家のムサシは静と動を織り交ぜて表現するので、より奥深い感情が伝わってきたのかもしれません。敗者の前で恥じも外聞も無く飛び上がるガッツポーズに比べれば、いかにも地味な感じがしますが、その控えめなところにこそ、嬉しさがあふれていると感じることもあるようです。

2009年6月18日

そんな時ムサシだったら

仕事にはストレスがつきものですが、私の仕事もごたぶんに漏れずストレスの塊が団体でやってくることがしばしばあります。そうしたときは、物事を解決してストレスをなくすよりも、何とか逃れようという意識が強かったのですが、ムサシと相棒を組むようになってからは少しずつ変ってきたような気がしています。

ムサシは一見飄々としているように見えますが、実は辛抱強く信念を曲げることがありません。決して相手をせかせたり、見切り発車をしてまわりをがっかりさせるようなことは、一度もありませんでした。この安心感が相手に伝わったとき、お互いの間にある溝もかなり埋まり、あれほど重荷に感じていたストレスが自然に解消されます。

それはどんな時にそう感じたかというと、仕事の都合で二人とも遅くなり、ムサシに食事を与えることが出来なかったときなどです。自分がそうした立場にあったら、我慢が出来ず何らかの行動をとったに違いありません。しかし、ムサシは私たちを信頼してひたすら待っていてくれるのです。この忍耐強さはいったいどこに秘めているのでしょうか。

2009年6月21日

こぼれるような笑顔

ムサシから多くのことを学びましたが、そのうちの一つは、「健康のために歩くのではなく、歩くことにより健康が保たれるのだ」ということでした。どちらでも同じことだと思われがちですが、ムサシに言わせると全く違うのだそうです。つまり、健康であることは手段であり、歩くことは生きることそのものだということのようです。

この教えを忠実に守り、今でも毎日欠かさず散歩に出かけていますが、ムサシが元気だったころの友達に会えるのが何よりの楽しみになっています。彼らは私たちに会うと、こぼれるような笑顔で駆け寄ってきてくれ、親愛の情を惜しみなく表してくれます。別れてからも名残惜しそうに何度も振り返ってくれる姿には何時も感動しています。

ムサシも表現の仕方こそ違いますがやはりそうでした。この頃はムサシの友達に会うのが楽しみで、散歩の時は何時もその話題になるのですが、今日はそのうちの一人に会うことが出来ました。久しぶりだというのに、全く変らないしぐさが愛らしく、とても親しみを感じるひと時を過ごすことができ、ハッピーな気分になりました。

2009年6月25日

雨降りが嫌いだったムサシ

若いころのムサシは、雨が降ろうと槍が降ろうと、とにかく散歩をかかすことはありませんでしたが、それでも雨降りは嫌いでした。散歩に出るようになったころは、既成の洋服も無かったので、手製のカッパを作って着せたりしましたが、体に馴染まないようだったので、結局ぬれた体を時々タオルで拭くという原始的な方法で通しました。

水にぬれること自体は、それほどいやではないはずなのですが、雨に濡れるのだけは好きではなかったようでした。あまり土砂降りの時などは、よそのお宅の軒先をちゃっかりお借りして、雨宿りをすることもしばしばありましたが、そのタイミングのとり方が堂にいっているには驚かされました。一定の要件を満たしていることが原則のようです。

しかし、さすがに晩年は、雨降りの散歩は控えたいと思うようになったらしく、時々休むこともありましたが、雨が止めば準備OKのサインを出し、私の対応をそれとなく窺っているようでした。しかし、彼は決して催促をすることはなく、静かにそのときが来るのを待っているだけのように見えましたが、実は私の心をすっかり読んでいたのです。

2009年6月28日

ムサシに謝りたいこと?その1

ムサシに謝りたいことは数限りないが、そのなかでも特に謝りたいのは、彼の能力を過小に評価していたことです。私が数年前2週間ほど入院していたとき、なるべくムサシを病院には連れてこないように話しておりました。会うと別れが辛くなるということもありましたが、病院の敷地内でムサシが大きな声を出すのではと危惧したからです。

と言うのも、普段私が外出先から帰ると、大きな声で出迎えてくれたからです。私の予想では、病院に見舞いに来れば、同じように大きな声であえた嬉しさを表現するに違いないと思ったからです。しかし、病院で私を見つけても黙って近づいてくるだけで、声は一切ださないのです。家内にそのことを聞くと、特にムサシに注意を促してはいないようです。

謝らなければならないというのはこの点についてです。ムサシは誰に指摘されるまでもなく、ここは大きな声を出してはいけない場所であることを知っているかのようでした。というよりは、誰よりもそのことを知っていたと改めて感じたからです。その証拠に、退院して家に帰ると大きな声で歓迎してくれたからです。

2009年7月 2日

ムサシに謝りたいこと?その2

最初に面会に来た時が静かだったので、何度かつれてくるようになったのですが、ムサシは相変わらずマナー違反はありませんでした。実を言うと私が恐れたのは、ムサシが吠えることではなく、そうすることでムサシが邪魔物にされるのではないかと考えたからです。そうでなれば毎日でも会いたいのは当然だからです。

ところが何度来ても、静かに面会するだけだったので、退院後に本人に聞いてみたところ意外な答えが返ってきました。それは、入院する前に私と家内が話しているのを聞いていて、もしも病院に行くようなことがあっても決して声を出さないようにすると堅く誓ったと言うのです。そもそも、ムサシに相談しなかったことが間違いだったようです。

普段は何でも通じ合えるとか、ムサシと会話ができるなどと豪語しておきながら、肝心なときに彼を無視してしまったことが悔やまれました。そのときもムサシに謝ったのですが、今でもそのときのことを思い出すと、申し訳ないやら悔しいやらでいてたまらなくなります。そのときのムサシの後姿を見てピンと来なかったのが情けないからです。

2009年7月 5日

ムサシの仲間たち

ご近所にも犬を飼っているお宅は沢山あります。ワンちゃんの性格も飼われ方も様々ですが、時々これでワンちゃん達は幸せなのだろうかと疑問をもつこともあります。お父さんに連れられて自慢げに散歩を楽しんでいるワンちゃんがいる一方で、毎日ちゃんと食事をしているのかと心配になるようなワンちゃんもいます。

なかには、飼い主がたまにしか家に戻って来ていないのではないかと思われるようなこともあります。在りし日のムサシと重ね合わせると心が痛むのですが、ある人に言わせると、犬は外で飼う方が長生きするといいます。しかし、大事にケアすればそれだけ長く生きられるという獣医もいます。どちらが本当なのでしょうか。

このことについては、わが家のムサシに何度も聞いてみたのですが、決して答えようとしません。まともに考えれば、他のワンちゃんのような経験をしたことがないので、答えようがないのかもしれませんが、私としては、自分の生き方が最高だったと言ってもらいたいので、少し残念な気もしますが、ムサシにとっては愚問なのかもしれません。

2009年7月 9日

ムサシが私達に伝えたかったこと

わが家のムサシは、シャッターを閉めるときのドシンという音と花火の音が大嫌いでした。ムサシのホームグランドである塩釜では、今年ももうすぐ「みなと祭り」が開催されますが、その度に思い出させられるのが、花火の音を嫌って逃げ回っていたムサシの姿です。晩年にはすっかりなれて動じなくなったのですが、当時は怖くてたまらなかったようです。

考えてみると、ムサシが拒絶したのはこの他にはあまりなったような気がしますが、たぶん、人間と共存するために努力したのだと思います。それでも、花火だけはどうにも苦手だったということなのでしょうが、私達は自分が怖くないものだから、ムサシが怖がる姿をそれほどかわいそうだとは感じなかったような気がします。

花火を見せようと思って連れ出したことを、そのときはあまり反省しなかったような気がします。ムサシが私達の生活に馴染もうとしているのに、ムサシを理解しようとする努力が足りなかったことを改めて感じます。ムサシが私達に伝えたかったことは、嫌いなものを克服することではなく、理屈ぬきに認めて欲しいということだったのでしょう。

2009年7月12日

ムサシへの報告?その1

昨年の6月に起きた岩手・宮城内陸地震で、行方不明になっていたご夫婦の遺体を地震発生から1年ぶりに見つけることができたということです。報道によると、このとき活躍したのが2頭の警察犬だということでした。仙台市の森正弘さん、洋子さんご夫婦が消息を絶ったのは、宮城県栗原市の「白糸の滝つり橋」付近ということでした。

ビックス(オス5歳)とリンドムート(メス、2歳)のシェパードの2頭は、先月8日に11か月ぶりに再開された遺体捜索に参加し、捜査が開始されてから数分後に、まずリンドムートが崩落した土砂に向かって吠え始めた。続いてビックスも同じ場所で激しく土をけったため、重機で掘り進めたところ、翌日、2m下の土の中から2人の遺体が見つかった。

2頭は父と娘の関係で、ビックスは宮城県大崎市の民間訓練所が所有。リンドムートは仙台市の会社員が飼い主ですが、ビックスと同じ訓練所で生活しているということです。何をかくそう、この訓練所こそわが家のムサシの学び舎だったのです。早速ムサシに報告すると、先輩として大変誇りに思うとのことでした。ついでに私も誇りに思いました。

2009年7月16日

ムサシへの報告?その2

警視庁によると、全国には警察犬は約1470頭いるということですが、そのうち警察が直接飼育しているのは約170頭にすきないということです。残りは嘱託犬で、警察からの要請に応じて、一般家庭や民間の訓練所から出動するとのことです。宮城県では、30頭全てが嘱託犬ですが、いずれにしても各警察本部の試験に合格しなければ、現場には出られない。

ビックスの飼い主で、リンドムートの指導にあたる松本章さんによれば、訓練が本格的に始まるのは生後6?7か月から。ボール遊びからスタートし、1年半から2年ほど過ぎたころには指示を受けて犯人役にかみつくなどの段階に到達するという。一回の出動で支払われる報酬は数千円ですが、厳しい訓練を怠ると能力は持続できないという。

それでも「自分の犬が現場で役に立った時の喜びは何者にも代え難い」と語っています。正にわが子と同然というわけですね。わが家のムサシは2か月で卒業したので、教養課程の単位を取得したとでも言うところなのでしょうが、それでも、訓練中に指示に従って行動したとき、褒められるのがとても嬉しかったと振り返っています。

2009年7月19日

脱走したワンちゃんは、いま

もう一年近くなるでしょうか。近所のワンちゃんか重い鎖を引きずりながら彷徨していた。ちょうど今のような暑い日だったので、早く家に帰らせてあげようとして、飼い主を探し回ったことがあった。その様子はこのブログでも紹介したと記憶していますが、最近よく散歩の途中で見かけるのですが、不思議そうな顔をしてじっとこちらを見ています。

