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ちょっと一言 の記事

2007年9月21日

食習慣は時代を映す鏡ですね

家族が食卓を囲んで食事をしていても、子供はインスタントラーメンやスナック菓子を食べているなど、家族がバラバラな食事をしていることを「個食」というのだそうですね。近年は、朝食をとらないで学校に行く子供が増えていることと関係があるのでしょうか。

家庭外で調理されて家庭の外で食べるのが外食で、家庭内で調理され家庭内で食べるのが「内食」というのは常識的に理解できますが、家庭外で調理され家庭内で食べることを「中食」というのだそうですが、こんな言葉が昔からあったんでしょうか。

この代表格が弁当類や惣菜類などであると聞けば、多少納得するような気もしますが、同時に少し寂しい気もしないではありません。といっても、中食産業を批判する積もりはありません。なにしろ結構お世話になっている一人でもあるわけですから。

2007年9月20日

どこかおかしくありませんか、日本人の食生活

相変わらず健康食ブーム続いていますね。新聞によるとトクホ(特定保健用食品)の市場規模が5000億円を超えたとか。その割にはメタボリック症候群と思われる若い人をよく見かけるようになりました。予備軍も含めると2000万人に上ると言われています。

こうした現状を反映してのことでしょうか、健康食品とは別にサプリメントも大流行です。特にビタミンB1の摂取量は食事からとる量の67%を占めているというから驚きですね。寒天、酢、サプリメントとブームは次々押し寄せてきますが終わりはあるのでしょうか。

不思議なことに有機栽培や自然食に拘っている人ほどサプリメントに熱心だとも言われていますが、いったいどうなっているのでしょうか。自然のものを美味しくだべる、適度の運動をする、ストレスをためない、これが健康の秘訣だと信じてきたのですが。

2007年9月30日

ようやく涼しくなりましたね

今年の酷暑にはまいりましたね。ラニーニャ現象のせいだと言われていますが、これは南米ペルー沖で太平洋赤道付近の海面水温が下がる現象だそうですね。水温の平均が半年以上にわたり基準値より0.5度以上下がった場合を指すのだそうです。

これが原因で暖かいペルー沖の海水が流れ込み、8月に入り対流活動が活発化し、フィリピン付近の対流活動の影響で高気圧が発達。偏西風が蛇行して南から暖かい空気が流れ込み、日本列島の気温が上昇するというメカニズムのようです。

このように説明されても暑さが和らぐわけではなく、むしろ難しい分だけ汗がどっと噴出した感じです。40.7度に地球が温められるということは、ひょっとすると来年あたり、鶏がゆで卵を産むのではないかと心配です。私の頭の方が先にゆだったようですね。

2007年9月29日

マニュアル化された親切

駅などでエスカレーターに乗るとき、「ベルトにおつかまりになり黄色い線の内側にお乗りください」などというアナウスが流れているのを耳にする。ベルトはともかく、黄色い線はステップの端ギリギリに引いてあるので、その外側はどこを探しても見当たらない。

それでもご親切に、疲れを知らない声でいつも注意を促している。うがった見方をすればこれは親切ではなく、単に「注意をしましたよ」という責任回避の手段ではないかと思われてなりません。そうでなければ、破損して穴のあいたステップの説明はつきませんよね。

窓口のサービスもそうです。行き先や時間などを指定してからキップが交付されるまでの間が長いのはまだ許せるとして、最後にキップを手渡すとき、「これが行きのキップで、こちらが特急券」などとクドクドいう。これも決して親切心からの行動とは思えません。

2007年9月27日

身勝手な自分に気がついて

電車の時間に間に合うようにと急いでいるときは、電車が発車しませんようにと心で念じているのに、幸いにして間に合うと、今度は早く発車しないかなあ?などと思ってしまう。何て身勝手なやつだと思ったことはありませんか。私の場合はしょっちゅうです。

火事があったと聞けば、自分の家でないことがわかると思わずホットするし、車に乗っているときは歩行者が邪魔だと思うのに、自分が歩いているときは車が凶器のように感じられる。いい加減に学習効果が発揮されてもいい年のように思えるのですが。

そんな矛盾に満ちた自分でも、結構いとおしいと思えるからまた不思議ですよね。考えてみればこの世の中、矛盾の塊でできていることを丸呑みできる人ほど尊敬されていることを思えば、まだ精進が足りない自分に気づくべきなのでしょうか。

2007年9月26日

どんなに急いでもゆとりは生まれません

新幹線は一昔前の列車に比べ数倍も早くなっているのに、乗客は目的地に到着するだいぶ前に身支度を整え始めます。急ぎの人もあるので一概には言えませんが、全ての人が急いでいるとしか思えないのです。そこで自分もつい急いでいる振りをしてしまう。

エレベーターなどもそうですね。行く先の階数をボタンで指定するのは当然としても、閉めるボタンまで押す必要はない。一呼吸するうちに自動で扉が閉まることを知っているからです。でも、そうしないと同乗者の目線がきつく突き刺さるからなのでしょうか。

そうかと思うと、1階と地下を行き来するだけのエレベーターに乗ったとき、ドアがタイミングよく閉まったので、階数ボタンを押さないでいたら、エレベーターはとまったままになっていた。すごく回り道をしたような気がして悔しかった。

2007年9月25日

何ともわかりにくい法律用語ですね

特定保健用食品とは、健康増進法という法律に定められた特別用途食品の一種であるという。その特別用途食品とは、病人や妊産婦、高齢者など特定の人に対して処方される食品であるが、一般人の保健用途に適するものとして規定されているのがこれである。

トクホと呼ばれるこの食品は、栄養機能食品と併せて健康機能食品と称している。栄養機能食品は食品衛生法により定められている食品で、ミネラル5種、ビタミン12種が栄養素として指定され、添加する下限と上限量が定められている。

その量が合致していれば、個別に厚生労働大臣の承認は不要ということである。そのため、規格基準型の保健機能食品と呼ばれるがマークはないという。いやはや、ややこしいですね。いったい誰の何を守ろうとして定めた法律なのでしょうか。

2007年10月 6日

いよいよスタートする裁判員制度

テレビ桟敷の評論家としては一流を自認しているのに、いざ裁判員に当選したらどうしようと心配している人は結構多いのではないでしょうか。万馬券やジャンボ宝くじではかすりもしなしのに、こういうことはよく当ってしまう人はいますからね。

ところで、最近のマスコミ報道によりますと、弁護士や裁判所事務職員など法曹界で仕事をしている人は裁判員として選任されないということですが、その一方で裁判員のミスジャッジを防止するためか過去の判例を参考できるように整備しているようです。

もともと、この制度の導入が叫ばれるようになった背景には、裁判官の常識と一般市民との常識のズレを是正することにあったのではないでしょうか。そのために法曹関係者を排除したのであれば、過去の判例に拘らないことを原則とすべきではないでしょうか。

2007年10月 5日

年をとると童心に帰るって本当でしょうか?

先日ちょっとしたけがで病院に行ったときのことです、診察の順番を待っていると一人の老人(それほど年ではない)が、自分に順番が回ってこないことに苛立ち、看護士の姿を見るたびにまだですか?さっきからずっと待っているんですけどとくいさがる。

奥さんと思われる女性は、お父さん、他の人も大勢待っているので順番を待ちましょうとたしなめるのですが、ものの3分ともたずまたぞろ診察を要求する。奥さんと思われる女性もさほど恥ずかしいと思っている様子に見えないのも少し異常に感じました。

ただ、当のお父さんの振る舞いを見ていると、年をとって童心に帰ったのか、それとも症状が悪化しているための行動なのかは定かでありませんが、こういうスタイルは圧倒的に男性が多いような気がします。もしかすると女性は要領がいいだけなのでしょうか。

2007年10月 4日

フードマイレージを縮小させるには?その2

なにしろ、地産・地消に拘りすぎると、都会の一等地に田んぼや畑を作らなければなりませんから、輸送エネルギーを上回るコストが発生することになるでしょうし、第一それでは都会としての魅力がなくなってしまい、あまりにも夢がなくなってしまいます。

“銀座でベコ飼う”このような話は現実みがありません。ナショナルブランドと地域ブランドをクロスさせた品揃えを享受できるのが都会の魅力ではないでしょうか。旬の食材は産地にお任せいただければ、フードマイレージの縮小にも貢献できます。

環境の保全に配慮することは大切なことなので、エネルギーの無駄遣いは避けなければなりませんが、私たち人間は、無駄をなくすために生きているのではなく、生きるために無駄をなくすのだということを熟慮する必要があるのではないでしょうか。

2007年10月 3日

フードマイレージを縮小させるには?その1

近年フードマイレージなる概念が注目を集めています。これは「輸入相手国別食料輸入量×輸出国からの輸入国までの輸送距離」のことで、t・kmで表す。食料自給率の低い日本は当然高く、2001年では9000億t・kmでアメリカ・韓国の3倍だという。

この数値が高いということは、輸送エネルギーを多く消費するということを意味するから、環境に対する負荷も高くなるので、これを縮小させることは環境問題にも寄与するというわけで、地産・地消の考え方にも通じるものといえましょう。

しかし、ある程度の努力目標として意識することは意義があるでしょうが、産地と消費地、収穫時期と消費時期、集荷量と消費量が一致するわけではない以上、限界があるように思われます。自給自足を奨励しているわけではないことを見極めなければなりません。

2007年10月 2日

食べ物の大切さ子供たちに教えたいですね

古代エジプトの言葉に、「あなたが今、食べている三分の一の量であなた自身を養い、残りの三分の二で医者たちを養っている」というのがあるそうですが、現代の日本にも当てはまりそうですね。というより、現代人に向けたメッセージと言った方がよさそうです。

一方、農林水産省「食料需給表」「海外統計情報」などにより、2002年度における日本の食糧自給率をみると、40%で先進国では最低の水準に甘んじています。特に穀物の自給率は28%で世界ランキング124位、OECD加盟国30カ国の中で27位です。

幸いにして米だけは食料に限れば100%ですが、小麦は14%、大豆に至っては5%です。豚肉や魚介類はかろうじて50%の水準ですが、いずれにしてもお寒い状況には変わりありません。自給率を高め医療費を抑制するためにも子供達に正しい食事を教えましょう。

2007年10月12日

大丈夫でしょうか日本の食卓

先日、日本の食料自給率は40%であると書きましたが、06年度は更に下がりついに39%にまで落ち込んだということです。農水省によりますと、国内生産だけで食事を賄うとしたら、毎日食べられるのはご飯とサツマイモ、ジャガイモ、ぬか漬け、りんごだけ。

うどんや味噌汁も2日に1杯、納豆3日に2パック、牛乳6日にコップ1杯、たまご7日に1個、食肉は9日に1食ということです。こうなった原因は食生活が洋風化したからだと分析していますが、最初から洋風化している諸外国はどうなのでしょうか。

洋風の元祖であるフランス、アメリカなどは120%であるし、かなり低いイギリス、イタリアでさえ60%以上です。一方で水田の3分の1が転作や耕作放棄で有効に利用されていないというから驚きですね。しかし、魚と米だけは何とかなりそうです。

2007年10月11日

あまりにも遅いペット救護対策

地元新聞に「災害時のペット救援指針策定」という記事が掲載されていました。読んでみると、地震などの災害時にペットをどう救護する体制が整っていない自治体が多いため、日本獣医師会が今後の体制づくりに参考となる指針を策定したとありました。

その内容は、「事前に地域の獣医師会と行政が協定を締結する」「救護の飼育に必要な施設の設置場所を想定する」です。05年の改正動物愛護管理法では、災害時の動物対策に取り組むことを義務づけているのに、多くの都道府県が未整備であることに対するものです。

04年の新潟県中越地震の際、飼い犬と車中で生活を続けた女性がエコノミークラス症候群で亡くなったことを思い出します。わが家にも犬(黒のラブラドール・レッドリバー:名前はムサシ)がいますが、このような状況におかれれば迷わず同じ行動をとると思います。

2007年10月17日

孫との付き合い方、苦労していませんか?

一昔前というより大昔といった方がよいのかもしれませんが、孫の担当はお祖父さんお祖母さんというのが相場でしたよね。孫をかわいいと思う心には全く変わりがないのですが、最近の孫との関わり方を見ていると、何とも奇妙な風景にお目にかかります。

孫が訪問するのをあれほど楽しみにしていたのに、いざ孫がくると、イメージどおりにかわいがることができなくなっているようです。その理由は、孫が家に入るや否やゲームにとりかかり、お祖父さんお祖母さんは、取り付く暇もないというのです。

たまに振り向いたかと思うと、傍若無人の振る舞いできちんと片付いていた部屋があっという間に…次は、高額なゲーム機のおねだり。老婆心ながら一言アドバイスさせてください。“孫は束縛せず、孫に迎合せず、自然体で臨む”というのはいかがでしょうか?