といっても、彼(彼女)も散歩しているのではなく、私が一方的に家の前を通るので声をかけるのですが、見覚えがあるようなないような実に複雑な表情をします。このことをムサシに聞いて見ると、ワレワレの仲間がオヤジのことを忘れるわけがないといいます。それではどうして、一声かけてくれないのでしょうか。

するとムサシは更にこう続けるのです。それは、「明らかにボクに気を使っているのだ。」ということです。以前に交番につれてってもらったときも、ボクが傍にいないので、かなり遠慮したに違いないともいっています。ムサシは一向に構わないのですが、周りのワンちゃんにしてみれば、オヤジを借りたことにちょっと戸惑ったということのようです。

2009年7月23日

湯上りさっぱりのムサシ

わが家のムサシはお風呂が大好きです。といっても最初わが家に来たころはそれほどでもなかったようですが、湯上りの爽快さが病みつきになったことと、アトピーにかかったときに、お風呂で清潔にしてもらうのがやはり気分がよかったようです。それに、湯上りに一口、大好物のリンゴが用意されていることも計算に入っていたのでしょう。

お風呂上りには、二人かかりで体を拭き上げるのですが、中々水気が取れないので、冬場などは特に気を使いましたが、当のムサシは熱さから開放されてホット一息というところなのでしょうか。とにかくゆったりとして、くつろいでいる様子が何とも優雅で絵になります。さながらビール一杯という雰囲気そのものです。

泳ぐことは得意でも、それ以外のことで体を濡らすのはあまり好きではないムサシが、どうしてこんなにお風呂好きになったのかはよく解かりませんが、気がついたころには、「お風呂」と聞くと積極的にお風呂場に向うようになっていました。お蔭様で、散歩の時に足を洗うときと同様に協力的になっていたため、お風呂好きになったと勘違いしているのかもしれません。

2009年7月26日

ムサシへの報告?その3

7月に入ってまもないある日のことです。いつものように散歩を終えて、机に向ったときあることに気がついたのです。東側のガラス戸にヒビが入っていたのです。朝に空気を入れ替えるために戸を開け放った時にはなんでもなかったのに、いったいどういうことなのだろうと不思議に思いましたが、全く心当たりがありません。

このガラス戸は網入りで、見るからに丈夫そうなので突然何の圧力もなしに壊れるなんてにわかには信じられませんでした。しかし、そのときあることを思い出しました。二階の寝室の網いりガラス戸も2年ほど前に同じようにヒビが入りました。そのときはムサシが何らかの拍子に体当たりしたためだと思い、特にムサシに尋ねるまでもないと思いました。

ただ、この網入ガラスにヒビが入るくらいなので、ムサシは相当痛かったのではないか思うのですが、そうした様子は全くありませんでした。こうした現象はたぶん数回の地震により金属疲労を起こしていたガラスが、風などのふとした圧力で臨界点に達したためであることに気がつきました。このことを一番知っていたのはムサシだったというわけです。

2009年7月30日

ムサシへの報告?その4

この前から気になっていたことなのですが、近所に住んでいるワンちゃんが一人ぽつんと繋がれている姿をよく見かけるようになりました。どうやら彼の飼い主は、泊まりこみで仕事をしているのか、たまにしか家に灯りがともりません。そんな時、食事はどうしているのだろうと心配になりますが、奥まったところなので手を差し伸べることも出来ません。

何時の頃からか、その家の前を通るときは灯りがついているのを確認して、今日はよかったとホットするようになっていました。その後、しばらくの間は、毎日灯りがともるようになったため、ワンちゃんもさぞ安心しているだろうと、ひそかに私たちも喜んでいました。ところが、最近また暗いままの状態が続くようになりました。

昨晩も、散歩に出かけたところ、やはり灯りがついていなかったため、今日も淋しい思いをしているだろうと話しながら付近を通りかかったところ、一人の女性がワンちゃんのいる方角から出てきて、自転車に乗りわしたちを追い越しました。思わず声をかけたところ、彼女はボランティアで彼の食事の面倒を見ているというのです。

2009年8月 2日

ムサシの笑顔

ワンちゃんの面倒を見てくれる女性のことをムサシに話したところ、ムサシもよく知っている女性だったので、懐かしそうにうなずいていました。孤独なワンちゃんの姿やご飯をもらって喜んでいる顔を想像すると、どうしてもわが家のムサシとダブってしまいがちですが、いずれにしても久しぶりのホットな話題に沸きました。

ムサシも淋しかったことはないわけではないのでしょうが、そのことには触れず、嬉しいときにだけ全身で喜びを表現します。恨み言を決して言わないムサシに、私たちは救われたことは確かですが、その分思いやる心が希薄になっていなかったかと悔やまれます。なにしろ、よそのワンちゃんの話をわがことのように喜べるとは想像も出来なかったかです。

ムサシを護りきることが私たちの使命と考えていたのですが、如何に浅はかであったかがよく解かるようになりました。ムサシが本当に心から喜べるのは、ワンちゃんたちに対する人間の偏見がなくなったときかもしれません。いまは、そんな時が来るのかどうかわかりませんが、ムサシの笑顔が目に浮かぶと、又一歩ワンちゃんたちに近づけた気がします。

2009年8月 6日

元気なチビくん

近くに住むシバ犬で、体の小ちゃなワンちゃんはとても利発で、ムサシも大好きでした。彼は私たちを見かけるとまっしぐらに飛んできて、まず、ムサシと挨拶を交わし、そのあと私のところに寄ってきてくれます。今朝も会えるかなあと辺りを見回したのですが、時間帯が少しずれているのでムリかも見知れないと諦めていました。

歩き始めて12?3分たったころでしょか。後ろから何かが足に触れたような気がして、振り向いて見るとそのワンちゃんが私を追いかけてきて、存在をアピールしていたのでした。いつものことですが、彼女の飼い主は、車の通行状況を確かめながら、リードを放して私のところに向わせてくれるのです。これがまた実に可愛らしいのです。

頭やあごを撫でてやるだけなのですかが、それだけで大満足なのです。しばらくの間コミュニケーションをとった後、「またね」の合図で再び散歩に戻るのですが、時には名残惜しそうにすることもあります。いずれにして、それだけのことのために数十メートルも全力疾走で駆け寄ってきてくれる心意気には感動させられます。

2009年8月 9日

ポチ君はどうしていのでしょうか?

わが家のムサシよりも5歳程先輩のポチ君は、この暑い夏を無事に乗り切れるのだろうか。最近はすっかりご無沙汰で、彼の散歩コースにも足を向けるチャンスがなく、私たちも心配で、時々はどうしているかなと話しています。ムサシが存命のときでさえ、目もほとんど見えないということだったので、散歩もかなり不自由そうでした。

それでも、やさしい飼い主に連れられて、ひょうひょうと歩く姿はとてもしっかりしていて、20歳に近いとは思えないほどでした。ムサシとも相性が良いようなのですが、不安に思うといけないということで、お互いに距離をおいてきたのですが、二人の分別を考えると、取り越し苦労であったのかとも思える光景でした。

静かに出会って静かに別れる。そんな繰り返しの毎日でしたが、ムサシの方が先に旅立ってしまい、彼も残念に思っているに違いありません。彼と知り合いになった時は晩年になってからでしたが、お互いに若いうちであったならば、もっと親しくなれたのではないかと思うのですが、二人とも付き合いの長さなどは全く気にしていないようでした。

2009年8月13日

ムサシの指定席

わが家にはムサシ専用の指定席が二つあります。一つは家内の車の助手席で、もう一つは食事するときの席です。どちらの席も未だに誰も使用しないで、ひょっこり彼が帰ってきたときにあわてないようにしています。考えてみると、ムサシもそれ以外の席に座ろうとしなかったように思いますが、それはなぜだったのでしょうか。

指定席ではないにしても、ムサシがよく使う場所はほかにもたくさんあって、どこでもフリーだったはずなのですが、この二つの席だけは別だったというのも不思議な話です。例えば、私の布団にもぐりこむ時などは、かなり強引でなりふり構わず、まっしぐらに自分で居心地のよい場所に向かうといった具合でした。

そう考えると、これはムサシのこだわりではなく、私たちのこだわりだったのでしょうね。このような拘りは、どこの家庭でも一つや二つあっても不思議ではないのでしょうが、車の助手席を未だに開けておくというのは、少し異常なのかもしれませんね。そうはいってもこのスタイルはこれからもずっと続けていくことになるでしょう。

2009年8月16日

盲導犬が誕生するまで

盲導犬に適した犬種の9割が、わが家のムサシと同じラブラドルレトリバーだという。そして、ゴールデンレトリバー、両者の一代雑種の3種類でほとんどを占めている。しかも、穏やかで落ち着きがある。待つことが苦にならない。近くでハプニングがあった時に取り乱さない。逆に攻撃性があり、訓練してもほえぐせが直らない犬は適さないのだそうです。

このように盲導犬に適した血統の繁殖犬から生まれた子犬を、生後2カ月になるまで、母犬のそばで兄弟姉妹と一緒に過ごさせる。その後盲導犬の候補の子犬たちはパピーウォーカーと呼ばれるボランティアの家庭で10カ月間、家族の一員として育てられます。その後、1歳頃から2歳前後まで訓練センターでトレーニングに励みます。

上り下がりの段差での訓練や障害物をよける訓練などのほか、目の不自由な人との共同訓練なども行われ、この間、盲導犬への適性や健康状態などが確認されます。そして、盲導犬として向いていると判断された犬は訓練センターを卒業し、盲導犬を希望し共同訓練を受けた視覚に障害がある人のもとで新しい生活が始まります。

2009年8月20日

盲導犬の活躍と引退後の生活

パートナーとの安全な生活ができるようになるまでは、かなりの時間が必要なため、卒業後も担当の盲導犬訓練士が定期的にフォローすることになっているという。こうして始まったパートナーとの生活も10年前後で引退の時を迎えます。その後は、引退犬飼育ボランティアの家にペットとして引き取られ余生を送るケースが多いそうです。

ハーネスをつけると、仕事の延長と思ってしまうため、外出する時もつけないようにしなければならないのですが、衰えたとはいえ、パートナーの役に立ちたいと願い続けるワンちゃんもいるといいますから、並の人間とは少し出来が違うのかも知れません。わが家のムサシを見ていても、人と付き合うことが大好きなことは想像つきます。

こうした律儀なワンちゃんたちを、日本の社会はまだまだ認めていません。2003年には、遅ればせながら「身体障害者補助犬法」が施行され、飲食店やスーパー、コンビニなどの施設や交通機関ではパートナーと同伴できるよう義務づけられましたが、タクシーの乗車拒否などは未だに後を絶たないなど、まだまだ浸透していません。

2009年8月27日

ムサシとの会話

ムサシと会話するときは、いつも穏やか気分になっている時です。天国との距離はどのぐらいあるのか分かりませんが、少なくとも私たちと会話をするときは、携帯電話などを使わなくても直接話せる距離に彼はいます。そればかりか、顔の表情も体のぬくもりも以前と全く変わりません。わが家にとって彼の存在は永遠なのです。

会話はいつも私が一方的に話しかけるというスタイルですが、いつでも笑顔で応じてくれます。あまりの愚問に対しては、少しあきれ顔で黙り込んでしまうこともありますが、ほとんどの場合、誠実で的確な答えを返してくれますので、とても頼りにしています。特に仲間のワンちゃんたちのことになると身を乗り出して熱弁を振るいます。

盲導犬の勤勉さの秘密やその後の余生の過ごし方などについても、なるほどと感心させられることが多く、大変参考になることばかりです。不満だらけで愚痴っぽく、いつも誰かに責任を転嫁している我々人間の浅はかさを、決して嘆いたり批判したりすることなく、すべてを受け入れる寛容の精神にはいつも胸を打たれます。

2009年8月30日

その時ムサシは

わが家のムサシは、夕方の散歩を終えてからゆっくりと食事をとり、その後は茶の間や私の部屋でくつろぐのが習慣になっていました。その後眠くなると階段の下に移動し、二階を見上げるのです。そんな時私たちは、二人掛かりで彼を持ち上げるようにして階段を登らせるのがいつものスタイルでしたが、全く苦ではありませんでした。

ある晩のこと、ムサシが茶の間のソファーですっかり寝込んでしまったので、取りあえずそのままにしておこうということになり、私たちだけで二階に上がりました。夜もかなり更けたころ、ムサシの声で目を覚ましました。見るといつものように二階を見つめながら、私を呼んでいるではありませんか。慌てて階段を下り二階に連れて行きました。

それ程長い時間ではなかったと思うのですが、私たちにしてもこうしたことは滅多になかったので、“ごめんね”と言って謝ったのですが、そのことをとがめるということはありませんでした。その代わりというわけでもないのでしょうが、一目散に私の布団に向かい、ドスンという音がしたかと思うと、大いびきをかき始めたのです。

2009年9月 3日

ちょっぴり羨ましい散歩

ムサシが旅立って以来、散歩のスタイルは少し変わりましたが、いつも彼と一緒であることだけは同じです。ちょっと意識して、頭の中のスクリーンに再現させようと思うと、いつでも鮮明にムサシの表情が映し出されるので、特に淋しいと思うことなどありませんが、他のワンちゃんの散歩を見ると、ちょっぴり羨ましくなることもあります。

ムサシにとっても私たちにとっても、現状に何ら不満があるわけではなく、むしろ、理想的な形になったと思っているくらいですが、つい欲を出してしまうことがあり、ムサシに注意されることがあります。もちろん、頭では納得しているはずなのですが、やはり本音を言えば、もう少し長く彼をこの世に留めておきたかったのです。

ムサシにしてみれば、絶妙なタイミングで自分の身を律し、私たちの余生にエールを送ったつもりなのでしょうが、素直に感謝する気になれないのがふがいない気がしています。こんなとり留めのない話をしていると、またムサシに一喝されそうですが、喜びと悲しみが入り混じっているわりには、心が和むというのは何とも不思議です。

2009年9月 6日

アムールトラのタイガ君逝く

釧路市動物園のアムールトラ2頭のうちの1頭が8月25日天国に旅立ったということです。彼は、平成20年5月24日、3頭の兄弟として生まれました。1頭は生後間もなく死亡しましたが、オスの「タイガ」とメスの「ココア」は後ろ足に障害を持ちながらも、懸命に生きようと努力し、そのけなげな姿が私たちに感動を与えてくれました。

しかし、食事中のどに肉片を詰まらせたらしく、「タイガ」が窒息死してしまったということです。彼等の生きようとする姿に感動するとともに、飼育を担当していた飼育係りの献身的努力にも拍手送りたい気持ちでいっぱいです。彼らのけな気な生き方とわが家のムサシが何故か重なり、動物の愛らしさがより一層感じられます。

ムサシとの接点や共通点などは全くないのですが、前向きな生き方を見ていると、犬とかトラとかという括りは全く関係ないように思えてきます。ムサシにそのことを聞いてみると、例によって積極的には答えてくれませんが、私たちがそのことに気づいてくれたことを歓迎しているようです。改めて「タイガ君」のご冥福をお祈りします。

2009年9月10日

ムサシのコミュニケーション能力?その1

ムサシとのコミュニケーションは、「顔の表情」「声」「体の動き」「尻尾の振り方」などで十分すぎるくらいとれました。このことについては、以前にも紹介したことがあったと思いますが、最近になってさらに重要な要素があったことに気がつきました。それは「顔の表情」の一部なのかもしれませんが、そのうちの「目の動き」です。

何故今になってそのことに気がついたのかはよく分かりませんが、たぶん、最近は正面に向き合って話すことが多いので、そう感じたのかも知れません。ムサシは散歩の途中でよく私の顔を覗き込むことがあったのは覚えていますが、それは、私に何かを訴えかけているのだと感じていましたが、私の行動を理解して協力するための信号を発していたのです。

例えば、散歩中に私の携帯電話が鳴り出した時、ムサシにしてみれば、どんな行動をとれはよいのか見当がつかなかったはずです。最初のころは確かにどこで携帯が鳴りだすか分からないので、ムサシは全く別行動でした。しかし、いつの間にか、身の安全が確保される場所で歩きをとめ、電話の内容に耳を傾けていました。その時の目の表情が私に対して、「どうぞごゆっくり」と言葉をかけていたということです。

2009年9月13日

ムサシのコミュニケーション能力?その2

目は私たち人間にとっても顔の象徴のようなものなので、ムサシの目の表情はそのまま顔の表情と思い込んでいました。しかし、彼の場合は目の動きと顔の表情は必ずしも一緒ではないのです。例えば、食べ物をおねだりするときなどは、あまり目を使わずむしろ顔をそむけて、ただこちらの行動を待つしぐさをします。

一方、人の話を理解しようと努めている時や私たちに自分の意思を伝えたい時には、目を丸くして真剣に何かを語りかけてきます。また、いたずらをしようとしたり、遊びに夢中になっている時は、アーモンドのような目になります。極めつけは、自分が興味ない時や私の問いかけが愚問の時は、つまらなさそうにやや虚ろで白目がちになります。

私の言葉にあまり反応しないのは、全体の表情からなんとなく分かっていましたが、ムサシにしてみれば、しっかりコミュニケーションをとっていたということなのでしょう。ムサシのことは何でも分かっていると自負していたのですが、目の表情が大事な意味をもっていたことを見逃していたようです。このことを早速今晩聞いてみることにします。

2009年9月17日

親切なお姉さんの話

たしか8月の初めごろだったと記憶しているのですが、近所の淋しいワンちゃんを御世話しているお姉さんの話をしました。今日はその続きの話をさせてもらいます。お姉さんの献身ぶりは健在で、あれからも時々みかけるのですが、たまたまワンちゃんの家の近くで、そのお姉さんに合いました。散歩の途中だったので私たちも顔を出したのです。

すると、そのワンちゃんもとてもやさしく、私たちを歓迎してくれました。いつもワンちゃんのことを話題にしながら、何もできないでいることを情けないと思っていたので、今日会うことができてとてもラッキーな気持になれました。おかげさまで「レオ」君としいう名前も教えてもらったので、これからもっと仲良くなれそうな気がしました。

暗闇の中で、懐中電灯の灯りを頼りにごはんをやる姿には感動しました。そこには全く偽善の心はなく、ただワンちゃんが可愛いから御世話をする。そんな純真さが伝わってくるシーンに出会い改めて感謝の念が湧いてきて、ありがとうと心の中でつぶやきました。声に出すのが恥ずかしかったからではなく、何もしない自分が少し無責任に感じたからなのでしょう。

2009年9月20日

セラピードッグの優しさ

今日はしばらくぶりでムサシとセラピードッグについて話しました。いつも盲導犬や介助犬、警察犬の話をすることが多いのですが、たまたまテレビでセラピードッグの癒しテクニックのことが取り上げられていたので、そのことをムサシに話しました。始めは黙って私の話を聞いていましたが、訓練のことについては特別な思いがあるようでした。

ムサシが言うには、セラピードッグも人間と同じで、苦労人であることが人に優しくできることが背景にあるというのです。そう言われてみれば、確かにセラピードッグとして名を成したワンちゃんたちは、愛護センターで保護された捨て犬や飼い主から虐待を受けていたなどという経歴があることが多いようです。

しかし、ムサシの場合はもちろんセラピードッグという資格はありませんが、私たちのライフスタイルに合わせて生活をともにしてくれ、とても癒されたことは事実です。このことについて聞いてみると、相棒になればお互いに相手を気遣うのは当然のことで、癒しテクニックなどは、相手の気持ち次第でどうにでもなるものだというのです。

2009年9月24日

内緒のはなしですが

近所の「レオ君」に出合って以来、ずっと気になっていたのですが、今日は意を決して散歩に連れ出してみました。案の定レオ君はとても喜んでくれましたが、少し遠慮がちで時々私たちの顔をのぞきこみながら、確かめるような表情で歩き始めました。しばらくすると状況が理解できたらしく快調に散歩を続けることができました。

水を得た魚とはこういう状態をいうのか!と思うくらい元気でどんどん先に進み、予定より時間を費やしてしまいましたが、レオ君が喜んでくれたことでそれほど疲れを感じませんでした。それどころか、毎日心につかえていたものが一気に落ちたような気がしてとても清々しく、今夜はわが家のムサシにも胸を張って報告できそうです。

こんなに喜んでくれるのであれば、ほんの少々の時間を惜しむべきではないとさえ思うのですが、その辺のことも含めてムサシに相談してみることにしました。しかし、当のムサシは何も話してくれません。ただ、私たちの行動を評価してくれていることだけは確かです。何しろ散歩の楽しさを誰よりも知っているのはムサシですからね。

2009年9月27日

病みつきになりそう

ムサシの快諾を得たことで、気を良くしたわけではないのですが、今日もレオ君を散歩に連れ出しました。というのは、今朝の散歩の時に久しぶりにコロ君にあったのですが、相変わらず彼はストレートに親愛の情を表現しながら、愛くるしく振舞います。その姿をレオ君が見たらさぞうらやましがるだろうと思いました。