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2007年10月16日

中性脂肪が気になる方、青魚を食べましょう

中性脂肪は体内に蓄えられエネルギーとして重要な役割を担っている。しかし、その量が一定の限度を超えると、一転して今度は健康を脅かす存在になるという厄介なシロモノです。この過剰な中性脂肪を低下させるのがEPA(エイコサペンタエン酸)です。

この大切なEPAは体の中では殆どつくることができないため、食品から摂取するしかないわけですが、これが必須脂肪酸と呼ばれる所以だそうです。しかも、このEPAは、食材として動物性の肉や野菜には含まれておらず、魚類にしか含まれておりません。

でも、ご安心ください。このEPAは白身の魚より青魚に多く含まれています。かつて、日本人はアジやイワシ、サンマ、サバなどを毎日食卓にのせていましたね。そうです。今でもこれらの青魚は健在で、皆様からお呼びがかかるまで宮城の海で待機しています。

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2007年10月15日

頼りになる金華山沖漁場

先日フードマイレージの話をしましたが、私くしたちが暮らしている日本には世界に名だたる三陸漁場が控えております。宮城県には主な漁港だけでも、気仙沼港、女川港、石巻港、塩釜港などがあり、四季を通じて旬の魚が毎日水揚げされております。

漁業の形態も時代と共に変化し、沿岸から沖合漁業、近海、遠洋へと発展してまいりましたが、気がついてみると200海里規制などの影響で、一網打尽型の漁業はことごとく衰退し、変わって沿岸漁業の可能性が見直されるようになってきています。

育てる漁業、つくる漁業などの動きも活発になってきました。現在では冷凍技術も格段に進歩したため、一昔前によく言われた豊漁貧乏などという言葉が死後になりつつありますが、それでもサンマのシーズンには時々使われることがあり残念ですね。

2007年10月24日

変人ぶりに共感

わたくしごとで恐縮ですが、あの人気刑事ドラマ「相棒」(テレビ朝日系)が今日から茶の間に帰ってくるという記事が新聞に載っていました。水谷豊演じる「杉本右京」は名うての変人で、飽きないキャラが魅力だとありましたが、“わが意を得たり”という感じです。

あの変人ぶりについて、水谷さんは「家で台本を読んでいるとき、声のトーンやしゃべり方は『こういう感じがいいんじゃないですか』と誰かが言ったような気がしたんですよ」と説明したという。私に言わせれば彼のキャラクターそのもののような気がしますが。

現に私は、普段から彼の大フアンで、私生活もかなりの変人ではないかとさえ思っているくらいですから(正直すぎてごめんなさい)。それにしても、視聴率が年々伸びているというところをみると、視聴者の中にもかなり変人がいるということなのでしょうか。

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2007年10月23日

考え方をちょっと変えてみませんか

プロ野球楽天の4番打者山崎武司選手は今季セ・パ両リーグで本塁打王という快挙成し遂げた。復活のきっかけは野村監督の一言だった。ある試合で山崎選手は、変化球を凡打した際、監督から「4番にストレートが来るわけないだろう。うぬぼれろ」と激励された。

この一言で自信を回復するとともに配球を読む面白さを知ったという。39歳を目の前にした本塁打王はタイトル奪取まで実に11年の歳月要した。いったいどんな心境の変化があったのだろうか。「こんな年になって毎日が発見」とは、何とすがすがしい言葉でしょう。

「うぬぼれろ」といわれて素直にうぬぼれた山崎選手は、やはりただ者ではないのでしょうが、凡人の私も少しうぬぼれてみたい気になってきました。いや、これは「うぬぼれ」の話ではなく、意識の持ち方で自信を回復することもあるという哲学の話でした。

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2007年11月 6日

静かな家電が静かなブームとか

掃除や洗濯が夜でも自在にできるということで、静かな家電製品が受けているそうですが、これは見事に働く女性のライフスタイルを捉えているといえるでしょう。運転時間も短く省エネタイプと来れば若い女性ならずとも、買い替えのときは是非という気になりますよね。

ただ気になるのは、潜在ニーズに着目したメーカーが応えて開発したのか、それとも技術革新に消費者が誘導されたのかが見えにくいことです。働く女性が近所に迷惑をかけたくないというのが本音ならば、大変結構なことだと思うのですが果してそうなのでしょうか。

人ごみで携帯電話の画面に眼を落とし、臆面もなく周りの人に次々と道を譲らせるあの光景からは、迷惑をかけたくないという気質がイメージできないのです。もしかすると、「静かなること家電の如し」、「動かざること山の如し」とでもいう自己主張なのでしょうか?

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2007年11月 5日

身につまされる「つもり違い十か条」

夜景で有名な東京郊外の高尾山の山頂近くに、真言宗智山派の大本山薬王院があります。千二百年前に行基が開いた信仰の山だそうですが、そこには「つもり違い十か条」という看板があり、読んでみると戒めの言葉がこの身にぐさり突き刺さる思いがいたします。

高いつもりで低いのは教養、低いつもりで高いのは気位、深いつもりで浅いのは知識、浅いつもりで深いのは欲、厚いつもりで薄いのは人情、薄いつもりで厚いのは面の皮、強いつもりで弱いのは根性、弱いつもりで強いのは我、多いつもりで少ないのは分別、少ないつもりで多いのは無駄、といった具合です。

皆様は如何ですか。開き直って私も一つ二つ作ってみました。あるつもりでないのが年金記録、ないつもりであるのが政治家の伝票書き換え、やっているつもりでやっているのが接待ゴルフ、これは失礼しました!思わず本音が出てしまったようですね。

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2007年11月 4日

かしこい主婦の買い物行動

日経産業地域研究所が実施した「食の安全・安心に関する調査」によりますと、2?3割ぐらい高くても安全・安心なものを買うという人が増えているとのことでした。その一方で、折込みチラシに毎日目を通し、数箇所も車を飛ばして買い回り、1円でも安いものを買うという賢い主婦のことも別の調査で紹介されていました。

私どものように商品を販売する立場のものにとっては、確かに主婦の眼力には敬服することが多いのですが、その賢さが最後まで生かしきれていないのでは、と感じることもしばしばあります。実を言うとわが家でも時々(いや年中かも知れません)やってしまいます。

つい先日も、例によって特売品を買いあさり、通常○○円のものをこんなに安く買えたとたいそう自慢げでしたが、その浮いた予算でケーキを買い、食べ過ぎてしまったというのでは様になりませんね。おまけに、値上げされたガソリン代のツケも回ってきますしね。

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2007年11月 8日

様変わりした七五三

かつての日本は栄養不足や貧困などで乳幼児の死亡率が高かったため、乳幼児の生存を祝う節目として七五三が定着したといわれている。男児を早く祝うのは後継者としての意味もあるが、統計的に見ると昔は女児よりも男児の生存率が低かったためともいわれている。

旧暦の15日はかつて鬼が出歩かない日を意味する二十八宿の鬼宿日に当り、何をするにも吉であるということに由来している。また、旧暦の11月は収穫を感謝する月であることから、その月の満月の日である15日に氏神さまに感謝を兼ねて子供の成長を祈願したのが始まりのようです。

元来は関東圏の地方風俗であったが、現在では全国に普及している年中行事である。最近では少子化の影響もあるためか、千葉県や茨城県では結婚披露宴並の豪華な披露宴が催されることもあるといいますから、エンゼル係数がうなぎ登りなのもうなずけますね。

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2007年11月11日

ジェネリック医薬品いよいよ解禁

厚生労働省は新薬と有効成分が同じ後発医薬品の普及を促すため、新たな対策を中医協に提示したとい記事が日経新聞に載っていました。これまでは、「後発医薬品への変更可」の署名欄に医師が署名しなければ、特に患者が申し出なければ原則新薬が調剤されていた。

命にかかわることなので、医師が積極的に進めなければ患者としては言い出しにくいことぐらいはわかっていたはずであるのに、慣れ親しんだ先発薬を処方する傾向が強かったというから驚きですね。あまりにも親切心が足りないと思いませんか。

今回の改正は、「後発医薬品への変更不可」にサインしなければ、原則として後発薬を調剤するよう促す内容だということです。この制度を導入することで年間1兆円程度の薬剤費が削減できるということです。このような垂れ流しを容認していた責任はだれがとるのでしょうか。

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2007年11月16日

任せるという言葉の曖昧さ

しばらく前の話ですが、ラジオである著名なインテリア・デザイナーが嘆いていたのを思い出しました。その人曰く、「お任せします」と言われるぐらい困ることはないというのです。もちろん、本気でそういうのであれば、プロとしての本領が発揮できるのですが、実はそうではないということのようです。

その証拠に、具体的なプランが出来上がると、この色のコーディネートはどうとか、結構注文が多くてやり直しの連続になってしまい、結局は二重手間、三重手間になるので、「お任せします」といわれるのはとっても怖いという趣旨のお話だったと記憶しています。

みんなで食事をしようということになった場合もこのようなことを経験しますよね。何でもいいといった人ほどブツブツ文句を言うというあれですよ。そういえば、政治の世界でも、「任せた」、「そこまで任はせていない」などといった似たような話が最近あったような気がしますが、私の勘違いでしょうか?

2007年11月15日

気がつけばもう師走

光陰矢の如しとはよく言ったもので、気がつくともう12月が目の前に迫っています。子供の頃、“自分だけにお正月が早く来ないかな”などと取り留めのない願望を抱いたものですが、最近はその希望が叶い過ぎて、いささかウンザリした気分になっています。

こんなにお正月が早く来るようになってしまっては、折角寿命が伸びても帳消しになってしまいますから。もしかすると、お迎えの予行演習のつもりではないかと勘ぐってしまったりしますが、こちらがあまりにも嫌な顔をするものだから、“お迎えにきました”と言い出しかねて、またすぐ来るのかもしれません。

ところで、「師走」の師とはお坊さんのことを言うのだそうですが、私はまた、12月になると冬休みになり、学校の先生が暇になりジョギングでもするようになる季節なので、12月のことを師走というのかと思っていました。まさかそんなことではないでしょうが、それにつけても難解な言葉ですね。

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2007年11月14日

いよいよ解禁、ボージョレ・ヌーボー

フランスのボージョレ地区で収穫された葡萄で作ったワイン、ボージョレ・ヌーボーがいよいよ解禁とか。根っからのワインフアンならずとも心が躍る季節ですが、アルコールの楽しみ方も多様化している現在、どんな拘りでこのワインを選んでいるのでしょう。

ところで、相変わらず高い人気に支えられているボージョレ・ヌーボーですが、ここ3年ほど、販売実績が下降気味だそうですね。専門家の分析によると、酒気帯び運転に対するチェックが厳しくなったため、お店で試飲する機会が減ったことも原因の一つだそうです。

それはそれでよしとするゆとりが、ワイングラスを傾ける雰囲気にも合うような気がしますし、それが原料や製法に拘りを持つファンの誇りでなければ、おしゃれではありません。工夫次第では試飲のチャンスは幾らでもつくれるのに、ほろ酔い機嫌で車を運転するのでは昔ながらのただのノンベイでしかありません。

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2007年11月18日

人生最大の幸せ

人間何がうれしいかといえば、ひいきのお相撲さんが勝ったときと、人にお金をあげたときぐらいうれしいことはないと言いますが、それを地で行っているような人が現れましたね。町に10億円をポンと寄付した神奈川県大磯の横溝千鶴さん(88歳)のことです。

しかも、「四十数年前から、米寿のこの日に10億円を贈ろうと目標を立て節約してきた。ふるさとに恩返しできたのは人生最大の幸せ。子供たちの教育のため、命ある限り努力を続けたい」というからにくいですね。うれしくなるほど人にお金をあげたことの無い身にはことのほかこたえます。

ましてや節約するお金自体ないと感じているのは、懐の貧しさの問題ではなく、そのもっと奥の心の貧しさがそう感じさせるのかも知れません。いっそのこと中途半端な貯金など止めてしまい、横溝さんの爪の垢でも買いに行った方がよいのかも知れませんね。

2007年11月19日

恩着せがましいのはいただけません

鬼平犯科帳で有名な池波正太郎さんの口癖は、「恩は着せるものではなく着るものだ」そうですが、全く同感ですね。最近は少なくなったような気もしますが、政治家の先生はこの橋は私がつくったのだなどと、聞かれもしないのに恩着せがましく言っていたのを思い出します。

今話題の年金問題もネッコは同じところにあるような気がします。役所のツッケンドンな対応スタイルは、誰のおかげで年金をもらえると思っているのかと言わんばかりに聞こえます。庶民感覚としては、「長い間お預け頂いて有難うございました。お申し付けいただければ、こちらからお届けにあがります」ぐらいなことを言ってもらっても罰は当たらないと思うのですが。

偉い先生方は油を売ったり、恩を売ったりして儲けているのに、額に汗して働いている庶民は、相変わらず恩を着せられ放しなのは少しおかしくありませんか。ここらで一つ恩に着る姿を見せてもらいたいものですね。これが一番の教育改革になるに違いありません。

2007年11月22日

複雑きわまる米事情

11月19日の河北新報の一面に「田んぼはお荷物コメ撤退」という記事が載っていました。読んでみると、半世紀続いたコメ作りを今年で終わるという内容でした。その理由は農業に携わっていない私でも容易に察しがつくものであるだけに、何ともやりきれない思いがします。

コメの消費に限らず、需要と供給のバランスが崩れれば、価格も上下するのは経済の原則ではありますが、政府の誘導の仕方によってはもっとソフトランディングな選択肢もあったのではないでしょうか。「めざましご飯キャンペーン」も当事者にはうつろに響くに違いありません。

もちろん政府だけの責任ではないと思います。消費者は経済の成長とともに傲慢になり、お金があればどんな贅沢でも手に入ると勘違いしていることも原因の一つだと思います。例えば、自分は利用しないのに、いざ廃止となると反対を唱える鉄道フアンなどもこの類ですね。

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2007年11月27日

気になる混合診療解禁の行方

最近よく話題になっている混合診療問題に関して、日経新聞「経済教室」3回シリーズ(11月21?23日)で取り上げていましたね。それぞれの執筆者の主張はともかく、 11月7日の東京地裁が出した、混合診療を禁止するとの厚労省の解釈・運用には法的根拠はないとした判決は明快でわかりやすいものでした。

しかし、厚労省はこれを不服として控訴したといいますから驚きです。現在の制度の下では、保険診療と保険外診療を併用した場合、本来保険の対象である治療も含め全額自己負担となってしまうため、患者はやむを得ず希望する保険外診療を諦めなければならないわけです。

今回の訴えは、こうした矛盾を正すために起こしたものと思われますが、差額ベツト代など特定療養費制度あるいは保険外併用療養費制度があるので、その例外は認められないとする厚労省の主張は退けられたわけです。無制限な解禁は赤字病院の濫用を誘発するなどの弊害があるとの指摘もあるようですが、だからといって、患者がベストと思う治療を選択する自由は誰も奪うことはできないように思うのですが。

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2007年11月26日

知ったかぶりは迷惑

落語の怪談話で落ちのセリフは最高の聞かせどころですよね。ひとくさり喋った後で「さて恐ろしきは執念なり」と落とすところ、前の席に陣取っていた子供に先取りして「さて恐ろしきは執念なり」と言われてしまって面目丸つぶれという話がありましたが、この話には続きがあります。

次の機会にも同じ子供が出張っていたので、先取りの落ちを予測した噺家は、クライマックスでさて恐ろしきはとそこまでいうと、子供は案の定「執念なり」とやった。そこで噺家はおもむろに「妄念なりと」と切り替えして技ありとなり噺家に軍配が上がった。

ところがその次の機会もまた例の子供が待ち構えており、今度は「執念か妄念か」といった。さすがに困り果てた噺家は「う?ん残念だ」といったとか。確かに、知ったかぶりや博学は時に暴力となることもありますが、だからといって、自分の行動を他人に確認するのはまたオトボケが過ぎると思うのですが?ほら額に汗しているあの人の話ですよ。

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2007年12月 7日

色々なコンサルタント業があるものですね

最近特に増えたというわけでもないのでしょうが、テレビで謝罪会見を見ない日が殆どないように思うのですが、気のせいなのでしょうかね。それはともかく、この謝罪の仕方を指南する職業があるというのを知ってびっくりしています。こういう方々は先見の明があるのか、それとも社会的ニーズに応えるため自然発生的に出現したのでしょうか?

それにしても、謝罪のときの目線はどうだとか、頭を下げる時のタイミングまで指導すると聞くと、心のこもった反省の弁などありえないのかと疑いたくなりませんか。ことこういうことに関しては、あまりプロなどに頼らずに、自分なりのやり方で誠心誠意謝罪するのが、本当のやり方のような気がするのですが、皆様はどう思われますか。

謝り方の形を指導することを業としているというのでは、見方によれば、うまい嘘のつき方を指導しているともとれるわけですから、本来は公序良俗にもとる反社会的な職業と非難されて然るべきなのに、堂々と全国の茶の間に向かって、謝罪者の態度についてコメントする専門家は、決して自ら謝罪会見をすることなどないのでしょうね。

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2007年12月14日

世の中ちょっと変でないですか

テレビで報じられるところによれば、遺失物法が改正されたということでしたが、改正の理由は何とあまりにも忘れ物が多くて、保管場所がパンク寸前であるということでした。そこで今回の改正の目玉は、これまでの保管期間6カ月を大幅に短縮し3カ月にするというものですが、スピード時代の今日納得せざるを得ないのでしょうか。

そのほかにも、「本人に返還するもの」、「売却するもの」、「廃棄するもの」などに分別されるなど、かなり工夫のあとが見られますし、何よりも落とし主がネットで検索できるという機能が付加されたことは大きな進歩といえそうで、概ね好感がもてる改正だと評価する人も多いのではないでしょうか。

しかし、ペットの取扱いについてだけは納得が行きません。拾い主が遺失物として交番などに届けるか、それとも動物保護法に基づいて保護センターに持ち込むかを裁量により決めるというのですが、ここまでは許せるとしてもその後が問題です。保護責任者としての飼い主の責任には全く触れていないからです。

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2007年12月16日

師走の風物詩

だいぶ押し迫って参りましね、と挨拶を交わすには少し早過ぎるような気もしますが、町を歩くとなんとなくあわただしい雰囲気は感じられます。この季節の風物詩と言えば、何と言っても年末商戦が一番先に思い浮かびますが、その他にはSENDI・光のページェントぐらいで、意外と催しが少ないことに気がつきました。

そんななか、すっかり定着したのが第九(ベートーヴェン交響曲)演奏会ではないでしょうか。どうして年末になると第九なのかはわかりませんが、元気よく吐き出す声はストレス解消にはもってこいのようですし、カラオケでは味わえないど迫力が魅力の秘密かも知れませんね。

年末は第九、お正月は春の海(筝曲)という取り合わせは、いかにも日本人らしい和洋折衷で、ちょうどクリスマスはケーキ、お正月にはお餅というのと似ていますね。本来は和服を着てスニーカーをはいているようなものなのに、全く違和感がないのは何でも取り込む文化が昔からあったからなのでしょうか。

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2007年12月18日

「偽」が今年を象徴する漢字だなんて?

毎年この時期になると発表される、その年を表す漢字1文字に今年は「偽」という字が選ばれましたね。当たっているだけに悔しい気もしますが、今年だけだと思えば、残り少しなので忘れることにすればよいのかも知れませんが、どうやら来年の方が本格化しそうで心配なのですが?

例えば、年金問題一つとっても、「偽」の塊で、年明け早々にも粉砕できるような代物ではなさそうですし、下手をするとこれが将棋のと金のように「誠」という漢字に摺りかえられる危険性もあるようです。つまり、「偽」が特定できませんでした。「誠」に申し訳ありませんという例の決まり文句で終わるような気がするからです。

この問題が落着する頃には、「年金制度やめますか」それとも「消費税率改定やめますか」と来るに違いありません。そうきたら、ここは一つ「偽」をいわず、「霞ヶ関の埋蔵金を確認してから決めます」と本音できっぱり答えてみようではありませんか。少しぐらい鬼に笑われてもかまわない覚悟で来年の話をしてみた次第です。

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2007年12月20日

問われる生活の工夫力?その2

ドイツでは、自宅で使う電気の発電エネルギー源を個人が選べるという。例えば、9割を水力発電、残りを風力とバイオマス、太陽発電からといった具合である。ここでは団地単位で発電設備を見直す動きがある。ドイツ北部の都市、ミュンスターの中心部にある通称エコロジー団地というところでは、コージェネレーション設備が整っている。

そこでは石油よりもCO2排出量の少ない天然ガスでモーターを回して発電し、各家庭へ電力を供給する。さらに発電の過程で生じる熱で雨水を熱し、その温水を建物内に循環させて団地の暖房を賄う。この仕組みで天然ガスの九割を効率よく使い切ることができるという。

また、この国ではそれぞれの家庭のエネルギー効率を測定し、証明書を発行する「エネルギーパス」という事業を来年度から始める。その仕組みは、行政の任命したエネルギー関連の専門家がそれぞれの建物を診断し、断熱材や窓の大きさなどの構造までチェックし、エネルギー利用量や効率性を計測して、その結果をまとめて証明書を発行する。住民の意識を高め、住まいのエネルギー効率を高めることが目的だという。

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2007年12月19日

問われる生活の工夫力?その1

日経新聞の生活欄(平成19年12月18日)に、「減らせるCO2欧州の暮らし変革」という記事がありました。読んでみると、温暖化ガスの削減は住宅にあり、住まいのエネルギー効率を良くすれば使用燃料が減らせ、温暖化ガスの排出量も自然に削減できというものでした。

私たち日本人は、この冬の灯油やガソリンの値上がりを嘆いてはいるが、これらの化石燃料に依存することにより、環境をどんなに破壊しているかをあまり考えてこなかったことに気づかされました。デンマークの中央に位置するサムスー島では、約四千人が暮らしているが、地域住民が資金を出し合い、バイオマス技術を活用して地域暖房施設をつくり、タンクにためた水をボイラーで温めパイプを通じて各家庭に運ぶという仕組みである。

燃料は周辺農家から買った藁である。燃やせば二酸化炭素が出るが、植物は生育中にCO2を吸収するので環境への負荷は低いというわけである。暖房費として負担するのは何と月々百クローネ(二千百円)だというから驚きである。同様の施設が島内に4カ所あるほか、21台の発電用風車、各家庭には太陽光発電装置が備えてあり、車やフェリー以外のエネルギーは全て賄っているという。しかも、余った電力は他の島に販売しているので、CO2排出量で見ると島全体ではマイナス1,500トンになるといううらやましい話である。

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2007年12月24日

相変わらず逆風が吹き荒れている捕鯨

日本が現在行っている調査捕鯨は、調査ではなく殺戮であると断じ、即刻中止するように日本政府に要請するという。確かに反捕鯨国の論理からするとそうした理屈になることも理解できますが、これは正義の問題ではなく、文化の違いであるようにも思われます。牛や豚は良くて鯨だけが何故いけないのかという議論をよく耳にします。

また、漁業関係者の中には、鯨が増え過ぎるとマグロなどの他の魚が減少してしまうのではないかという見解もあります。民主主義の原則からすると数の論理にはかないませんが、もう一歩高い見地に立った議論がなければ、単に意見を集約したからといって国際的に採択されるというのでは、エゴのぶつかり合いに過ぎなのではないでしょうか。

宮城県の牡鹿町という町はかつて捕鯨の町として栄えました。しかし、住民の方々はこれを既得権として主張しているわけでもなければ、国際的なルールづくりに背を向けているわけでもありません。もちろん私たちには、捕鯨、反捕鯨に対して正当性を判断する材料が与えられておりませんが、それだけに、現在の対立関係はことさら心が痛みます。

2007年12月27日

泣くになけない霊感商法被害

摘発される霊感商法は氷山の一角なのでしょうか。それにしてもひどい話ですよね。人の弱みにつけ込む卑劣なやり方で、高額の金品を売りつけること自体許しがたいのに、剥いても、剥いても辿り着けない中身の正体が、「力」と書かれた紙切れ一枚では、泣くになけない思いだったのではないでしょうか。

どうしてそんな術中にはまってしまったのかと、第三者はいうかも知れないが、人はそれぞれ他人には言えない悩み事の一つや二つ抱えているものです。そんな心の隙間に入り込み、しまいには抜き差しならないような状況に追い込んでしまう。“人をみたら泥棒と思え”という教育でも受けない限り、こうした巧妙な手口を防ぐことは困難です。

「幽霊の正体みたり枯れ尾花」という言葉がありますが、これではまるで「神様の正体みたり紙一枚」ですね。この紙切れを見た被害者の方々は、さぞがっかりして紙切れを手から落としてしまったことでしょう。まさか「力」を落とさないようにとの謎かけでもないでしょうに!こうした詐欺師のターゲットにはなりにくい私(財力がないため)にも、何故か許せない思いがこみ上げてきます。

2007年12月28日

進めたいですね、フードバンク活動の輪

これまで、こんなものがあったらいいなと思っていましたが、ついに今日、日経新聞(平成19年12月24日)春秋欄にその記事を見つけました。家庭や企業の余った食品を期限切れ前に集め、恵まれない人々の食事に生かす活動のことです。「フードバンク」と呼ぶのだそうですが、東京や兵庫県に誕生したそうですね。

食料自給率が40%を割っているのに、食べ過ぎによるメタボが急増していること、それでも7%も食品を無駄にしていること、おまけに、ネギの長さが2cm長過ぎるからといって、出荷できないので廃棄してしまう。その一方では毎日の食事にもこと欠く人々がいるという事実は、今日のような情報化社会では信じがたいことでした。

とにかく、こうした風が吹き始めたことは私ならずともみな大歓迎ではないでしょうか。米国では以前からこの仕組みが普及していて、5万以上の施設などに食品を提供しているという。こうした活動を風化させないためにも、ここは一つ、官民あげてムリ、ムラ、ムダを再点検してみるべきではないでしょうか。

2008年1月 2日

コミュニケーションの足りなさを感じたことありませんか?

先日ある新聞にこんなことが載っていました。「蓼(たで)食う虫も好きずき」という言葉を英語では“There is no accounting for tastes”というのだそうですが、これを日本語に訳すと、「好みは説明できない」という身も蓋もないものになると嘆いていました。そういえばそんな言葉は他にもたくさんあるような気がします。

例えば、「勿体ない」などもぴったりする訳語がないようで、こういう言葉が使われる場面で何度も説明を繰り返すしかないように思われます。何事も畳の上での剣法では通用しないということでしょうか。不便なようでこの方がコミュニケーションをより深められて、相手を尊重するようになれるのかもしれません。

ところで、わが宮城県(といっても全域ではありません)にも、とっても便利で奥深い言葉があるんですよ。それは「いずい」という言い方です。あえて標準語に直すとすれば、「やりにくい」とか「しっくりこない」という意味になるのでしょうが、これでは半分も説明し切れておりません。なにしろ便利な言葉なんですよ。

2008年1月 5日

大晦日の紅白歌合戦見ましたか?