そこでちょっと寄り道して、レオ君のところに顔を出してみることにしました。案の定、思わぬ来訪者に大感激のようでした。明るい時間に彼のところを訪問したのは初めてなので、これまで見えなかった光景が手に取るように見えたのです。驚いたのは玄関についた彼のツメ後です。その痛々しさは想像をはるかに超えるものがありました。

ムサシも若いころはよくテーブルやソファーを引っ搔きまわしましたが、レオ君のそれを見ると心がつぶれる思いでした。その傷の多さは半端ではありません。どんなにか人恋しくて泣き叫んだのかが伝わってきました。この思いが、今日も散歩に誘い出さずにはいられなかったような気がしますが、実はムサシが背中を押してくれたからなのです。

2009年10月 1日

後ろめたさが一気に解決

レオ君のことを話題にしながらも、今日は散歩に誘い出すのはやめようということになりました。その理由はいろいろありますが、中でも飼い主の了解を得ていないというのが一番でした。更に、その後親切なお姉さんにもあっていないので、とんでもないお節介をししまったのではないかという反省もあったからです。

ところが、まっ暗闇の横丁からなんとなく人の気配を感じた家内が、お姉さん!と声をかけてみました。するとまさしく探していた、あの親切なお姉さんだったのです。彼女は今からレオ君のところに食事を届けるところだったのです。よく事情を聞いてみると、飼い主も優しい人で、仕事の都合を見てレオ君を散歩させているのだということでした。

そこで、実は私たちも内緒で散歩させてもらっていることを打ち明けることにしましたが、お姉さんは快く承諾してくれましたので、今後は気兼ねなく協力できることになったのです。わが家のムサシも当然喜んで、このプロジェクトに加わることを約束しました。当然のことながら散歩の七つ道具はムサシ愛用のものを提供してくれます。

2009年10月 4日

レオ君の散歩とムサシの役割

ムサシ愛用の「散歩の七つ道具」が、思わぬ形で再利用できたことがとてもリッチな気分です。おまけに、レオ君もムサシも大喜びなので、ムサシが逝ってしまって以来手持無沙汰な散歩を続けてきましたが、リードをもつ感触が手に戻ってきたのがうれしくて、ついわがままを聞いてしまいがちですが、そんなことは笑って許せる感じです。

ムサシはというと、私と一体になっていながら天国からも見守っていてくれるという不思議なポジションで、まるでカーナビのように暗い道の案内をしてくれます。御蔭さまでまっ暗闇の中を奔放に飛び回るレオ君についていくことができます。ムサシは市内の地形を全てインプットしていたので、彼にとっては朝飯前のことなのでしょう。

その点レオ君は四六時中鎖で繋がれているので、私たちと散歩をするときは、水を得た魚のように振舞うのは無理からぬことです。そう思うとなおさら愛おしくなり、思わず顔を覗き込んでしまいます。そうしたレオ君にとってはムサシの理解が何よりも有り難く感じられのことでしょう。この不思議な付き合いは長く続きそうな気がします。

2009年10月 8日

ムサシのため息

今日はことのほか天気がよく、穏やかな秋晴れに恵まれたせいか、ムサシも何時になく心がはずんでいる様子です。もともと褒められることが大好きで、そのためには多少の苦労は厭わないというのがムサシらしさなのですが、レオ君という後輩の面倒を一緒に見ることになったため、一層やりがいを感じているのでしょう。

しかし、そうした充実感とは別に、少し目が潤んでいるようにも感じられたので、久しぶりに仕事の手を止めムサシと向き合うことにしました。というのは、私にも多少気がかりなある事があったからです。それはあの「ポチ君」のその後のことです。おそるおそる聞いてみるとやっぱりそうでした。「ポチ君」のことを気にしていたのでした。

実は家内もポチ君の消息を求めて、以前よく出会った場所付近をそれとなく巡回していたのですが、出会うことができなかったのです。ムサシよりも高齢だったので、もしやと思いながらも、意識してその話には触れないようにしていました。ムサシもそのことは承知していたはずですが、友達と会いたいという気持ちを抑えきれなかったのでしょう。

2009年10月11日

ポチ君の足跡を辿って

今日は思い切って、昔よくポチ君と出会った場所に行ってみることにしました。時間帯もちょうどよい頃を見計らい、ムサシが納得のいくまで歩いてみたが、手掛かりすら全くつかめませんでした。ワンちゃんを連れて散歩していた女性に出会ったので、ポチ君のことを尋ねてみたのですが、だいぶ前に一度出会っただけだということでした。

周りの景色は2年前と全く変わっていないのに、まるで別の場所のように感じられることがとても寂しく、懐かしく感じる余裕などありませんでした。ポチ君がもし存命であったとしても、以前のように散歩に出られる状態ではないのかも知れませんが、とにかく無事であるという消息だけでも聞きたかったのですが叶いませんでした。

それでも、ムサシは一応納得したらしかったので、二人でとぼとぼと帰途に着きました。この日もまた、ことのほか天気がよく、小春日和を絵にかいたように穏やかでしたが、そのことがかえって寂しさを際立たせてしまったようです。せめて今夜は、「レオ君との散歩をみんなで楽しもう」とムサシに話しかけるのが精一杯でした。

2009年10月15日

健気なワンちゃんたちには救われますね

先日あるテレビ番組で、両前足が不自由なワンちゃんのことが取り上げられていました。そのワンちゃんもムサシと同じラブラドールリドリバーと知り、テレビを直接見るのが怖かったので、家内の解説を頼りに番組に聞き入りました。とうとう最後まで画像を見ることはできませんでしたが、このワンちゃんによって勇気づけられた人は多いでしょう。

直接画面を見る勇気もないのに、ムサシの仲間が健気に活躍していることを何故か誇りに思い、心が熱くなりました。健気といえば、最近仲良くなった「レオ君」も年老いた「ポチ君」も同じです。人間と違い自分のおかれている逆境をものともせず、ただひたすらに、自分の一生を全うしようとしている姿にはいつも感動させられます。

私たちに夢と希望を与えくれるワンちゃんたちですが、それぞれ壮絶な戦いの歴史があります。「レオ君」もそうですが、飼い主から見放されてしまい、あと数日間の命というところで引き取られたという例は他にもたくさんあります。人には言えない事情があるのかもしれませんが、どうかもう一度彼らの愛くるしい顔を覗いてみてあげてください。

2009年10月18日

悲しい出来事

このところ体調が思わしくなかったことに加え、仕事で出かけることが多かったため、レオ君を覗いてやることができませんでした。今日もかなり遅い時間に帰宅しましたが、家内がレオ君を散歩させたということでした。彼は元気でとても喜んでくれたということなので、私もほっとして眠りに就くことができました。

次の日は朝に散歩ができたので、夜にはレオ君を誘おうと密かに思っていたのですが、その日は家内の帰宅が遅くなり、散歩は見合わせようということになりました。遅い食事を済ませ一休みした後、家内は後片付け、私は仕事にとりかかろうとした時、玄関のチャイムが鳴りました。出てみるとそこに例の優しいお姉さんが立っていました。

話を聞いてみると、レオ君が寂しさのあまり、玄関の扉のガラスを割ってしまったらしく、破片で怪我をしてはいけないので、後片付けを手伝って欲しいとのことでした。取りあえず二人で駆けつけると、幸い怪我はしていないようだったので安心しましたが、後片付けが結構大変でした。三人で手分けして後片付けと散歩をしました。

2009年10月22日

可愛さと責任の狭間で

レオ君のことを思うと、彼を引き取って手元に置きたいとい気持ちはありますが、はたして彼の将来にとって、本当にハッピーなことなのかどうかを考えると、軽々には決めることはできません。やはり今のご主人のもとで暮らすのが、彼にとって一番幸せであるはずだと思うからです。せめてみんなで話し合い、応分の協力ができないものなのでしょうか。

レオ君もムサシと同じで中々利発ですし、少し慣れれば行動を制御するのもそう難しくはなさそうなのですが、ただ可愛いといった一時の感情だけで、引き取るというのは、かえって彼の尊厳を傷つけることにもなりかねません。この思いは、私たち以上にいつも面倒見ていてくれている親切なお姉さんの方が一層そう思っていることでしょう。

人それぞれ事情があるとは言いながら、可愛いレオ君を前にすると、何もできないなどというのはただの言い訳に過ぎないような気がしてとても情けない。そんな思いを引きずりながら、後ろ髪をひかれる思いで引き上げてきました。この複雑な思いを熟知しているだけに、ムサシも敢えて積極的には意見を言ってくれません。

2009年10月25日

きっと何かできるはず

昨晩も重い気持ちを引きずりながら二人で散歩に出かけました。レオ君の話はなるべく避けるように心がけていながら、気がつくと彼の話になってしいます。そんなとき、例のお姉さんに出会いました。出口の見つからない話になるのは解っていても、レオ君の様子が聞きたくて呼び止めてしまいましたが、案の定、唯のお節介を確認することになりました。

私たち二人は、さらに心が重くなり無言のままただ歩き続けるしかありませんでした。ところが、あくる日朝、私が一人で散歩しているとき、レオ君の家の前に一台の車が止まっていることに気がつきました。早速家内に連絡をし、彼の飼い主であるその家のご主人に会ってみることにしました。話し合いの結果は大いに実りあるものでした。

レオ君のご主人は、「週に2?3度散歩をさせることを基本に、応分の面倒を見させて欲しい」という私たちの提案を快く受け入れてくれたのです。今後は、お互いに連絡を取り合いながら、例の親切なお姉さんと3者で連携して面倒を見ることになりました。お墨付きを得たことで、早速今晩は彼を散歩に連れ出そうと思っています。

2009年10月29日

ムサシも納得してくれました

誰に遠慮をすることもなくなったので、久しぶりにレオ君を連れて少し遠出をしました。といってもムサシといつも歩いた距離ぐらいですが、案の定レオ君は喜び、帰ることを忘れてしまったのではないかと思うくらい動き回りました。ムサシとは違いグイグイ引っ張るので少し疲れましたが、彼の喜ぶ顔とムサシの満足そうな顔に励まされ何とか務めました。

それでも、別れる時は悲しそうで、私の足に必死でしがみつきます。後ろ髪をひかれる思いでしたが、多少の充実感もあり自分たちも心が満たされた感じです。翌々日はちょうど仕事が空いたので、昼休みにレオ君の所に向かいました。大歓迎であったことは言うまでもありませんが、リードを付けるといつもより力強よく歩き出しました。

彼には、行ってみたいところがあったようです。それはムサシが以前よく歩いた公園でした。ムサシも昔とった杵塚とばかりに、案内役をかってでてくれたので、足元があまり良くないにも関わらず、わりとすんなり山越えもできました。やはり、日中の散歩はレオ君にとっても格別のようで大満足のようでしたが、私はさすがに疲れました。