今年は珍しく仕事の段取りがよかったせいか、NHKの紅白下手合戦いやこれは失礼、歌合戦を見ることができました。しかし、次から次へと繰り広げられる歌は、単なる音の塊が画面から飛び出してくる感じで、かなり違和感がありました。ひと頃は、演歌はどうもなどと気取っていましたが、気がつけば演歌しか残っていないようにさえ思えます。

考えてみると不思議な感じですよね。ビートルズは世代を超えて愛されているのに、何故か今風の音楽には馴染めません。若い方がカラオケで歌っているときも、どこで拍手すればよいのかタイミングが掴めません。仕方がないので、声がとまったときを見計らって手を叩くようにしています。いや?知ったかぶりをするのも大変ですね。

それでも昔は、自分の意見を支持する仲間が大勢いましたが、取り巻きが少なくなってきた昨今、居場所が狭められてきた感じです。一つ目小僧を見かけ、捕まえて見世物にしようと思い後をつけていったら、一つ目小僧の集団につかまり、逆に自分が見世物にされたという小噺とどこか似ているような気がします。

2008年1月 7日

ワンちゃんたちとの心のふれあい

昨年が特にひどいというわけでもないのでしょうが、テレビから流れる話題はいつも重苦しく、世の中がだんだん悪くなっているのではと悲観的になりがちです。しかし、年末にテレビで放映されたワンちゃんたちとの心温まるふれあいを見て、まだまだ捨てたものではないと感じました。特に飛行機に乗って得意げな表情を見せるワンちゃんには心が熱くなりました。

また、人の呼ぶ声を聞き分け山から下りてくるワンちゃんもいましたね。心をかけてやると、それに対して十分応えてくれることは承知しているはずなのに、改めて人との絆の強さを見せ付けられると、本当に心が洗われる思いがしてとってもハッピーな気分になり、我が家のご同輩を思わず抱きしめてしまいました。

番組に見入っているうちに、ワンちゃんのかわいさもさることながら、登場した人物の爽やかなことも胸に滲みるものがありました。お金の勘定に血眼になっている下世話な人間と同じ人種には見えないからです。人間ができているというのは、あのような状態にある人のことを言うのであれば、世の中もそう捨てたものではないようですね。

2008年1月 9日

気をつけましょう、自転車の酔払い運転

自転車の酔払い運転で検挙されたというニュースがテレビで報じられました。そういわれてみればありそうでなかったのが不思議なくらいで、自動車に限ったことでないことをあらためて考えさせられました。何でも、今回つかまった男性は再三にわたる警察官の注意を無視つづけたためだということですが、当然の措置ではないでしょうか。

自転車で走行することがどんなに危険であるかは、車を運転している人にとっても十分認識できます。酔っ払いは論外としても、無灯火や信号無視、歩道の走行など危険がいっぱいですからね。さすがに自転車は免許停止にはならないわけですが、下手をするとそれよりはるかに重い人間の資格を停止してしまう虞があります。

とにかく酒を飲んで運転するという行為は、場合によっては未必の故意に近い場合もあるはずで、立証が難しいという点も合わせて考えると、少なくとも、認識ある過失以下ではないという世論をもっと盛り上げるべきではないでしょうか。車を運転することを知りながら、アルコールを提供した人にも責任が及ぶといことは、そういう意味なのではないでしょうか? 

2008年1月 8日

あっという間に過ぎた三が日

もう何回お正月がめぐっ来たことでしょう。子供の頃はあんなに楽しみだったお正月もこんなに早く通り過ぎていったのでしょうか。三日坊主にならないために結構踏ん張った思いが強かったせいか、もう少し長く居座っていたような気もするのですが、最近はわが家を通らずバイパスでも通りぬけていったのではないかと思うほど短い正月です。

ふと気がつくと、三日坊主の団体がこちらを睨みつけているようで、怖くてたまらないのですが、私が悪いわけではありません。みんな短気なお正月様のせいなのです。せっかく一年もかけてわざわざ来てくれたのですから、もう少しのんびりされたらいいのにと思うのですがそうもいかないのでしょうか。

そうかと思うと、休み明けの仕事の辛さだけは今も昔も変わりないのに、それを承知で故郷に帰ったり、海外旅行に出かけたりする懲り性のなさは益々エスカレートしています。駅や空港の混雑ぶりを見ただけで疲れてしまう無精者には、お正月様も見切りをつけたのかもしれませんね。それなればいっそのこと三年に一度ぐらいにして頂けませんか?

2008年1月14日

泣く子と地蔵には勝てないのでしょう?

昨年の秋口から年金の記載漏れ問題が取りざたされていますが、その影に隠れているのが給付の財源と抜本的な制度改革の問題です。現行の制度では、年金を滞納している人は原則として年金給付が受けられないのは当然というべきでしょうが、こうした人たちも憲法の下で厚く保護されているので安心を構えているとすれば納得できません。

年金がもらえず生活ができないという事態になれば、税金を投入して生活保護というセーフティネットで救うのは当然だというのは納得できますが、納められる所得があるのに、故意に滞納している人まで保護せざるを得ないというのは、どう考えても不合理だと思うのですが、人道上やむを得ない措置なのでしょうか?泣く子と地蔵には勝てないとはこのことですね。

酔っ払い運転で事故を起こした場合でもそうです。「あなたは酒酔い運転だから怪我をしても自業自得です。だから救急車は利用できません」などというわけにも行きません。しかし、限りある救急車をその人に占有されてしまうことにより、善良な市民が手遅れになってしまう事だってあるのではないでしょうか。やはりどこか矛盾しているような気がします。

2008年1月15日

勝ち組、負け組とはちょっと嫌な言葉ですね

最近新聞紙上やテレビなどで目にしたり耳にしたりする言葉で、「勝ち組、負け組」というのがありますが、わかりやすい反面、あまりにもドライ過ぎた表現で、その渦中にあり悩んでいる人にはあまり心地よく響かないのではないでしょうか。もちろん、優勝劣敗は世の常なので、あまり気を使い過ぎるのも問題かもしれませんが。

ただ、現在のような使われ方は、あまりにも殺伐としていて味も素っ気もない感じがしてなりません。世の中には、そうした勝ち負けだけで人を評価することが馴染まない、ひそかな誇りというものもあるのではないでしょうか。むしろ、そうした多様な価値観に鈍感な人こそ、何時しか負け組みの範疇に迷い込んでいるのでないか?と疑って見ることも意義のあることではないかと思います。

お茶漬けの美味しさをあれこれ科学的に説明されても、決して美味しさが倍増するわけではありません。心の乾きを癒す手段を身につけている人こそ、信の勝者ではないかと思うのですが、そういう人は決して他人の心を逆なでしたりする軽率な行動はとらないものです。思いやり、気遣い、いたわり、ねぎらい、日本の心を取り戻しましょう!

2008年1月17日

トレーサビリティの行き着くところ

インターネットの普及により、トレーサビリティ(生産履歴の追跡)が確立され、消費者が食材を選ぶ時のツールとして活用されているようですね。最近はどこのスーパーでもQRコードを印刷した商品をよく見かけるようになりましたが、実際に携帯電話などでチェックしている姿はそれほど多くはないようも思われますが。

当然その分高くつくことは承知していても、あえて家族のために安全・安心を手に入れたいと願うのは当然のことですが、如何に自己責任の時代とはいえ、お店を信用しているという至極当たり前のことが当たり前でなくなってきたのかと思うと、何を拠り所にして生きてゆけばよいのか返って心配になることもあります。

何もかも役人のせいにするのも気が引けますが、やはりここのところが肝心のところではないでしょうか?確かに昨今の社会現象を見ると、公に全ての責任を押し付けるのは酷な話でしょうが、こうした不安が蔓延している根源は、公の頼りなさにあるような気がしてなりません。その気になればまだまだ対策は考えられると思うのですが?

2008年1月23日

フードバンクへの取り組みに感謝

昨年の暮れにフードバンクについて書かせて頂きましたが、多くの方々からアクセスいただきましたことを改めて感謝申し上げます。当店でも何かお手伝いができればという極めて軽い動機で書いたものですが、全国の自治体はじめ多くのボランティア団体の方々が既に取り組んでおられることを知り、認識を新たに致しました。

私たちが子供の頃に母から教わった言葉に、「自分のモノを食べても人に気兼ね」というのがあったことを思い出しました。例え自分のモノを食べていても人に見せびらかしてはいけないというような意味だと思いますが、今にして思えば全くその通りだと感じます。ムダを垂れ流しながら節税にいそしむ。その一方で湯水のごとく血税をムダ使いする。

多少のムダはゆとりでもありますから、あまり窮屈に考えるのもどうかとは思いますが、最近の世相は極端に過ぎるような気がします。回収や調理、配送コストなど、フードバンクが定着するまでには解決しなければならない問題も多いようにと思いますが、こうした費用を社会的コストと位置づける思想こそが日本人の誇りではないでしょうか。

2008年1月31日

頼もしいですねドクターヘリ

先日の地元新聞に、東北で始めて福島県がドクターヘリを導入するという記事が載っていました。先日東海地方でドクターヘリが大活躍したというニュースが報道されましたが、本当に頼もしい限りです。機内には人工呼吸器、超音波診断装置などの最新医療機器とベッドが装備されるというから、正に動く病院そのもののような感じです。

6人乗りで最大2人の患者を同時に搬送できるというこの優れものは、専門医が現場で初期治療に当り、一秒でも早く救命措置ができるように設計されているそうですが、脳卒中など一刻を争う患者を一人でも救いたい医師の思いが伝わってくるようです。急患の受入拒否などの現状を考えると、こうした動く病院はありがたい限りです。

しかし、医療の現場は複雑怪奇で、このような救急医療施設などのハード面だけが整っても、これをスムースに稼動させるスタッフがいなければ、絵に描いた餅と一緒ですよね。抜本的な解決にはかなりの時間が必要とは思いますが、取り敢えずは、県単位でなくエリアを拡大してカバー率を上げるなどの取り組みはできないものでしょうか。地球が日増しに狭くなっている割には県境が相変わらず遠いのは時代遅れではないでしょうか?

2008年2月 3日

格安ランチが受けているそうですね

ガソリンや灯油などの生活必需品が値上がりしている中、250円の弁当や500円定食がサラリーマンやOLなどに人気だとか。また家庭で余った食材を有効活用するため、弁当を持参する人も増えているそうですね。そうした影響で弁当箱類の売上が前年比15%も伸びているということですが、多分湯たんぽなどの売上も増えているのではないでしょうか。

日本経済新聞社の消費者調査によりますと、平日の昼食代にかける金額を2?3年前に比べ「減らした」と応えた人が22%で、変わらないと答えた人は67%だそうですが、「減らした」人は「増やした」人を10ポイントも上回ったということですし、弁当を持参する人が全体で33%、女性だけでは42%だといいます。

このように消費者はなるべく買わないように努力し、企業は売れるように努力しているという取り合わせは、一見すると奇妙に見えますが、どちらも目指しているところは生活の防衛ではないでしょうか。節約と贅沢の間で揺れ動く消費者の心理を無視しては、最早経営は成り立たないということなのでしょう。

2008年2月 4日

間もなく聖バレンタインデーですね

昨日は格安ランチが受けているという話をしましたが、巷ではもっぱらバレンタインデーのチョコレートの話題でもちきりですね。ここ数年は数量的には横ばいだそうですが、高級感のあるものが売れ筋だということでうらやましい限りです。もしかすると、昼食を格安ランチで済ませて捻出した予算がチョコレートに回っているのでは?

そもそもどうして、この日のプレゼントがチョコレートなのか解かりません。もらうほうの立場としては、後でお返しする都合を考えると、笹かまぼこでも差し支えないような気がするのですが、これもまた手前味噌な考えでしょうか。いずれにしても、あまり肩身の狭い思いだけはしたくないので、そこんところよろしくお願いします。

ところで、所得が減少しても、生活レベルを落としたくないという意識が働き、消費行動は変わらないという現象をラチェット効果というのだそうですが、ここに来てそうした見栄張り行動も限界に近づいているような気がします。この辺であのがばい婆さんに習い、ケチと節約家の違いを子供たちに教えるいいチャンスにしては如何でしょうか。

2008年2月 8日

いよいよ追い詰められた喫煙族

喫煙者が家族から締め出され、ベランダで一人寂しくタバコを吸っている姿を、蛍族と呼ぶようになったのは何時のことだったでしょうか。でもその頃はなんとなくユーモアとペーソスが感じられ、微笑ましい一面もあったような気がします。しかし、最近はかなり事情が違ってきましたね。

JRが全車両禁煙を打ち出してから、喫煙者の居場所は急激に狭められ、今ではホームに小さい部屋(喫煙ルーム)がたった一つ与えられるという状況です。新幹線のホームなどで見かけるその姿は、痛々しくさえ感じられます。外から眺めるとまるで金魚が餌をついばんでいるように、スパスパとあわただしく煙を吐き出しています。

外で順番を待っている人への気遣いなのでしょうか、それとも電車の時間にせかされているのでしょうか?いずれにしてもその姿は、水槽の中で金魚が小刻みに動き回っている姿そっくりです。これからは愛煙家のことを蛍族とは呼ばずに、金魚族と呼びあの小さなガラス張りの部屋は、金魚鉢と呼ぶことにしては如何でしょう。

2008年2月 9日

ペットの高齢化問題

飼い主亡き後のペットの余生を危惧する記事が新聞に出ていましたね。内容を要約すると以下のようなものでした。栄養価の高い餌や病気予防ワクチンの普及で、犬の寿命は15年前のほぼ2倍になり、15?20年生きることも珍しくないという。それはそれで嬉しいことなのですが、飼い主の方が先きに亡くなってしまうケースもあるということです。

そういえば、身の回りでもそうした例が出始めていることに気がつき、身につまされる思いで憂鬱になりました。こうした場合、老犬ほど引き取り手がないという現実も理解できるだけに、ペットを飼うことの責任の重さをあらためて認識しているところです。しかし、だからといってペットを飼うことをはやめようというのでは何の解決にもなりません。

もしもの場合を想定して、一生涯預かりサービスを始めたところもあるようですが、人間の社会と全く一緒ですよね。ただ、ペットは飼い主と運命を共にする覚悟が人間よりできているような気がします。私たち飼い主は、ただ一生懸命かわいがることしかできませんが、命がけで護りぬく覚悟があれば必ず通じる。そう信じるだけで元気になれます。

2008年2月15日

他人任せでよいのでしょうか?日本の食文化

2月8日の読売新聞にフィンランドの種子備蓄の記事が載っていました。同国の国土の大半は亜寒帯で、農業に適した日数は中央部で年間わずか150日に過ぎないということです。それでも、南西部の地方都市ワンマラでは大麦やエンバクの種約1200?が備蓄されており、これを栽培すれば約1.5万?の穀物となり、年間20万人分を賄えるそうです。

また、社会主義国キューバの首都ハバナでは、ビルに挟まれた70?の角地でサトウ大根やレタスが栽培されているという。都市農業は90年代の食糧危機から生まれたそうですが、それにしても取り組み姿勢は見習うべきものがあるような気がします。フィンランドの場合は、穀物の自給率が114%に回復した現在でも、備蓄は国家安全保障そのものだと位置づけている姿勢は高く評価すべきではないでしょうか。

もちろん、日本にもそうした取り組みをしている地方自治体もあるようです。北海道の沼田町の場合は、町全体がすっぽりと雪に覆われるという地域特性を活かして、「スノークールライスファトリー」と名づけられた町立コメ倉庫がある。これは、道内の産学官で作る大規模長期食料備蓄基地構想推進協のモデル倉庫だということです。食の安全を確保するためには、まず自給率を高めることが基本ではないでしょうか。

2008年2月16日

期待される認知症サポーター

高齢化の進展に伴い認知症の患者も一定の速度で増加しているという。厚生労働省の推計によると、2020年には300万人に上ると見られているが、症状が軽い場合は、外見や話し振りでは判別がつかないこともあるという。適切な対応をとることで治療できたり、進行を遅らせることができる病気であるのに、気づかないために症状が悪化する場合があるとのことです。

厚生労働省は2005年から呼びかけている「認知症サポーター百万人キャラバン」キャンペーンは、自治体や市民、企業などにも拡大しつつあるようです。認知症サポーターに期待される役割は、まず、発症者の異常な行動をじっくりと時間をかけて見極め、本人の尊厳を傷つけないように接して焦りや嫌悪感を和らげることにあるようです。

「痴呆」という呼称が「認知症」に変わっても、家族などに負担がかかるためか、迷惑な存在であると考えている高齢者が多く、それだけに、周りの人の気づきも遅くなるという悪循環が生まれることになる。これは医学的には病気であることは確かですが、社会的には加齢による現象と捉えるゆとりがないことに起因するのではないでしょうか。サポーターの真の役割は、対処する業もさることながら、受け止める心をより広くもつことが重要ではないでしょう。

2008年2月22日

驚きましたね、油が上がると小豆が下がるなんて!