2009年11月 1日

ムサシの小さな旅

ムサシは中型犬にしては体が大きかったので、長時間車に乗せるはなるべく避けるようにしてきました。どうしても遠出するときは、途中でできるだけ散歩をしながら移動するように気を配りました。今回久しぶりに鳴子の紅葉を見に二人で出かけましたが、ここにはムサシと一緒に来て、河原でゆっくり遊んだ思い出があります。

何時のころだったかは定かではありませんが、確か季節は5月のゴールデン・ウイークごろで、ムサシは晩年に近かったような気がします。その時も、ムサシの大好きな栗団子を買い、帰り道に江合川の河川敷で遊んだのでした。その季節は、雪解け水のためか川が増水して、ムサシが吸い込まれるのではないかとハラハラしました。

そのムサシはというと、川辺のコンクリートにじっくりと腰をおろし、じっと川の流れを見つめていました。ちょっとだけの積りで立ち寄ったのでしたが、ムサシが気に入ったようなので、けっこう長時間にわたり河川敷を散策したことを思い出しました。今回は紅葉シーズンなので、水かさはそれほどでもなかったのですが、とても懐かしく感じました。

2009年11月 5日

動物の供養をする僧侶?その1

10月18日(日)の読売新聞にこんなコラムが載っていました。ペットロスの体験から、寺の住職になり、ペットの葬儀を行っているというものでした。住職の名前は横田晴正さんで、東京荻窪の米穀店で育った。子供のころ、店に住み着いた猫に「ミク」と名付けてかわいがっていたが、10歳のとき、そのミクが大けがをして帰ってきた。

心ない誰からか虐待されて両目をつぶされていた。動物病院につけて行くお金もなく、できることは祈ることだけだったが、ミクは横田さんの膝に抱かれたまま息を引き取った。約1年後に、祖母の法事に来た僧侶に、「ミクのためにお経を上げて」と頼んだところ、「動物にはあげるお経がない」と言われてショックを受け、悲しみを深めた。

「自分は、動物のために生きたい」。子供心にそう思うようになった。以来、路上でけがをした犬や猫がいると手当をし、死んだ小鳥を見つけると自宅の庭に埋めてあげた。その後結婚したのが、今住職を務めている長福寺の長女だった絵里さんでした。ホームセンターに就職し、ペット用品の開発を担当したもの現在につながっていたのかも知れない。

2009年11月 8日

動物の供養をする僧侶?その2

転機は1998年に訪れたとのことです。妻の実家に行ったとき、道で車にはねられて死んだタヌキを見つけた。道の脇に移して合唱するうちに、「お寺と縁ができたのに、自分はお経さえ読んであげられない」という思いが込み上げ、突然、ミクのことを思い出した。その日の夜、長福寺住職である絵里さんの父と酒を飲んだ。

義父から「息子たちが寺を継ぎたがらないんだ」と愚痴を聞かされたとき、思わずこう口走っていた。「僕に継がせてください」。新潟市のお寺で修行をしたのち僧侶になった。長福寺の檀家の了解を得て、お寺に小さなペット霊園を開いた。ホームページを開設すると、ペットの供養をして欲しい人たちが全国からやってくるようになった。

長福寺では、ペットの葬儀を行なう時、「遺体」を本尊に最も近い所に安置し、対面するように「遺族」を座らせて、横田さんは一番後ろでお経をあげる。葬儀が済むと、遺族が愛した動物の話に熱心に耳を傾けるという。「僕が動物のため、動物を愛する人のために生きているのは、今でもミクを失ったペットロスが続いているのかも知れない」と話している。

2009年11月12日

ムサシは永遠の存在

人にはそれぞれの考え方があります。わが家のムサシが逝った時は、厳かな雰囲気の葬儀はしてあげられませんでした。しかし、私としては単なる儀式で終わらせたくなかったのです。ムサシと私との間の距離を遠くする儀式を認めてしまえば、ムサシの存在感も薄れていくような気がして、それがたまらなく寂しく感じられました。

といいつつも、世間並の葬儀をしてあげるのも私の役目ではないかという思いもあり、未だに心の整理がついていません。こうした状態を批判する人もいるでしょうが、絆の強さを形式に置き換えることはできないで、自分流を貫くことにしています。もちろん、他の人の考え方や行動を批判するつもりなど毛頭ありません。

私とムサシの場合は、いつでも一緒で常に会話もできるし、こまった時は的を射たアドバイスもしてくれます。こうした思いはたぶんムサシも一緒で、これからも永遠に付き合っていきたいと思っています。レオ君との付き合い方もムサシのアドバスによるもので、重力こそ感じませんが、存在感が薄れることなどあり得ないと思っています。

2009年11月15日

ムサシの自慢

ムサシは散歩の途中で友達の家を次々に訪れるのが習慣になっていました。特別何をするしいうのではなく、ただ挨拶を交わす程度なのですが、相手が気付いてくれるまでその場に留まりエールを贈り続けますが、友達が“もう少しゆっくりして行けよ”と言っているにも関わらず、さっさと引き上げるという態度が少し気になったものです。

しかし、今にして思えば、私への気遣いではなかったかと思われる節があります。それは、友達との会話が弾むとご近所に迷惑だと思って、早々に立ち去るようにしていたのかもしれません。というより、私がそう思っているに違いないという思いから、敢えて挨拶だけにとどめるよう気配りしていたのかもしれません。

始めは、わが家における自分の処遇を自慢するために、わざわざ友達の家を回ってお騒がせをしていたように見えたので、私としてはあまり友達を刺激したくなかったのです。ところがムサシが本当に自慢したかったのは私のことだったのかもしれません。これを友達に伝えることで、相棒との絆の強さをアピールしていたのでは?とも考えてみました。

2009年11月19日

レオ君との散歩は快調に進行中?その1

ムサシのアドバイスと協力を受け、レオ君との散歩もかなりなれてきました。ムサシとは置かれている環境が違うので止むを得ないことなのでしょうが、散歩となると気がふれたのではないかと思うくらい、ドンドン私を引っ張ります。彼は小型犬でしかも細身なので助かるのですが、ムサシがこの勢いで引っ張ったのではとてもたまりません。

レオ君にしてみれば、この短いチャンスに盆と正月を一緒にしてしまおうと思っているような勢いで、あれもこれもとやりたいことに次々に挑戦します。殆どの時間たった一人で寂しく過ごしているのですから無理もありません。それでも、ちょっと注意をしたり「待て」と声をかけると座ってはやる気持ちを抑える従順さがとても可愛らしい。

このところ散歩コースはすっかり定番になり、一通りコースを回ると家の近くに帰ってきます。しかし、それは少し遠慮していたからのようです。いつものようにみなと公園の山越え終えた辺りで雨が降り出したのですが、順調に家の近くまで辿りついたのですが、角をまがればすぐ家というところで、私の足をがっちりと押さえて離しませんでした。

2009年11月22日

レオ君との散歩は快調に進行中?その2

何とか説得して彼と別れたのですが、何時もよりも寂しそうに見えたのが気になりましたが、時間の制約もあり私も自宅に戻りました。ふと気がつくと、足がとても痛かったので見てみると、何か所からか血が滲んでいました。厚めのジャージを着ていたので、大した傷ではありませんが、からまれた時の痛さは飛びあるほどでした。

しかし、その痛さが何とも心地よいのですから仕方がありません。消毒しながら家内はこう言いました。「そんな時はダメとハッキリしからなければダメです」と。ムサシの場合もそうでしたが、少しぐらい痛くても、他の人に迷惑かけるわけではないので、これくらいは「お愛きょう」のうちだと思うのですが、それが甘いといつも叱責されてしまいます。

私としては敢えて弁解はしませんが、生き物を相手にスキンシップを図るということは、大なり小なりそうしたリスクは覚悟の上でなければ、彼らとは仲良しになれないような気がしています。あまり杓子定規にマナーを押し付けるのは人間の身勝手のような気がしてならないからです。今度は痛いと言わないことにしようと思います。

2009年11月26日

ワンちゃん達の心の広さ

「めざましテレビ」という番組の中に、「きょうのワンコ」というコーナーがありますが、わが家もこのコーナーを楽しみにしています。11月19日(木)に登場したゴールデン・レッドリバーはご主人が拾ってきた捨て猫を彼女(ワンちゃん)に預けたところ、自分のオッパイで育て、我が子のように可愛がっている様子でした。

子猫の方は、本当のお母さんと思い込んでいるようで、その光景が何とも微笑ましく、心がじわりと温かくなりました。どういう時に幸せを感じるかは、人も動物もそれぞれでしょうが、こうしたシーンを見せられると大きな勇気が湧いてきて、今日もガンバルゾ!という気になるから不思議ですね。ちょっと単純過ぎると笑われるでしょうか?

わが家のムサシと重ね合わせるには少し無理があるかもしれませんが、少なくとも一緒にいて何の違和感もなかったことは共通しているように思えるのです。ムサシがわが家に来る以前は、殆ど気がつかずに何十年も過してきたことが、今更のように思い出され、ホットな気分とちょっぴりのほろ苦さが入り混じり複雑な気分です。

2009年11月29日

今日もレオ君と散歩ができました

このところ忙しい日が続いたので、先日は夜に少しだけ散歩をさせましたが、それでも彼は大変喜んでくれました。その顔が忘れられず、今日は朝から散歩をする予定を立て、午後には予定通り散歩に連れ出しました。ムサシの場合は、自分の裁量範囲を熟知していたので、安心して行動を見守ることができましたが、レオ君はまだそこまでいきません。

レオ君は、ムサシと比べると少し大胆ですが、反面遠慮がちなところもあり、付き合いの深さの違いが感じられます。そんなことを比べることはあまり意味のないことではありますが、できるだけ伸び伸びとさせてあげたいという思いから、ついムサシだったらと比べてしまいます。そんな二人(レオ君と私)をムサシは優しく見守っていてくれます。

レオ君は定番の散歩コースを回るだけなのですが、今日は少しだけ時間が長かったような気がします。その分疲れたのか、それとも自分の家はここしかないと思っているのか、最後には自分から家に入って行きました。いつもは、まだ帰りたくないというしぐさに切なさを感じるのですが、今日の姿はまたいじらしくて涙が流れました。

2009年12月 3日

ムサシとの意味深な会話

ムサシとの会話は実に楽しい。私の都合に100%合わせてくれるからです。人間同士ならどんなに親しくても、留守のこともあり、話したい時に何時でも話せるというわけではありません。その点、わが家のムサシは、籍は天国にあっても魂は何時も私と一緒にいるので、リアルタイムで何時でも交信でき、どんなことでも話し合うことができます。
 