風が吹けば桶屋が儲かるというのは、昔からある言葉でこじつけなのかもしれませんが、結構便利な言葉として使っています。ただ、ありえないことを強調する場合に、なかば冗談で使うだけなのですが、油と小豆の関係は因果関係がはっきりしているようで、どうやら冗談ではなそうなのです。その連鎖反応のプロセスは以下のようなものだそうです。

まず、原油価格が高騰したので、その防衛策としてバイオエタノールの需要が高まりました。そのため、この原料となるサトウキビの需要が高まったため価格が上昇しました。ここまでは極めて論理的で解かりやすいですよね。また、その結果、砂糖も値上がりするというのも当然と受け取れます。さて、ここからが解かりにくいところです。

小豆は関税割り当て制度で年間2万5千?3万?の輸入枠が設けられ、これを超えて輸入する場合は、400%の関税がかけられることになっています。これは国内農家を保護するためです。しかし、安価な加糖あんには輸入制限がないので、勢い増加することになりました。これに和菓子の需要低迷、国産小豆の豊作が災いし、小豆が値下がりしたというメカニズムです。これのどこが国内農家の保護なのでしょうか?

2008年2月26日

はびこり過ぎていませんか、キャリーバッグ

近頃はキャリーバッグを引いている人を見かけるのは珍しくはありません。確かに無駄なエネルギーを使う必要はないので合理的かもしれませんが、少し傍若無人に振舞い過ぎているように感じるのは私だけでしょうか。特に若い女性がひどいというわけではないのですが、駅などの人ごみの中で他人と交差する場合、自分の体だけ先に出ようとして譲る姿勢を示さないのは許せません。

というのは、自分の体だけならまだしも、キャリーバックが後からついてくることを計算づくで先に通り抜けようとしているからです。あまりの振る舞いにこちらも思わず、人には譲ってもキャリーバックにまでには譲りたくないという気になってしまいます。最近はこういう場合、少し小走りで先に前へ出るようにしています。ちょっと意地悪でしょうか。

私としては、地に落ちたモラールを取り戻すための教育的配慮のつもりなのですが。流行というものは恐ろしいもので、何でも引きずるのが今風のやり方なのでしょうか。なかには、昔のドカベンよりやや大きいぐらいのバッグでも引きずっている若い人がいます。いい若い者がそれぐらい自分で持ちなさいと言ってやりたくなることもあります。

2008年2月29日

食の安全に本気で取り組む姿勢

先日ある筋から、「健康・食育マスター講座」が仙台で開催されること聞かされました。この講座は、「文部科学省許可(財)日本余暇文化振興会」の監修・認定を受けているとのことですが、内容は実にシンプルで私たち誰もが最も関心をもつべきものなのですが、ユニークなのは、主催者の食に対する熱い思いがひしひしと伝わってくることです。

その主催者の言葉を借りれば、「テレビや雑誌にあふれている健康に関する情報の中で、どう判断し、何を選択するか。正しい知恵とその実践方法を学び、それを世の中に伝えていくこと。一人でも多くの人生をより良い方向に導いていくこと」それが主催者の食育の答えだというのです。長い人生経験の中で生活のプロを自認していた私には、大きな衝撃でした。

経済性と嗜好性を両立させることが自分に対する最大の貢献と思い込み、決して疑うことがなかった自分の姿を映像の中で見せつけられたようなショックでした。改めて考えてみるまでもなく、生きているということは、健康な食生活に裏打ちされていなければ意味のないことですね。地域や団体のリーダーを目指す方、プロのアドバイザーを志す方など、思いは様々でしょうが、忘れかけていた日本の心を取り戻すチャンスでもあります。真摯にこの講座に挑まれることを願っています。

2008年3月 5日

食品の消費期限と賞味期限

政府は国民生活審議会の答申を受けて、2010年度をめどに現在2つある消費期限と賞味期限を一本化するようですね。この解かりにくい2つの期限の定義は、要するに「安全に食べられること」と「おいしく食べられること」にあるのですから、おいしく食べられれば、安全でなくてもかまわないという人がいることを前提としているように感じられます。もっとも、この期限が適用される食品には傷みやすいかどうかという違いがあるようです。

しかし、安全であるかどうかの判断は、製造業者が科学的なデータに基づいてなされるものである以上、消費者がこれを拠り所にするのは当然ですが、おいしく食べられるかどうかの判断は基本的に消費者が判断すべきもので、そこまで法律で規定するのはありがた迷惑な面もあります。少なくとも、製造業者や販売業者はお客様においしく食べていただくため、日々涙ぐましい努力しているはずだからです。

法律は国民の健康を守るという一段高い立場から、大枠のラインを定めれば足りることで、それぞれの省庁が所管する別々の法律で縛りをかけるのは本末転倒ではないでしょうか。安全に消費できる期限さえ保証してもらえば、その期限内でおいしく食べられる期間は事業者と消費者の知恵に任せてもらいたいものです。何しろ、このことは売上の多寡を左右する事業者の中核的な機能なのですから。

2008年3月11日

増加が気になる派遣労働者数

総務省「労働力調査」によれば、派遣労働者として求職している人は、1人当たり3社前後の人材派遣会社に掛け持ち登録しており、首都圏では5社に登録している人もいるという。2007年に人材派遣会社と契約している人数は133万人で、そのうち女性は60%の80万人、年齢別では25?34歳が52万人で39%を占めているといいます。 

ただ、やはり気になるのは男性の増加率ではないでしょうか。5年前に比べ2007年には17%も増加し40%に達しているからです。さらに、2002年には19%しかなかった45歳以上の労働者も23%に拡大し、平均年収も292万円で全労働者の平均437万円より33%も下回っています。景気が回復基調にあるとはいいながら不吉な予感さえ感じます。

人材派遣会社の業界団体である日本人材派遣協会(東京都千代田区)によれば、職務が短時間や短期の人材も含まれているため」と説明しているようですが、働き盛りの男性がそうした勤務に甘んじていること自体すこし異常ではないでしょうか。人材不足と就職難、野菜不足と休耕田、やはりどうみても変な取り合わせとしか思えません。

2008年3月12日

もてる男の条件パート2

たしか昨年の暮れの話だった思うのですが、「もてる男の条件」というタイトルでブログを書いた覚えがあります。実は数ヶ月たった今でも結構ヒットが多く、ほんの遊び心で書いたのですが、意外と興味があるのかもしれませんね。そんなことをぼんやりと考えていた矢先、3月9日の日経新聞(春秋)にもてる男の条件の今昔が掲載されていました。

何でも、バブルの頃の条件は「三高」だったというのです。その三つとは収入、学歴、身長がそろって高い男性を意味しているそうですが、今の若い女性が結婚相手に求めるものは、「三低」だというのです。低姿勢、低依存、低リスクのことだそうです。その心は、女性に威張らず、家事は自分でこなし、安定した職業や資格を持つ。

これにはちょっと異議があります。敢えて言わせてもらえば「三厚」のような気がします。というのは、実際にもてている男は、面の皮が厚く、組織の庇護が厚く、そして財布が厚い男達のように思えるからです。女性からもてているかどうかは多少疑問もありますが、少なくとも、テレビ局などマスコミからはもてていることは間違いないと思うのですが?

2008年3月13日

ウグイスの啼き声を聴きました

一昨日(3月11日)朝7時ごろのことです。いつものように犬を連れて散歩に出かけようとしていた時、少し頼りない声でホケキョと啼いている声が耳に入ってきました。耳を澄ませると確かにウグイスの啼き声でしたが、どうしてもまだ、ホーホケキョというあの透き通るようなフルコーラスではありませんでした。

それから1時間あまりたった頃、仙台でウグイスの声を確認したというニュースを聞き、二度感動しました。仙台で確認されたというのは、まさかわが家の庭のことではないでしょうが、わが家にも春を告げにきてくれたことは確かです。例年より5日ほど早いそうですが、それほど多いとはいえない庭木なのに、その小枝を定宿にしているウグイスにしてみれば、一宿一飯の恩義を感じていたのかもしれません。

これを笑顔で迎えるわが家の犬もまたたいしたものです。リンゴが大好きな彼は、小鳥のために庭先に並べてあるリンゴには手をつけたことはありません。“これは鳥さんのものだから食べてはいけませんよ”という言いつけをしっかり守っているからです。ところで、「犬の笑顔とはどういう顔なんだ?」と思われる方もあるでしょうが、確かに犬は微笑みます。ただし、こちらが笑顔でいることが最小限の条件ではありますが。

2008年3月14日

遅すぎるIWCの対応

捕鯨推進派と反対派の相互信頼回復を探るため、ロンドンで開かれていた国際捕鯨委員会(IWC)の「将来に関する中間会合」で、日本の調査捕鯨船に薬品入りの瓶を投げつける危険行為をした環境保護団体シー・シェパードを非難する声明を出した。声明は「人命と財産に危険を及ぼすすべての活動は受け入れられない」と強調し、危険な行動を中止するよう求めている。

これまでの声明に比べ、シー・シェパードを名指しで非難したことは多少評価できるが、私たちの感覚からすると、かなり手ぬるいという感じがしてなりません。自分の意に反する行為を悪と決めつけ、暴力を持って正当な行動を阻止しようとするというのでは、ルールに則って協議する意味がない。賛成と反対の意見があるからこそ協議が必要なわけであり、話し合いが継続されている以上勝手な行動は慎むべきです。

いかに反捕鯨国が多いからといって、こうした海賊行為を放置したままでは、永久に話し合いなどつかないのではないでしょうか。シー・シェパードのような確信犯は、非難するぐらいで改まるとは考えられません。ここは一つ、暴力に対して厳正に対処する姿勢を打ち出し、公正なルールを確認すべきだと思います。そうしなければ、今後の話し合いを円滑に進めるための土俵を築くことは出来ないでしょう。

2008年3月15日

遅すぎるIWCの対応

捕鯨推進派と反対派の相互信頼回復を探るため、ロンドンで開かれていた国際捕鯨委員会(IWC)の「将来に関する中間会合」で、日本の調査捕鯨船に薬品入りの瓶を投げつける危険行為をした環境保護団体シー・シェパードを非難する声明を出した。声明は「人命と財産に危険を及ぼすすべての活動は受け入れられない」と強調し、危険な行動を中止するよう求めている。

これまでの声明に比べ、シー・シェパードを名指しで非難したことは多少評価できるが、私たちの感覚からすると、かなり手ぬるいという感じがしてなりません。自分の意に反する行為を悪と決めつけ、暴力を持って正当な行動を阻止しようとするというのでは、ルールに則って協議する意味がない。賛成と反対の意見があるからこそ協議が必要なわけであり、話し合いが継続されている以上勝手な行動は慎むべきです。

いかに反捕鯨国が多いからといって、こうした海賊行為を放置したままでは、永久に話し合いなどつかないのではないでしょうか。シー・シェパードのような確信犯は、非難するぐらいで改まるとは考えられません。ここは一つ、暴力に対して厳正に対処する姿勢を打ち出し、公正なルールを確立すべきだと思います。そうしなければ、今後の話し合いを円滑に進めるための土俵を築くことは出来ないでしょう。

2008年3月16日

愛犬の分離不安ありませんか?