私たちが彼のこと理解しようと思った以上に、彼は私たちのことを理解し、人間社会に馴染もうと懸命に努力していました。その「苦労人ぶり」が今とても役立にたっています。というのは、どうしても解決できない問題でも、時間的な制約もあり決断しなければないことがいっぱいあります。そうした時、彼のコメントが決め手になります。

もちろん多くは語ってくれませんが、無心になって彼と対峙すると不思議に決断でき、スッキリと割り切ることができます。それは短い期間に人間社会を学習したムサシに対する敬意であるのかも知れません。いずれにしても、私以上に私を理解しているムサシの存在が、全ての決断を後押ししてくれていることは確かです。

2009年12月 6日

ムサシのホームグランド

わが家には、ムサシの指定席が4か所あります。一つは茶の間、私の机の後ろと日のあたる窓際に一つずつ、そして寝室のペットの横です。いずれもちょうどムサシの体にあったサイズの布団にカバーをかけたものです。時々寸借して昼寝をすることもありましたが、彼はそれをとがめることなど一度もありませんでした。

この指定席は今でもそのままで、ふと彼の姿を目で探すことがしばしばありますが、決して存在感が薄れたわけではありません。その雰囲気は仲間のワンちゃんにも伝わるらしく、散歩の帰り立ち寄ったレオ君も、わが家に興味がありそうです。ここがあのムサシの家だと知る由もないのに、何となく懐かしさを感じているのかもしれません。

そんなわけで、レオ君との散歩の終わりにはわが家で休憩をして、一呼吸してから自分のホーム戻ることが習慣になりました。ムサシはあまり使わなかったのですが、庭に少し長めのリードがあり、これに繋ぐと縦横無尽に駆け回り、しばらく楽しそうに過してくれますが、“帰るよ”と声をかけると素直に応じて帰途につきます。

2009年12月10日

ムサシの大好きだったリンゴ

今年も例年のように福島からリンゴが届きました。わが家のムサシはリンゴが大好きで、リンゴであれば少しぐらい酸っぱくても、文句を言わず食べてくれましたが、やはり、この時期届く「ふじ」は格別のようで、何時も3人で食べるのを楽しみにしていました。今年は少し遅めでしたが先日大量に届きとてもリッチな気分なりました。

早速、ざっくり切って豪快にガブリとやりましたが、新鮮なのに渋味もないので朝晩食卓にのっても全くあきが来ません。もちろんムサシにも存分に味わってもらっています。ただ、すごく甘いので食べ過ぎると糖分が多すぎるので、控えめにしなくてはと思っていますが、つい手が出てしまいがちなのが珠に傷というところです。

傷といえば、昨日また大きくて重い木箱が届き、やはり中身はリンゴでした。今度のリンゴはちょっと訳ありということでしたが、種類は同じふじですし、とても大きくて粒ぞろいです。先日の台風でやられたものだそうですが、味はもうしぶんなく、こちらもすぐに子供たちや知り合いの人にお裾分けをしました。

2009年12月13日

学習効果を存分に発揮

わが家のムサシは雪道を歩くのが好きでした。一度ドカ雪が降ると何日も日陰に残り、朝夕の散歩にはとても妨げになりますが、ムサシは好んでそうしたデコボコの道を歩きます。その残雪の上に薄すらと新雪が重なると、何時転んでも不思議ではないほど危険な状態になります。それでもムサシは平気で足を運びます。

といっても、彼も時々コケルぐらいですから、二足の私にとってはとても恐怖でしたが、「ムサシ!ゆっくり」と声をかけると、何時も私を気遣って足を止めてくれました。そのお陰で、これまで2度ぐらいしか転んだことはありませんでした。そのときの歩き方が、「ヘッピリ腰歩行」で、顔が路面につく位の前傾姿勢を保って歩くのです。

昨日、レオ君と散歩したときこの「歩行」が大いに役立ちました。といっても雪が積もっていたわけではないのですが、いつも通る公園の歩道が丸みを帯びていて、雨にぬれるとアイスバーンのようになってしまいます。レオ君も声をかけると待ってはくれるのですが、ムサシとは違いとてもせっかちです。昨日は彼の方が何度か転んでしまいました。

2009年12月17日

寒がりで暑がりだったムサシ

先日、レオ君との散歩で雪道の話をしましたが、今日は全国的に気温が低いということで、夕方外を見ると雪が深々と降っていました。こういう時はムサシの出番ですが、彼はきっと大地主にでもなった気分だったのかもしれません。真新しい雪に顔を突っ込み、得意げだったあの表情は私たちにとっても小さな幸せを感じる一瞬でした。

雨にぬれるのは嫌がるのに、どうして雪が好きなのか少し疑問でしたが、とにかく彼が喜ぶのであれば、特に詮索する必要もないことです。ただ、どちらかというと毛がフサフサしているというタイプではないので、濡れると寒くなるのではないかと心配したものです。それでも好きなものは好きというのは誰にでもあることです。

当然のことながら散歩の後は大変です。お坊ちゃまでお殿様のムサシは、特に何を所望するというわけでもなく、よきにはからえとでもいうように黙って足を洗わせ、濡れた体をタオルで拭いてもらいますが、そのあとは、ストーブの中に顔を突っ込むようにして暖を取ります。その落差が面白いのですが、火傷をしないかとハラハラもしました。

2009年12月20日

未解決なチョコレート事件

以前にも話題にした覚えがありますが、頂き物のチョコレートをほぼ一箱ムサシが食べてしまったのではないか?という疑いがかけられたことがあります。私としては留守中に息子達の誰かが失敬したのではないかと思うのですが、家内に言わせるとそうした気配はないというのです。あまりムサシの弁解をすると、その疑いが私に向けられそうなのです。

今となってはどうでもいいことなのに、ムサシの話になるとどうしても話題がそこに行ってしまいます。私はどちらかというと、チョコレートよりも「羊羹派」なので、チョコレートの値打が解りませんが、何でも、そのチョコレートは親戚から送ってもらった超高級なものだったらしく、まさに「食い物の恨み」は恐ろしいということですね。

私にとっては、チョコレートよりもほろ苦い程度の出来事でしたが、ムサシの名誉のためとなると、つい力が張ってしまいます。いっそのこと私が犯人だったことにすれば、丸く治まるのかもしれませんが、一事が万事ということで、今後わが家で起こりえる「もめ事」にすべて覆いかぶさって来るような気がして踏み切れません。

2009年12月24日

忘れかけたムサシの教訓

実は昨日の散歩をサボってしまいました。日本列島を覆う寒気が雪を降らせたことを理由に、足元が危ないので今日は取りやめにしましょうという甘言につい乗ってしまったのです。今朝、目が覚めていつものようにムサシに声をかけたとき、心なしかムサシの顔が曇っているように感じられました。もちろん彼は何も言いません。

しかし、ムサシとの散歩は過酷な条件がついて回ったので、この程度の雪で散歩を断念するなどということは、到底考えられなかったに違いありません。よく考えてみると、これまで大した怪我もなく無事に過ごせたのは、道路の状態が良かったからではなく、危ないことを十分に認識して、これを回避する手段を講じたからでした。

つまり、危ないのは道路の状態ではなく、「油断」だったというわけです。そのことを忘れかけ、自分の怠け心に都合のよい言い訳を考えていることを、ムサシは嘆いているように見えました。本当は今日もごまかそうという気持ちが強かったのですが、気を取り直して出かけてみました。結果はムサシの明察通りだったことは言うまでもありません。

2009年12月27日

ムサシの足音

わが家では、ムサシが常に行き来できるよう殆どのドアがあけっぱなしにしてあります。特に私の部屋は、少なくともムサシが出入りでき程度の幅は何時でも確保しています。それでも彼が茶の間でぐっすり寝込んでいるので、大丈夫と思って締めたりすることもありましたが、彼はすかさずやってきて扉を開けるよう要請します。

といっても、別に声を出すわけでもなくただ静かに扉に手をかけるだけです。ただ、その前にあのひたひたという足音が聞こえてくるので、その時はこちらも心の準備ができています。扉を開けると真っすぐに自分の指定席に向かい、何事もなかったような顔で横になるのです。彼はイレギュラーなことが嫌いだったのです。

何時もと変わりないことを確認することで、平穏な生活を確かめたかったのかもしれません。今もムサシは私の傍にいて、何時でも会話できますが、あのひたひたという足音だけはもう聞くことはできません。私たちにとっては心臓の鼓動にも似たあの穏やかな響きが、何とも心地よく、精神安定剤の役割をしていたのでした。

2009年12月31日

今年ももう終わりですね

ムサシの話を週2回のペースで続けてきましたが、今日はもう大晦日を迎えました。ムサシとの間では時間など全く気にしていませんが、世の中はもうこんな時期になっているのですね。何でも話せる私たちですが、来年の抱負などといったことを話題にしたことはありませんでした。ムサシも改まった話はあまり好きではないようだったものですから。

今年はちょうど良いタイミングなので、少し来年の展望について話してみたいと思います。まず私の方ですが、昨今の不景気で年明け早々に出動しなければならないのですが、ムサシが一緒なので平常心で臨める見通しです。ムサシに聞いてみると、案の定チェンジは望まないということで、「来年も相変わらず」というのが一番のようです。

欲がないようにも見えますが、ムサシにとっては、「相変わらず」が何より大事で、それを保つために私たちが奔走していることを熟知しているからなのでしょう。泰然自若としたムサシが控えていることはとても心強いし、何よりも彼らしいようにも感じられます。今年もこのパートナーのお陰で何とか乗り越えられました。また来年もよろしく!