愛犬の分離不安に注意という新聞の見出しに、思わず引き込まれてしましました。読んでみると、犬を庭などの屋外ではなく、家の中で飼う家庭が多くなっているため、飼い主と犬の密着度が高くなり、愛情が深まる一方で、「分離不安」と呼ばれる犬の病が問題になってきているというのです。

その症状はというと、飼い主の愛着が強すぎて、少しでも離れると激しい不安を感じるため、ほえ続けたり、家具などを破損したり、トイレ以外の場所で排泄したりして飼い主を悩ませる。この症状に気づかない飼い主は案外多いという。治療法は、飼い主と離れることに少しずつ慣らす訓練を受けることだそうですが、必要に応じて不安を和らげる薬を使用することもあるので、かかりつけの獣医師に相談してほしいとのことです。

治療には飼い主の根気が必要なため、挫折してしまうケースも少なくないという。わが家でも少し心配になり、それとなく観察してみたのですが、家族が留守のときは、すっかり寝込んでいる様子なので全く心配がないことが解り安心しました。どうやら留守を任せたことが、自立を促すことに繋がったのかもしれません。

2008年3月21日

むずかしいのでしょうか?桜開花予想

気象庁は19日、今期三回目の桜(ソメイヨシノ)の開花予想を発表した。3月に入り暖かい日が続いており、2?3日予想を前倒しし、東日本は平年より早く、西日本は平年並みか早いと見ている。気象庁は開花予想日が各地で早まった原因について、「先週から予想を上回る高温が全国的に続いているうえ、今後も平年より高めの気温で推移すると見られるため」という。

言葉尻を捉えるようで恐縮ですが、この予想は何とも頼りないような気がしませんか?というのは、そもそも気象庁というのは桜の開花日を予想するのが本文ではなく、天候や気温を予想するのがメインの仕事ですから、桜の開花予想が外れたという以前に長期の天気予報が外れたということではないのでしょうか。

もとより自然現象は、複雑怪奇で現在の科学力をもってしても、容易に解明できない部分があることは承知しています。しかし、少なくとも全くの素人が出す予報ではないので、かなり信憑性が高いと思うのは当然のような気がします。それをこの時期になってから、±3日は見てくださいというのではあまりに頼りない。それならいっそのこと、桜の開花日は予想がつきません。お天気次第ですと言われた方がまだましです。

2008年3月27日

刑事魂は国民の誇り

警察のふがいなさに憤りを感じている方は多いのではないでしょうか。私もその一人として毎日テレビに向かって噛みついています。現在の法律では自力救済は禁じられているので、社会悪に対しては警察が唯一の頼りですから、いざという時に頼りにならないことを見せ付けられると、悲しさを通り越して気持ちが/滅入ってしまいます。しかし先日、読売新聞の「編集手帳欄」に一筋の光明を見つけ出し、勇気を取り戻せた感じがしました。

それは、北海道警察には「刑事の誓い」と題する言葉があるという記述でした。その内容は、「社会正義のために これがわれわれの使命である」、「打てばひびく これがわれわれの感覚である」、「腰が軽く粘り強い これがわれわれの根性である」、「心と心の触れ合い これがわれわれの誠意である」、「物からものを聞く これがわれわれの科学である」、「話し上手より聞き上手 これがわれわれの技術である」、「どんな役にも誇りを これがわれわれの組織である」というものでした。

綱紀粛正のために1969年に作られたものだそうですが全く色あせていません。それどころか、全く新鮮でどっかの県警に今すぐプレゼントしたいくらいですね。いや、警察組織だけではありません。職務権限に埋没して国民の信頼を裏切り続けた不作為に対し、反省の色を全く見せない○○省庁にも、耳にタコができるぐらい聞かせたい。「省」とは、「かえりみる」という意味だと思っていたのですが、もしかしたら、いらないので、「はぶく」という意味だったのでしょうか?国民は皆いかっています。

2008年3月28日

勉強不足「大学で後悔」している?

3月24日の日経新聞「数字は語る」という欄に、高校での学習状況と大学入学後の意識についての調査結果が載っていました。これは東大の調査に基づいて文部科学省が作成したものだということですが、それによると、勉強不足「大学で後悔」と答えた学生が72%に達しているとのことでした。これを意外と見るかどうかは見解が分かれるところでしょう。

ただ、「大学の授業についていけないか」の問いに対しては、「とても当てはまる」「当てはまる」と答えたのは計27%と少数だったという。私には、この72%と27%とギャップの方がよほど衝撃でした。つまり、勉強不足は後悔しているが、大学の授業には何とかついていけるということですよね。これは学生の問題ではなく大学側でこそ問題にすべきことではないでしょう。

もう一つ言わせてもらえば、高校生のときに勉強すればよかったと後悔してない学生が28%もいることも憂うべきことです。ヒトは後悔することで成長するものです。如何に充実した勉強であったとしても、後悔がないというのは進歩がないといことと同じです。是非大学生の間に反省をすることの大切さを実感していただきたいものです。

2008年4月 1日

若者をタイプ分けすることの功罪

明治安田生命保険が、今春の新入社員を対象にして実施したアンケートによれば、理想の男性上司はプロ野球ヤクルトの選手兼監督だった古田敦也さんで、女性上司は女優の篠原涼子さんがそれぞれトップだったということです。古田さんは三年連続首位で、理由は「管理だけでなく一緒に働いてくれる」というイメージが支持されたということです。

他には男性の九位に東国原英夫宮崎県知事がランクされたとか。こちらは、PRで全国を飛び回る行動力が「頼もしい」「実力がある」と評価されたということのようです。どのような意図でこのようなアンケートを実施したのか、何人を対象に行ったのか、そのうち回答率は何パーセントで男女別ではどうなのかといった情報は示されていませんので、これをどう解釈すべきかかいもく見当もつきません。

ほんの遊び心で実施したので、深く追求すべきものではないのでしょうが、これが現代の若者をどの程度代表しているのか気になる管理職もいるかもしれません。社会経済生産性本部が名づけた「パンダ型」とか「お仕立券付ワイシャツ」「カーリング型」なども、若者を固定的イメージで見てしまわないか少し心配です。社会経済生産性本部の発表というが、まさか会議で表決して決めたわけでもないでしょうに?

2008年4月 2日

がん哲学外来とはどんなものか

順天堂大付属順天堂医院で、1月末から試験的に開かれた「がん哲学外来」が、今月16日に終了したという記事が3月23日の読売新聞に載っていました。発案者は樋野興夫・同大学教授(病理学)が、5日間で患者・家族ら計55人と面談したが、キャンセル待ちが出るほどの盛況だったという。一体「がん哲学外来」とはどんなものなのだろうか。

樋野教授によれば、受診者に「何で来たのですか?」と聞いたところ、その問いに誰もが表情を和らげ、自分の症状や治療法に関する相談を始めたという。助言をしながらじっくりと耳を傾けるうちに、大半の人が「限られた時間をどう生きればいいのか」など、生きることの根源的意味について話したそうである。

大切なのは、患者が「医師が自分に向き合ってくれている」と感じて、安心できること。そんな考えを基本に、がんをテーマに患者と人生を語り合うのが「哲学外来」のポイントらしいということだ。樋野教授によれば「人間誰しも、自分の存在に意味を感じられれば、例え病気を抱えていても、残された人生を前向きに捉えられる。今の時代、こんな“おせっかい”が必要だとのこと。

2008年4月10日

肥満と負債、強い相関があるって本当ですか?

4月8日の日経新聞「経済教室」に4月から始まったメタボ健診(特定健康診査・特定保健指導)制度に関する研究が掲載されていました。その内容を要約すると、およそ以下のようなものでした。食べすぎなどが原因で生じる肥満とお金を借りた場合の利息と強い相関があるというのです。つまり、肥満の人は負債も多いということのようです。

具体的にいうと、肥満の人は目の前にあるおいしいものを我慢することができず、将来に残すツケ(肥満)を容認してしまうということであり、これは、住宅ローンのようにマイホームを一刻も早く手に入れることで支払利息の発生を甘受するのと同じであるというのです。この説に従えば、どちらもが我慢が足りないため肥満や金利を背負うことになるということになるのですから、自己責任原則をこの制度に盛り込むべきだというのです。

この点が担保されていないと、医療保険に頼りすぎて安易に脂肪を蓄えるモラールハザード(道徳の落とし穴)を抑制する効果がはたらかない。もしこの理論が正しいのであれば、大賛成ですが、一方で、BMI(体重を身長の二乗で割った体格指数)の個人差は72%まで遺伝要因によるという説もあるとか。そうすると、肥満の人に言わせれば、今のツケは墓場の先祖様に回してくださいということにもなりますよね。

2008年4月13日

見習いたいですね、ワンちゃんたちの生き様

わが家のワンちゃんも高齢のためか腎不全になってしまい、数日前から水も食事も全く受け付けなくなってしまいました。あんなに健啖家だった彼が大好物を目の前にしても、全く反応しない姿を見ると心が痛みます。しかし、彼は残された力を振り絞って立ち上がり、自分で用を足すため外にでる行動は繰り返しています。

こうした状況に陥ったとき、人間だったらどういう行動をとるでしょうか。大抵の人は、自分が世界中で一番不幸であると信じ込み、周りの人に面倒を見てもらう事を過大に期待するのではないでしょうか。ワンちゃんの生き様を見ていると、自分のことは自分でするのが一番の幸せという哲学が感じられ、とても勇気をもらったような気がします。

もちろん全ての人がそうでは無いと信じたいのですが、私たちはあまりにも依存体質が強すぎるような気がします。せめて、介護が行き届かないことを嘆くより先に、曲がりなりにも「自分のことが自分でできること」これが幸せの原点であるという、ものの考え方を取り戻すべきではないでしょうか。そうワンちゃんに話しかけていたら、彼も少し元気が出できたようです。

2008年4月14日

久しぶりに会った、おおようなお客様

先日来店されたお客様の話です。その日はあいにくの雨降りでしたが、マスクをかけたお客様が気になったので、花粉症ですかと尋ねてみたところ、そうではありませんが、よく解からないのですというのです。今日は雨降りだし花粉も飛んでないと思ったので?というと、実は喘息気味なので病院にいってきたのですが、医者もよくわからないらしいのです。

喘息か何かのアレルギーかもしれませんが、検査をして見なければわからないので、お金と暇があるときに来てくださいといわれたというのです。検査をしてもらうために病院に行ったのではないのですか?と聞いてみたら、それはそうなんですが、その医者、レントゲンもかけずに、私の懐具合まで診断してしまったので…、つい文句をいいそびれてしまったのだという。

何ともおおような話なので笑ってしまいました。ところで、最近はこういう「迷医」が多いような気がしませんか。もっとも、手術の際に使ったガーゼをおなかの中に置いたまま閉じてしまったり、低血糖の患者にインスリンを投与するなど、信じがたい医療ミスを繰り返す、リピーターなる不名誉医師に比べれば、まだ可愛いい方なのかもしれませんね。

2008年4月17日

国の宝を守る妙案はないものでしょうか?

読売新聞のニュースウィークリー(4月6日)欄に、「運慶の仏像流出騒動」という興味深い記述が載っていました。その内容は、鎌倉時代初期の仏師である運慶作の仏像(大日如来坐像)がアメリカで開かれたオークションにかけられ、危うく海外に流出しそうになったということですが、日本の宗教団体が約14億3700万円で競り落としたということです。

この落札価格が高いのか安いのかは、私どものような門外漢にはとんと計りかねますが、重要文化財ないし国宝級というこの仏像を、そう簡単に国外に流出してもよいものでしょうか?しかし、国が所有者である個人から買い取るにしても、値段が折り合わなければ、購入を希望する第三者に売り渡されたとしても仕方のないことであります。

確かに理屈はそうなのですが、文化財保護法なる法律が不備であることも、国宝級が簡単にそうした危機にさらされる原因ではないでしょうか。慎重な審査は不可欠であるとしても、ただ重要文化財だから輸出をしてはいけないという、通り一遍の規制ではなく、所有者の権利を保護する施策もセットされていなければ、同じことが繰り返されないという保証はありません。

2008年4月18日

実効性のある点検マニュアルを

静岡県で起きた車両事故がここ数日報じられていますが、被害にあわれたバス運転手の方には本当にお気の毒で、ご家族や関係者の皆様にはお慰めする言葉もございません。車両を安全に運行する責任は、所有者ばかりではなく、運行管理者や運転者にあることは間違いありませんが、単に始業点検を強化しただけでは実効が上がらないような気がします。

当店でもトラックで来店されるお客様が多く、よくお話を窺う機会がありますが、車輪を固定するボルトは点検するだけでは、破損の状況が把握できないということでした。先日の事故車も8本あるボルトのうち、2本にヒビが入っていたようですが、これとても、現実問題として事前に発見できる可能性は薄いように思われます。

国が本気でこうした事故防止対策を検討するのであれば、おざなりに整備点検を呼びかけるだけでは何の解決にもなりません。強度の高いボルトを開発する、出荷前にボルトの強度・耐久テストを徹底して行う、あるいは万一ボルトが折れてタイヤが脱落しても、車本体から飛び出ないような装を開発する、といった取り組みを始めるべきではないでしょうか。

2008年4月19日

心臓外科医を選ぶことなど患者にできるのでしょう?