2010年1月 3日

ムサシからのメッセージ

2009年は、新年のご挨拶をさせていただき、そして大晦日にはおおとりを務めるという幸運恵まれました。おまけに、レオ君という弟分ができ、少し沈みがちなわが家が明るくなりました。今年は3日からの出動ですが、永久相棒であるオヤジと元気に過ごしています。どんなドラマが待ち受けているのかわくわくしているところです。

オヤジに言わせると、ボクはチェンジを望まないといいますが、本音はそうではありません。変化をあまり好まないのは、むしろオヤジたちの方だと思うのですが、取り立てて議論をするほどのことでもないので、そういうことにしているだけです。世の中が変われば、ボクも変わる覚悟は常に持っているつもりです。

ただし、世の中の変化は良いことばかりとは限りませんので、その点は少し心配しています。例えば、ボク達の仲間が虐待を受けたり、パートナーから見放されたりするのはとても辛すぎます。ボク達は人と共存しお互いに支えあうことができれば十分なのです。世の中が変わってもその気持ちには変わりないことを知っていただきたいのです。

2010年1月 7日

時間の経過の重み

私たちの住んでいる塩釜市には、有名な塩竈神社があります。ムサシが若いころは、週に二度か三度は境内まで出かけたものです。以前にもお話ししましたように、10年前に私が富士登山に挑んだ時には、塩竈神社の表参道の階段でトレーニングをしましたが、その時には、二人で3往復もするくらいの元気がありました。

ところが、ここ1?2年、すっかり遠ざかってしまい、元日になると初詣をしようという話にはなりますが、実現されなくなりました。毎日の散歩の距離からすると、それほど遠いというわけでもないのですが、イメージとしてかなり遠くに出掛けるという意識が強く、つい足がすくんでしまい、今更のようにムサシの存在が思い起こされます。

昨年の春、桜の季節に歩いてみましたが結構遠くて、途中何回も休憩しながら登った思いも手伝って、一層おじけづいているのかもしれません。そういえば、ムサシと歩いていた時、知り合いの人に会うと、“こんなところまで歩いて来るんですか”と驚かれたことが懐かしく思い出されます。当時は余計なお世話だと思っていましたが、今ならその驚く気持がよくわかります。

2010年1月10日

今日はみんなで散歩

今日は珍しく休みが取れたので、2人でレオ君を連れ出すことにしました。ムサシも久しぶりのにぎやかな散歩なので、ことのほかご満悦のようでしたが、何といっても大喜びなのはレオ君です。なにしろ、私たち2人とムサシまでお供に従え、好き勝手に練り歩くという贅沢はめったにないことでしょうから、はしゃぎ回るのも最もなことです。

コースはいつもと同じなのですが、いつもより大幅に寄り道をしたばかりか、まるで塩竈神社のお神輿のように蛇行したり、行きつ戻りつで大変な散歩になりました。私たちは、明日の筋肉痛が心配なので、少しセーブしたかったのですが、ムサシはその後の爽快さをよく知っているため、あまり同情しているようには見えません。

2時間に及ぶ強行軍を無事終え、ようやくわが家に辿りついて時には、当たりはすっかり暗くなっていましたが、ムサシの推察通り、それほど疲れが感じられなかったのには驚きました。レオ君はというと、それでも少し物足りなさそうにしていましたが、さすが疲れたらしく、食事を早めに切り上げホームに向かって歩き出しました。

2010年1月14日

何時もムサシと一緒

今日は風が強く散歩にはあまり適していないようです。それでも、ムサシと一緒だと思うとあまり気にならず、いつものように出かけました。途中まではそれほど気にならなかったのですが、大通りに出るとさすがに厳しく、しかも、上空を覆っている寒波も手伝って滲みるような風が容赦なく襲いかかってきました。

ほかの人が見れば、何もこんな時に散歩などしなくてもと思うかもしれませんが、ムサシは風や寒さは全く気にしませんでしたので、私も今ではムサシが一緒と思うと気にならなくなっています。というより、時々自分に喝を入れているといった方が正しい言い方かもしれません。しかし、怠けているという意識は全くないのですが。

今日は、外で食事をして、帰りにスーパーで買い物をするというのでついていきました。私は別にこれといった買い物もないので、店内をただぶらぶらするだけなのですが、気がつくと、ムサシ用の長座布団を物色している自分に気がつきました。ふわふわしてとても気持ちよさそうな新商品だったので、つい"ムサシにこれを"と思ったのです。いつものことですが、この思いを懐に散歩に出かけたといわけです。

2010年1月17日

それぞれの幸せのかたち

「きょうのわんこ」というあるテレビ番組のコーナーは、欠かさず見るようにしています。「わんこ」としているのが少し気に入れないのですが、ユーモラスなワンちゃん達に免じて許すことにしています。このコーナーに登場するワンちゃんに限ったことではないでしょうが、みんな健気で微笑ましい感じがします。

何よりも、信頼する人との共存を心から願い、決して不平不満など漏らさないところが素晴らしいですね。ムサシを始めレオ君もロンちゃんもみんなそうです。飼い主とのコミュニケーションが取れていると、安心しきっているのかとても幸せそうに見えますが、生い立ちを聞いてみると、とても苦労をしたワンちゃんもいます。

それなのに、いじけた態度をとるわけでもなく、幸せそうにしていられるのは何故なのでしょうか?ムサシに聞いてみると、自分を認めてくれる人がいるだけで幸せなのだそうです。他のワンちゃんを見て羨ましいと思うことはないのか?と重ねて聞いてみると、"幸せの形はみなそれぞれ"という言葉が返ってきました。レオ君も頷いていました。

2010年1月21日

ムサシの意思表示

以前ムサシの散歩の様子を紹介した時に、自分の行きたいところに私を誘導する方法を話した記憶があります。それは、私の行動を受け入れるような行動をとりながら、緩やかに回り込み、最終的には自分の行きたい方向に歩かせるというやり方でしたが、実はもう一つのやり方があったのです。それは強烈なメッセージを私に送るというやり方です。

それはどういうことかというと、どうしてもこちらの方向に行きたいと思う時、勝手に歩き出すというような行動はとりませんが、私の顔を何度も見ながら、「こちらに行きたい」というメッセージ送り続けます。私がそれに気付きそれならば、と思うと安心したように何時もの調子に戻るのです。この方法は仕事上でも大変役に立ちます。

相手と議論をして打ち負かすというのが基本なのかもしれませんが、それではどちらかが傷つくことになるばかりか我を通す形になりますので、結局人間関係がぎくしゃくしてしまい、何のために主張したのか意味がなくなってしまいます。ムサシ流のやり方だと、相手が許すまでメッセージを発し続けるので、相手を傷つけずに済みます。

2010年1月24日

動物たちの闘病生活

先日のテレビで、「はつね君」と名づけられたキツネの話が取り上げられていました。大崎市在住の森京子さんという方が、自宅の裏庭にやってくるキツネを観察しながら、面倒を見ていたという内容ですが、一匹のキツネが疥癬という皮膚病にかかってしまい、体中の毛が抜けてしまったのを見かねて、薬を与えたということでした。

ご本人は、野生の動物に手助けをすることに抵抗を感じたともおっしゃっていましたが、「はつね君」の名づけ親でもある森さんは、ご飯に薬を混ぜて与えた結果、みるみる回復し、後に生まれた弟たちの面倒をよくみるまでになりました。しかし、病気のため成長が遅れてしまった「はつね君」は、弟たちから疎外されるようになってしまいました。

1年半という短い生涯を終えた「はつね君」ですが、自分の境遇を恨むでもなく、一人ひっそりと旅立ったとのことでした。そのことをかたりながら涙ぐむ森さんもまた自然で、とても穏やかな表情だったのが印象的でした。実はわが家のムサシも皮膚病に罹ったことがあったので、その苦しみは良く解るだけに胸が詰まる思いでした。

2010年1月28日

ムサシの温もりが恋しい

ムサシとは毎日会話しているので、存在感が薄れてしまうことなどあり得ないのですが、それでも時には感触が欲しくなることがあります。朝食前に少し仕事をしている時、ムサシは窓のそばの指定席でうとうととまどろんでいることがありました。ムサシご飯を食べようと声をかけると、ゆっくりと起き上がり一緒に食卓に向かったものでした。

こうしたことは滅多になく、いつもは、食事の時間を待ちかねたように早々と自分の席に座って待っています。それでも声を出して催促するようなことはなく、黙って食事の用意をするところを眺めていました。何気ない毎日の風景でしたが、確かに充実していて食事も楽しく、残り物をお裾分けするのも楽しみの一つでした。

やはり、ムサシの感触を地下に感じられないのがストレスになっているのでしょうか?仕事で追い詰められた時などは、却ってムサシの世話をすることで仕事が捗っていたのかもしれません。そこが相棒たる所以なのかもしれませんが、たまには、若い時のようにやんちゃに振舞って、わたしたちを慌てさせてほしいものです。

2010年1月31日

昔話はつらい

家の中でムサシの話をするのは日常茶飯事ですし、当然幼いころの思い出に及ぶのも自然なことなのですが、よその人からムサシのことについて聞かれるのはとても耐えられません。朝に散歩していた時、昔近所に住んでいた人がワンちゃんを連れて散歩をしているのを見かけました。見ると懐かしいワンちゃんだったので思わず声をかけました。

ワンちゃんも私のことをよく覚えていたようで、懐かしそうにこちらを眺めていたのですが、飼い主のお母さんが、ムサシのことをあれこれ聞いてきました。「ムサシは私の心の中で生きています」と答えたいのですが、一般には通用するはずもないので、力なく本当のことを話すしかありませんでした。しかし、これにはまいりました。

ところで、このワンちゃんは確か以前にも登場したと思うのですが、ムサシのことがとてもお気に入りで、散歩の途中で見かけるとかなり遠くからでも寄ってきて、一通りパフォーマンスをするのでした。ムサシはというと、黙って見守っているだけで、かなりしつこくされても怒りだすことなどありませんでした。今日のところはワンちゃんに免じて帳消しにしたいと思った次第です。

2010年2月 4日

うなぎのはなし

先日ある新聞に、うなぎの生態が解ってきたという話が載っていました。生まれたばかりのうなぎが何故習性として何千キロも移動するのか、祖先のDNAが染みついているとは言いながら、全てのうなぎがそうした行動をするにはそれなりの意味があるということです。そういえばサケが産卵のため生まれた川に帰って来るのも不思議と言えば不思議です。

ムサシにもそういうところが確かに感じられました。生まれて間もなくわが家の住人になったわけですから、自分の祖先のルーツなど知る由もないはずなのに、祖先の出身地の様子を全て熟知しているようなところがありました。もしかすると、そのことがムサシ達の誇りなのかもしれませんが、それにして不思議ですね。

人間の場合もそうなのでしょうが、動物の方がルーツをわきまえて、祖先の教えを守り抜く姿勢が強いように思われます。うなぎとムサシは別に関係ないのですが、彼らの純な気持ちがとてもいじらしく感じられます。ムサシにとって、そうした動物達の習性を人間に理解させようとすることが、生きることのテーマだったのかもしれません。

2010年2月 7日

ムサシも思わず苦笑

2月2日(火)の朝のことです。その日は会議で東京に出かける日だったので、朝の散歩ができなかったのですが、タクシーを呼んでいたので門の前に出たとき、散歩でよく会うコロ君(ムサシの友達)に出くわしました。私がいつもと違った服装をしていたので、一瞬戸惑ったようですが、すぐに気づいて何時ものように駆け寄ってきてくれました。