先日心臓外科選びの話が新聞に載っていました。その中で、大和成和病院(神奈川県大和市)の南淵明宏院長が話されていた次のような言葉が少し気になりました。「バイパス手術を多く行っていても、弁膜症手術の経験が少ない医師もいる。患者さんは執刀医に話を聞く機会を作ってもらい、医師個人の経験も尋ねて病院選びをしてほしい」という部分です。

お医者さんにも得意不得意があるのは理解できますが、現実問題としてその情報を事前に把握できるチャンスが与えられるということが、本当にあるのでしょうか。あらためて考えてみるまでもなく、医師が手術する行為はサービスの提供ですから、これを選択する患者側としては、その手腕の程度を事前評価したいと思うのは当然のことですが、現実問題としてこうした自由が患者に与えられる情況にはないような気がします。

例えそうした話を聞く機会を与えられたとしても、「先生の腕は確かなのですか」と聞くに等しい質問を患者ができるわけがないように思うのですが。南淵先生のように腕に覚えがある場合はともかくとして、もしそうでなかった場合を考えてしまうのが普通ではないでしょうか。もし、南淵先生のような考え方が主流ならば、いっそのこと、自分のキャリアを全てネット上で公開しては如何でしょうか。

2008年4月22日

国のやることは何かチグハグですね

最近話題の後期高齢者医療保険の問題もそうですが、メタボ対策もかなりおかしいような気がします。一方では、国民の一人ひとりのウエスト・サイズにまで気配りしてくれるかと思うと、制度の説明もろくにしないまま、年金から保険料を引き落としするなど、とても国民の目線で政策を講じているようには見えません。

高齢社会を迎え医療費が増大しているため、苦肉の策として高齢者にも応分の負担をしてもらうという趣旨は、誰でも理解できます。しかし、このやり方は、国民の福祉に重点を置いた施策ではなく、予算を中心にして福祉を考えている証拠ではないでしょうか。予算がないのでサービスできないというのは、あくまで物理的な結論でしかありません。

今回打ち出したメタボ対策だけではありません。自動車のシートベルト着用もそうです。これらは本来、健康な社会生活を維持する目的であるはずなのに、実態は、医療費の圧縮のために考案されたと勘ぐりたくなります。そうでなければ、江戸時代のお代官様のような暴挙に出ることはないのではないでしょうか。

2008年5月12日

古くて新しいライフスタイル

先日あるテレビで、現代の若者の旅行の楽しみ方というのが話題になっていました。その内容は、今風の若者は、IT時代の落とし子らしくインターネットをフルに活用し、旅行情報をふんだんに収集できるので、実際に海外旅行をしなくても十分旅行気分が味わえるという安上がりな人が増えているというものでした。

しかし、こういう考え方は昔からありましたよね。たとえば、木で作った魚をおかずにしてご飯を食べるとか、梅干をそばにおいて酸っぱい味を連想させることでご飯だけを食べるなどです。こうした噺は落語の世界だけでなく、どこの町にも一つや二つあったものです。その子孫である若者たちはこれを素直に受け継いでいるだけかもしれません。

ガソリンの値段が高騰している今日、こうした発想はますます現実味を帯びてきていますね。少なくとも、安いカゾリンを求めて車をムダに走らせる中高年よりははるかにましなような気がします。暫定税率復活分を補うためにはおよそ20%の節約が必要ということになりますが、若者にその対策を相談してみてはどうでしょうか。

2008年5月13日

浸透させたいグリーフケア?その1

先日(平成20年5月4日)、日経新聞「医療」欄に、グリーフ(悲嘆)ケアに関する記事を見つけました。「死別で起きる悲嘆の反応には怒り、事実の否認、後悔や自責の念などがあり、時には不眠や食欲不振といった体の不調が出ることもある。グリーフケアでは、対象者が事実を受け入れ、環境の変化に適応するプロセスを支援する。」と書いてありました。

医療従事者や心理士などの専門家のほか、自助グループも担い手になるということですが、1960年代に米国で始まり、英国やドイツなどでも浸透しているそうです。確かに、大切な人を失った悲しみは人それぞれで、他人がヅカヅカと踏み込むのは考えものであるという認識はあります。しかし、現実問題としてどうケアすればいいのか迷うことも確かです。

グリーフケアのポインとは、「死別の状況やそこに至る過程を重視する」「遺族の『語り』を重視する」「遺族自身も気付いていない悲嘆があることを認識する」「『治す』より『寄り添う』」「ケアの提供者の限界を知る」ことだそうです。それから、家族を傷つける可能性のある言葉は、「そんなに悲しんでいると、亡くなった人が心配するからダメ」「思ったより元気そうね」「『早いですね』(亡くなってからの年月について)」などだそうです。

2008年5月14日

浸透させたいグリーフケア?その2

家族(遺族)を傷つける可能性のある言葉はほかにもあります。「亡くなった人が成仏しないよ(納骨などをしないことについて)」「これであなたも楽になったね(長い闘病生活の後)」「泣いたら楽になるわよ「気丈に振舞っている人に対して」「また産んだらいいじゃない(子どもを亡くした人に対して)」「まだ若いんだから、再婚したら(配偶者を亡くした人に対して)」「親が亡くなるのは順番だからね(親を亡くした人に対して)」。

言われてみれば最もなことばかりなのに、自分が善意であるということの驕りが、こんなにも人の心を傷つけていたなどと考えてもみなかった。そういう人は確かに多いように思われます。心の痛みは人それぞれで、他人とは比較することはできませんし、比較すること自体無意味なことなのでしょう。

このグリーフケアでは、何らかの事情により「悲嘆な状況に陥った」人に対して、周りの人の気遣いの大切さを教えているものですが、現代人の悩みの根源もこの辺にあるのではないかと思われてなりません。もっとも、この場合は「悲嘆に陥った」人というよりも、言葉の暴力などで「悲嘆に陥れた」人をケアする(教育)ことの方が先決かもしれませんね。

2008年5月30日

石油製品高騰で思うこと

先日地元新聞に面白い記事を見つけました。「父の交通手段はラクダだった。わしは自動車を運転する。息子はジェット機に乗っている。彼の息子はラクダで移動するだろう」(『石油の呪縛と人類』ソニア・シャー著)というものでした。これは、ニューヨーク・マーカンタイル取引所の先物相場で1バレル126ドルの最高値を更新した原油に関する記事です。

日本の昔話にも、過大な要求をし続けているうち、最後には元の木阿弥になってしまったという話がありますが、サウジアラビアにもこうした話があるところを見ると、人間の欲望に対する戒めの考え方は、洋の東西を問わないのだと改めて感心させられました。ところで、それにつけてもいい加減にして欲しい値上げですね。

日本にはラクダはいないので、さしずめできることといえば自転車の活用を増やすことでしょうが、そうなると走れる道を整備する必要がありそうですね。その場合はやはり道路特定財源を使って整備することになるのでしょうか?いずれにしても、やりたい放題の投機筋に一泡吹かせるぐらいの知恵が欲しいところです。

2008年6月 9日

「穴守稲荷」今昔物語

読売新聞(6月4日)の編集手帳欄に面白い記事を見つけました。概要は以下のとおりです。京浜急行に「穴(あな)守(もり)稲荷(いなり)」という駅がある。「羽田空港」の二つ手前の駅名となった穴守稲荷神社には、豊受姫(とようけひめの)命(みこと)が祀られている。この神社は、江戸時代に激しい波で堤防にあいた穴に由来するもので、浸水が田畑に害をなさないように祈ったものらしいとのこと。

この度新規の航空会社であるスカイマークは、6月中に運行を予定していた羽田発着4路線のうち、全線の1割にあたる168便を欠航する。パイロット2人が退職して、機長の人数が足りなくなったためということらしい。この手帳編集者は、人員の穴から万々が一にも、安全運行の落とし穴が生まれないことを豊受姫(とようけひめの)命(みこと)に祈っていた。

また、この編集者、“人員の「穴」にも御利益があるのかどうかは知らない”とも書いていましたが、私の考えでは、この神様「穴」があかないように祈る信者に御利益を授けるのが役割ですから、安全運行を願って止まない乗客には引き続きご加護があること間違いなしです。人員の問題は「穴」ではなく「溝」つまり管轄違いだったのではないでしょうか。

2008年6月20日

ネットワークの希薄さを痛感

先日の午後散歩に出かけたときのことです。この時間帯に散歩することなど今まで全くなかったのですが、家の門を出て100mほど歩いたところで、重い鎖を引きずりながら歩いているワンちゃんに出会いました。首輪に鑑札もついているので明らかに脱走したのだと思ったので、放っておけず呼び寄せて保護をしました。

さて、それからが大変でした。ワンちゃんを飼っている家は大体見当が付いているつもりだったので、順番に10数軒ほど尋ねてみたのですが、どちらのお宅も全く心当たりがないというのです。仕方ないので2kmほどの距離にある交番に連れて行くことにしましたが、その時まで2時間以上経過してしまいました。ほんの15分ほどと思って出かけた散歩が、結局3時間に及んでしまい、計画は大幅に狂ってしまいました。

それはともかく、最初に当たりをつけたお宅で、全く心当たりがないと言われたため、ますます情報の乏しいお宅を訪ね歩くことになったのですが、ワンちゃんを交番に預けて帰る途中、もう一度最初の地点に戻ってみると、案の定、飼い主の方が心配そうに捜しているではありませんか。それは最初に尋ねたお宅のすぐ隣の方だったのです。

2008年6月23日

傘かしげ蟹歩き…いい得て妙

先日、日経新聞の「生活欄」に、特定非営利活動法人江戸しぐさ理事長の越川礼子さんによる「江戸しぐさ」なるものの解説が載っていました。「傘かしげ」や「蟹歩き」などがその例で、雨の日にお互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うのが「傘かしげ」、雑踏でぶつからないように体を横に向けて歩くのが「蟹歩き」というのだそうです。

ほかにも、腰をこぶし分だけ浮かせて席を詰め空席をつくる「こぶし腰浮かせ」、雑踏ですれ違う際、肩を引きぶつからないようにする「肩引き」、謝る相手に対し自分も、私もうかつでしたなどと謝る(場がなごむ)「うかつあやまり」、道路の3割り分を歩き、残り7割を急ぐ人のためあける「七三歩き」、道路を渡るとき、右見て左見てまた右見て安全確認する「片目出ししぐさ」。

相手が話している時はしっかり聞き、話の腰を折らない「あいづちしぐさ」、相手に非があっても頭ごなしに怒らず、許す心の余裕を持つ「許すこころ」、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感を敏感に研ぎ澄まし、周囲の状況を瞬間的に総合判断する「六感しぐさ」などだそうです。これらの「しぐさ」が身につけば「切れること」も少はなくなるかもしれませんね。

2008年6月27日

うなぎにも戸籍抄本が必要な時代

ついこの間は餃子の製造場所の問題で大騒ぎしたかと思ったら、今度はうなぎの生まれた場所が話題になっています。よくもまあ次々と問題を製造するものですね。製品を開発するより話題を提供することの方が得意な企業が増えているようですが、オマケに3つも4つもある法律でもきっちりお仕置きができないとなれば、消費者は納得がいきません。

まさか、モノがうなぎだけに掴み所がないという洒落の積りではないでしょうが、うなぎにとっても大変迷惑なことではないでしょうか。腹や背を割かれて火炙りにされ、その挙句に戸籍調べまでされるのではたまったものではありません。掴まえ所がないのは、ヌルヌルしているうなぎではなく、ヒトのぬいぐるみを着た狸のしわざに違いない。

こうした不祥事をしでかす企業は、長く市場に止まることはできないとしても、またぞろ姿を変えて現れる以上、私たち消費者が賢くなる意外に防衛策はないのではないでしょうか。この辺で原点に返り、「値段が高いから美味しい」のではなく、「美味しいから高い」のだという原理原則に基づいて品定めをする。これしかないのでは?

2008年7月 2日

三陸産ワカメが高騰しています

一連の不良食品問題のあおりとやらで、三陸産のワカメに買いが殺到したため、卸値が例年の2倍に高騰しているというのです。おかげで当店もやむを得ず価格を改定いたしましたが、どうも納得が行きません。食べたい人はこの値段でどうぞという、極めて不親切な態度まで一緒に仕入れている感じがするからです。

ワカメに限らず、大抵の海産物は自然界が相手なだけに、需要があって供給があるという関係ではなく、供給つまり漁獲量によって需要が左右されるという、少しイレギュラーな法則が働いています。つまり、豊漁の時は消費も多いわけです。この法則が働いている以上、品薄になったからといってお客様は、それに呼応するとは限りません。

こういうときこそ、お値打ちの価格で提供するのが、日頃のご愛顧に応える道ではないでしょうか。購買代理人である当店と致しましては、お客様に成り代わりこうした体質に対し、断固として抗議したいと思います。品薄だから高いのは当然というのは、予算がないから生活できなくても保険料を払えという、あの発想と同じだと思うからです。

2008年7月12日

報道関係者の心構え

だいぶ前の話で恐縮ですが、朝8時から放送されているフジテレビ系番組「とくダネ」で、来年から三菱自動車が電気自動車を発売するという話題を取り上げていました。その車の説明を大村レポーターが担当したのですが、車本体の価格、国や自治体の補助金、燃費、充電方法など微に入り細にわたり説明していました。

その解説があまりに見事なので、他のスタッフから“車のセールスマンになったらどうだ”と冷やかされていましたが、茶の間で見ている私たちもまったく同感でした。年金や税金の問題なども、あんなふうに説得力のある説明をしてもらえたら少しは納得がいくのでは、とそのときふと思いました。たぶん内容が違うと言い分けするでしょうが。

政治家や官僚は簡単なことを難しくいうのが仕事なのかもしれませんが、報道機関の役割はその逆で、難しいことでも限られた時間内に解かりやすく伝えるのが役割です。特に事件や事故のレポートは単に真実を伝えるだけではなく、何をどう伝えるべきかを寸時に判断し、言葉づかいや関係者への配慮も必要なのでしょうから。

2008年7月14日

気をつけたいですね不用意な発言

先日発生した「岩手・宮城内陸地震」の際のテレビ報道を見ていて違和感を覚えました。ヘリから撮影している映像を見ながら、現地の市役所の職員と電話で話をしていて、「ここはどの辺ですか」とアナウサー。「まったく見当がつきません」と市役所の職員。「そこに集落はありますか、人は住んでいますか」と重ねて質問するアナウサー。

地震発生直後ということもあり、態勢が整っていなかったこともあるのでしょうが、これってかなり変ですよね。市役所の職員がどこか検討もつかないといっているのですから、集落があるのか、人が住んでいるのかどうかは解かるはずがないのに、矢継ぎ早に質問を浴びせる。電話の相手が困惑するのは当然です。