かれ独特のパフォーマンスを一通りおえ、満足したようなので、またねと言って別れました。私が後ろを向いてタクシー代の確認をしていた時、コロ君のお母さんの声がしました。振り向いてみると、コロ君が道路の真ん中に座り込み動かなくなったのだといいます。私は、ご免ごめんと詫びると、彼は再び私のもとへ飛んできてくれました。

かれにしてみれば、何時と少し様子が違っていたので、それを確認しようと思ったのか、それとも、なんとなくよそよそしく感じて、それが許せなかったのかは解りませんが、とにかく2度目には思いっきり体をなでで上げました。彼はそれでよしとでも言わんばかりに笑顔を見せ、満足そうに今度こそ足取りも軽く帰って行きました。これには、わが家のムサシも苦笑していました。

2010年2月11日

ひさし振りの大雪

2月6日(土)は全国的に雪だったようですが、ここ塩釜も久しぶりに雪らしい雪が降り7日の朝にはかなり積もっていました。ムサシはこの雪が大好きで、特に真新しく分厚く積もった所を選んで突進したものです。足がそれほど長くない彼は、深い雪に体が埋まってしまい立ち往生していたのがつい昨日のような気がします。

あの慎重なムサシが、体がすっぽり埋まるほど深みにはまりながらも、決して懲りることなく雪と戯れていたのも、どこか懐かしく感じるものがあったからなのかもしれません。そう感じたことがきっかけで、雪が降った朝は、なるべく足跡のない場所を選んで散歩をしたものです。時にはムサシにお付き合いして私まで深みにはまったことがありました。

最後にそうした体験をしたのは何時のことだったのでしょうか?何年の冬の出来事かは全く思い出せないのですが、今度雪が降ったらムサシを喜ばせようと思っていたはずなのに、現実に寒波が到来すると、目の前の雪かきに追われてしまうのが情けない気がします。やはり、ムサシに背中を押してもらわなければ駄目なのかもしれません。

2010年2月14日

ムサシの寝息は子守歌

幸せの形は人それぞれで、どんな形が理想的かなどと考えるのは全く無意味ですね。そうはいっても、私たち庶民にとってどんな時が幸せかというと、やはり布団に入ってぐっすり眠る時ではないでしょうか。私の場合も基本的にはそうなのですが、少し変わっているのではないか思っていることがあります。それはムサシの子守唄です。

子守唄といってもムサシが歌を歌うわけではなく、実は彼のイビキのような寝息がわが家の子守歌なのです。特に、仕事で遅く帰宅した時などは、待ちくたびれたとばかり、布団にもぐり込んだかと思うとすぐに始まりました。大きなため息と安心しきった寝息が何とも心地よく、ムサシにとっても幸せを感じる一時だった様な気がします。

私たちもまた、その寝息を聞くのが子守唄のようで、とても疲れが取れるような思いがしていました。柔らかいムサシの感触とこの寝息がセットで独占できることが、わが家の幸せだったに違いありません。誰に気兼ねをするわけでもなく、自然に身を任せてみんなで眠りにつくことの値打は、何ものにも代えがたいものでした。

2010年2月18日

辛抱強いレオ君

1月の半ば以来レオ君とあっていません。こんなに長く会いに行かなかったことはなかったのですが、悪天候や仕事の都合が重なりどうしても散歩に連れ出すことができなかったのです。冬は足場が悪いので夜は自粛することにしていたこともあるのでしょうが、それにしてもご無沙汰なのでとても気がかりですが、元気で待っていてくれるでしょうか。

今週末もなんやかや行事があり、会いに行くことが出来そうもないのですが、彼はきっと待っていてくれると信じています。私が入院していた時などには、ムサシにもしばらく会えない時がありましたが、恨みごとなど一切言いませんでした。レオ君も同じで、長い間放っておいたことなど全く問題にしないのが嬉しい。

あの笑顔を見ると、多少疲れていても会いに来てよかったと思うのですが、現実には中々実現しないのがもどかしく感じられます。辛抱強く自分のことには寛大なムサシもどうやらしびれを切らしているようなので、何とか時間をつくらなければと焦っています。だいぶ日も長くなってきたことでもあるし、この寒波が去れば存分に楽しめることでしょう。

2010年2月21日

その後のコロ君

先日は、私のことを確かめるようにしてから、立ち去ったコロ君でしたが、今日はまた先日とはちょっと違った出会いがありました。というのは、散歩の途中であったことには変わりないのですが、かなり距離があったため、手を上げて合図をしたのですが、よく見えなかったのかどうか解りませんが、よその道に入り込み私の視野から消えてしまいました。

しかし、しばらく歩いていると、見えなくなった場所からひょっこり顔を出し、今度は一目散に駆けてきました。そしていつもよりもじっくりと愛嬌をふりまき、それでこそムサシのオヤジだとでも言っているようなそぶりで、ゆっくりと自分の散歩に戻りました。どうしてもこの間の服装に馴染めなかったのかもしれません。

私としても、ようやく信頼関係を取り戻せた思いでほっとしました。この光景を私に寄り添って見ていたムサシにとっては、驚くことほどではないということでした。ワンちゃん達にとっては、人間の服装などには全く興味がなく、何時も変わらない雰囲気が最高なのだということです。言われてみれば人間の付き合いだって結局おなじことですよね。

2010年2月25日

ムサシの顔写真を見つめていると

私の机の上には、ムサシの顔写真が置かれています。撮影したのは平成20年の4月上旬だったと記憶しています。晩年の顔だけに眉も顎も真っ白ですが目には力が感じられます。散歩で裏の公園を訪れると、芝生に座り込み遠くをじっと見つめながらしばらく物思いにふけるようなことがよくありました。この写真もそんな時のワンカットだったのでしょう。

振り返ってみると、幼い時からこうしたポーズを見る機会が多かったのですが、年輪を重ねるごとにその意味が少しずつ変わってきたような気がします。晩年の表情は、明らかに自分が長年暮らした町の景色を脳裏に焼き付けておこうという意図があったように思われます。そう感じたときは、私もじっくり付き合うことにしたものです。

それでも、時間がもったいないなどとは決して感じなかったのは、不思議と言えば不思議なのですが、敢えてその理由を探す必要もないので余裕があったのだと思うことにしていますが、そうすると今の自分が情けなく感じてしまいます。一貫した生き方を貫くことの難しさを改めて教えられたような気がしています。

2010年2月28日

明日こそはレオ君と!

ちょっとややこしい仕事が一段落したので、明日こそはレオ君に会いにゆき散歩を楽しみたいと思っています。ムサシの顔写真を見るまでもなく、自分の中のムサシに問いかければすぐに何をしなければならないのか解る筈なのに、自分を欺き通して大義名分を探している自分に愛想が尽ました。"明日は何が何でもレオ君と"と心に決めています。

レオ君の喜ぶ顔を見れば疲れなど吹っ飛ぶことを知っているはずなのに、何故か消極的になってしまっている自分がどうしても許せなくなっています。近くを通っただけで、私の足音を聞きわけ、"もしかしたら"と期待しているのではないかと思うと、ムサシにも顔向けができない思いがして苦しくなってしまいます。

ほんの1時間ほど時間を割くことで、あんなに喜ぶのにそれができないわけがない。そう自分言い聞かせながら、明日に備えることにしました。天気予報では、明日も比較的暖かく晴れるということなので、じっくりと付き合うつもりなので、ムサシにそのことを報告すると、明日の散歩は少しきつくなるかもしれないので、早めに寝るよう勧められました。

2010年3月 4日

またしてもハプニング

今日こそはと思い早起きをしました。するとどうでしょう。テレビではチリ地震による津波の虞があるので海岸には近づかないようにというメッセージ流れていました。朝のうちならまだ大丈夫とも思ったのですが、消防署のパトロールカーが引っ切り無しに通るので、断念せざるを得ない状態でした。ところがその時、玄関の扉をたたく音がしました。

開けてみると、何時もレオ君の面倒をいみいるお姉さんが立っていました。その時ピンときました。そうなのです。お姉さんはレオ君を避難させようとして、わが家に協力を求めに来たのでした。私のところは比較的安全なので、大津波警報が解除されるまで預かることにして、リードや食べ物を用意してレオ君を迎えました。

ところが、最初は物珍しそうにはしゃいでいたので、家に入りテレビの津波情報を見ている間に、リードをくいちぎり脱走してしまったのです。交通事故にでもあったら大変なので、慌てて探しに出ました。ちょうどその時家内も帰ってきたので、まず、レオ君の家をのぞいてみました。すると彼はそこに帰ってきていました。やっぱり自分の家が一番なのでしょうね。

2010年3月 7日

津波騒ぎの後日談

先日の津波騒ぎのさなか、近所に住むレオ君がわが家に緊急避難したことはお話ししましたが、どのようにして自分の家に帰ったのか解りませんでした。最終的にはだれかがチェーンで繋いでくれたわけですが、私が知りたいのは、わが家の拘束をふりほどいたのち、直接自分の家に向かったのか、それとも、彷徨しているところを保護されたのかということです。

その辺の事情がやっと昨晩解りました。やはり、ロン君のお父さんが彷徨しているレオ君を見つけ、ハウスに収めてくれたということでした。昨晩私たちが散歩をしている時、久しぶりでロン君に会いました。ロン君!と遠くから声をかけると、まっしぐらに飛んできてくれました。彼もとっても優しくて可愛いワンちゃんです。

その時、津波の時のレオ君のことを聞いてみて解ったというわけです。人っ子一人いなくなった道路に飛び出したわけですから、とても心配で交通事故にでもあったら大変と慌てふためいて外に飛び出した私ですが、地域の皆さんのセーフティネットに救われた形で、レオ君の無事を確認した時は本当にホットしました。

2010年3月11日

まだまだ修行が足りない私

ムサシからあれほど手ほどきを受け、動物の心を理解していた積りでしたが、今回の津波騒ぎでの自分の対応の悪さを考えると、まだまだ修行が足りないと実感しました。津波の到達時間を知らせる市役所の放送、ひっ切なしに鳴り響くサイレン、巡回する消防車の鐘の音など、レオ君やロン君達にとっても不安がいっぱいだった筈です。

そのことに逸早く気づいてあげられなかっただけでも情けないのに、例え数分といえどもレオ君を一人にしてしまったことは不覚でした。どんなに不安だったのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。心のどこかで散歩をしてやっているという驕りがあったのかもしれませんが、それだけではなさそうです。

しかし、ご近所の皆さんが避難所に向かっているのを見ても動揺することはありませんでした。レオ君を預かった時から、彼とともに行動しようと思っていたので、レオ君を受け入れてくれるはずがない避難所へは向かわないと心に決めていました。ムサシもこのことに関しては評価してくれたようなので、何とか面目が保てたという次第です。