そうかと思うと、現地に赴いた某代議士は、被害が少なくてよかったというコメントをしていました。私たちは、こういう場面を見るたびにはらはらしているのに、当の本人たちはまったく学習していない。被災者の前で被害が少なかったとはあまり無神経すぎる言葉です。被災者の方々の疲労感はぐっと増したのではないでしょうか。

2008年7月16日

昔タコ部屋、いま病院

タコ部屋という言葉は、いまは死語になっているのかもしれません。昔ダム工事などの宿泊施設の様子を、自分の足を食いちぎるタコになぞらえてそう呼んだものです。念のため一応説明しますと、ダム工事現場などは山奥であるため、泊り込みで工事に当たりますが、娯楽施設がないため、どうしても賭博にのめり込んでしまう。

多少高い給金をもらったとしても、バクチで全部吸い上げられてしまう。つまり、結果的に自分の足を食うタコと同じだということです。企業が実際は赤字なのに、あたかも儲かっているかのように装い、株主に配当をする粉飾決算もこの類ですが、高度成長期のときに、従業員の給与を上げて、自社製の電化製品などを買わせたのとも似ていますね。

ところが、この現象かなりリフォームして病院に現れているように思いませんか?というのも、最近テレビで頻繁に報道されているように、一方では治療を施しながら、他方では病気の種を撒き散らす。身近な例でも、水虫の治療する医院で、患者が使用したスリッパを消毒もしないで別の患者に使用させる。とんだ循環型世界が出現したものです。

2008年7月26日

職場内のいじめが蔓延しているとか

先日ある新聞に、いじめは子どもだけの問題ではない。故意に仕事を教えないなど、陰湿ないじめが職場で広がっている。専門家は「バブル後のリストラや成果主義が社内競争を加熱させ、職場から人間性を奪い去った」と指摘しているという。さらに、これを打開するため、「ADR(裁判外紛争解決手続き)で和解を探る取り組みが進む」ともあった。

大変嘆かわしいことですね。もしそのようなことが本当なら、いじめる方、いじめられる方のどちらも雇用している企業は成果が上がるわけがありません。何故なら、どちらも会社にとって必要だからこそ雇用しているわけで、成果を上げるために不必要であれば、もともと採用しなければよかったことになりませんか。

会社に限らず、多くの人が一つの目標に向かって協働するとき、自分のテリトリーを守り抜くことは当然としても、チームとして行動しなければならないことは当然あるはずです。これを円滑にするためには、お互いのコミュニケーションしかないのではないでしょか。成果主義を曲解したまま、紛争だけを第三者に委ねても成果は上がりません。

2008年8月22日

あまりにもふがいないメタボ対策

先日ある新聞にメタボ対策グッツがよく売れているという記事が載っていました。何でも、自分で測定した体重や血圧のデータを携帯で送信すると、その変化の状態がグラフでビジュアルに表されたものが、自分のパソコンで受信できるという仕組みだということです。月々の料金が数千円であるため、ゲーム感覚で楽しめるのが売れている原因だとか。

ゲーム感覚は理解できなくもありませんが、それにして、自分で体重や血圧を測定しておきながら、わざわざインターネットを経由させて、自分のパソコンに表示させなくてもいいように思えるのですが?サービスを利用している人の評判は上々で、結構効果があるというのも不思議な話ですが、これは予言の自己充足というヤツではないでしょうか。

つまり、わざわざお金をかけてサービスを受けるのだから、これを無駄にしてはならないという心理が働き、体重が増えたりするとコントロールしなければという意識が通常より強くなり、食事を控えたりするため効果があるわけです。要するに効果があるという自分の予言を正しいものにするため、自分で努力しているに過ぎないように思うのですが。

2008年8月23日

一工夫ほしいインタビュー

北京オリンピックもそろそろ終盤ですね。感動の一時も過ぎてしまえば過去の出来事として、次第に薄れていくのは仕方ないことですが、メダリストたちの労をねぎらい、またがんばろうという動機につなげるのがインタビューの役割ではないでしょうか。それなのに、最近のインタビューはあまりにもおざなりで興ざめです。

二大会連続で金メダルを獲得した北島選手に対して、「北島選手にとってオリンピックとは何ですか?」という質問をしていた。これに対して北島選手は、「それはこれまで何度も聞かれました」と答えていました。インタビュアーにしてみれば、最もポピュラーな質問をした積りかもしれませんが、マイクを向けられた本人は些かげんなりしたようです。

スポーツ選手は、お喋りの専門家ではないので、言葉を引き出しにくいのは承知の上でインタビューに臨むわけですから、相手が話しやすいように水を向けるのがプロの技術であり、工夫ではないでしょうか。与えられた仕事をただそつなくこなしているだけでは、最も輝いているシーンを独占する資格はないように思うのですが。

2008年8月25日

教育の原点とはいったい何でしょか?

大分県教委の汚職事件が毎日のように報じられましたが、教育現場はいったいどうなっているのでしょう。わたしなどは、勉強嫌いで通してきたため、学校で習ったことなど殆ど覚えていません。そのお陰で脳の空き部屋に実学を詰め込むことができ、何とか今日までやってこられたのだと自負しているくらいです。

しかし、先生のお話の中で、たった一つだけ妙に心に残っている言葉があります。それは、「教育には2つの考え方がある。一つは、悪いことをして他人をいじめたりするような人にならないように教育すること。もう一つは、どうしてもそういう人は無くならない。だから、それに負けないような、逞しい人に育てるのが教育である。」というものでした。

世の中の乱れようを見ていると、どうやら、後者の教育理念のほうが正しかったのかなぁ!と思わざるを得ません。今回の事件などはさしずめ、よく育った先生がその模範を示したということなのでしょう。今時の親は、「先生の言うことをよく聞かないで、塾に行ってから勉強しなさい」とでも子供に言えばよいのでしょうか。

2008年9月15日

侮られぱなしの国民

読売新聞の編集手帳(平成20年9月6日)欄に、清少納言の「枕草子」を引用した面白い記事が載っていました。「人にあなづらるるもの(侮られるもの)」を二つ挙げているという。一つは「築土のくづれ(土塀の崩れ)」、もう一つは「あまり心善しと、人に知られぬる人(極度のお人好し)だということです。

この後に続く話は、民主党と自民党のメディア対策の話で、結構面白い内容でしたが、ふと頭に浮かんだのは、現代風の侮られるもの(お人好し)というのはどういう人なのだろうといことです。というのは、自分ではそれほどお人好しとは思っていなくても、相手次第では立派なお人好しにされてしまうように思ったからです。

例えば、昨今はやりの振れ込め詐欺や食品を巡るインチキの数々など、いつの間にか国民全てが侮られているとしか思えません。してみると、よほど厳しい姿勢で臨まなければ、お人好しの部類に入ってしまうということなのでしょうか。土塀の崩れを修復するのもままならないわが身にとっては到底無理な話です。

2008年9月26日

プロらしいプロが少なくなった気がしませんか

先日テレビの映りが悪くなったので色々思い悩んだ挙句、やっぱりプロの人に見てもらったらということになり、某有名家電店のサービスを受けることにしました。電話の対応などは、マニュアル通りで実に円滑に交渉が進みましたが、問題はその後の対応のまずさです。どうやらそこまでのマニュアルはできていなかったようです。

アンテナに問題があるのではと相談したのですが、サービスマンはわが家を訪問するや否や、見積書を取り出し、アンテナやその他の部品、取り外しや取り付け料などを書き始めたのです。始めはプロの仕事に口を挟むのはどうかと思い、黙って聞いていていましたが、これで終了というではありませんか。思わずちょっと待ってくださいと言いました。

これではいくら何でも乱暴すぎませんか。アンテナに問題があるのではといって頼んだとはいえ、現場も見ないですぐ取り替えることを前提に話を進めるのは納得が行かなかったからです。それではアンテナを見てみますかというのである。その挙句出した診断結果がまたトンチンカンなものであったことが、本物のプロによって明らかにされたのです。

2008年10月 1日

しかめっ面をしたらタバコが買えたって本当ですか

福島県で17歳の少年が自販機の認証を見事にかいくぐり、タバコを買ってすっていたとか。何でもこの少年、自販機に向かって顔をしかめたら、自販機の方が大人と勘違いして、タバコの購入を認めたということのようです。なるほど、最近の大人は特に年金問題や毒入り食品などでしかめっ面のし通しなのかもしれませんね。

そういえば、最近総理大臣に就任した人などはその典型かもしれませんが、われわれ庶民から見れば、あれくらいのしかめっ面で済むのであればオンノジのように思います。もしかすると、間違って認証しているのはタバコの自販機などよりも議員の先生方の方ではないでしょうか。もっとも、こちらの方は大人を侮って子供と認識しているようですが。

いずれにしても、しかめっ面が定着してしまったままたまに笑うと、シワの方がどう対処してよいのか困ってしまいます。ここは一つ、食と職の安全、環境の安全、老後の安全ぐらい確保していただき、しかめっ面から開放されたいものです。気持ちにゆとりが出ればシワも伸びるでしょうし、凶悪犯罪なども少しは減るような気がするのですが?

2008年10月17日

生活習慣と子供の成績の関係

日経新聞の「数字は語る(2008年10月13日)」に「正しい生活 成績向上の道」というコラム記事がありました。この欄についてコメントするのは確か2回目だと思うのですが、ちょっと気になったので取り上げました。ここでは全国学力テストの結果から、規則正しい朝食や就寝時間の相関関係が読み取れるということのようです。

朝食を毎日食べ、就寝の時刻も一定した層ほど小六、中三とも平均正解率が高いという結果が出た。規則正しい生活習慣が成績の向上につながっている。「朝食を毎日食べていますか」の問いに「している」とした層は「全くしていない」とした層に比べ、中三の国語(基礎問題)の正解率で11.6ポイント、数学(同)では20.8ポイントの差があった。

また「毎日、同じくらいの時刻に寝ていますか」との問いでも「している」と解答した層の正解率は「全くしていない」層より全科目で7.5?16.5ポイント上回ったということです。しかし、「している」と答えた生徒が81.2%であることを考え合わせれば、“成績のいい子は生活態度もいい”というあたりまえのことを確認したに過ぎないように思うのですが?

2008年11月 3日

表彰台に立てないメダリスト

先日の新聞にハンマー投げの室伏選手が、北京オリンピックで銅メダルが確定したと報じていました。たしかこの前のアテネオリンピックでも帰国してからしばらくして、金メダル獲得というニュースが流れました。今回は銅メダルだけに表彰台に上ることがかなわなかったのは、ご本人にとってさぞ残念なことでしょうね。

それにしても懲りない面々があまりにも多すぎて、オリンピックの精神が穢れてしまい選手ならずとも憤りを感じます。それほどまでしてとりたいメダルなら、その犠牲になった選手に直接お詫びをするぐらいのルールがあってもいいような気がします。できれば、オリンピック委員会で、選手の自宅に出向いて表彰式を再現してもらいたいものです。

二度も続けて繰り上げでは、喜びも中ぐらいではないでしょうかね。繰上げでもいいからといいそうなのは、選挙で落選した元議員さんぐらいものでしょう。地道な鍛錬の結果を晴れの舞台で競い合うのが、スポーツの醍醐味というものであり、その健闘をたたえる舞台装置の一部がメダルなのであり、金属の塊自体に値打ちがあるわけではない。

2008年12月24日

大繁盛の弁当屋さん

風が吹けば桶屋が儲かるという言葉がありますが、東京都心のオフィス街では持ち帰り弁当が大人気だとか。どうやらこの現象、安さ、美味しさ、便利さを徹底追求しているところに秘密があるようです。当然コンビニや既存のテイクアウト店でも負けてはいないと思うのですが、既存店は減少気味で旗色が悪いらしいようです。

売れ筋は500円前後ということから推察すると、やはり景気の先行きに配慮している姿勢が受けているのかもしれません。さしずめ、“不景気風が吹けば弁当屋が儲かる”とでもいう心理的現象なのではないでしょうか。コメやおかずにこだわりながらも、本音は500円という魅力に惹かれる賢い消費者、この微妙な括りが差別化の隙間なのでしょう。

その証拠に、自宅から弁当を持参する人も増えているということです。つまり、こうしたしっかりものには、「安さ」も「美味しさ」もまだ届かないということでしょう。目聡い業者と賢い消費者のせめぎ合いが経済活性化のチャンスと考えれば、目減りしている所得も多少は有効に活用できるので、大いに歓迎したいものですね。

2008年12月27日

もみじマーク罰則撤回

警視庁は12月25日、75歳以上の運転者に表示を義務付けた高齢運転者標識(もみじマーク)について「努力義務」とし、当分の間表示しなくても取り締まらないことなど高齢者の運転支援につながる道路交通法改正試案を明らかにしたということである。もみじマークの表示は、昨年の道路交通法改正で導入が決まり、75歳以上の運転者に義務化された。

運転者の違反には行政処分1点と反則金4千円を科すとされたが、警察庁は、1年間は違反を摘発せず、指導にとどめるよう各都道府県警に通達していた。罰則を撤回した理由も明確に示されないまま、「デザイン変更」とか「努力義務」といわれてもにわかには納得しがたい。第一あのマークがどうして「もみじマーク」なのかピンと来ない。

あれはどう見ても、「かれ葉マーク」か「落ち葉マーク」にしか見えない。その点に関するお詫びがないのがとても気に入らない。また、「努力義務」とは一体どういう意味なのだろう。「義務」とつくからには、違反があるはずで、本来なら努力する義務を怠るとはどういう状態のことを言うのか、パブリックコメントすべきではないでしょうか。

2008年12月30日

いよいよ押し迫ってきましたね

つい先日、有名神社の初詣の話をしたような気がしていますが、ふと気がつくともうこんな時季になってしまいました。といっても、一体何が押し迫ったのかよくわかりませんが、こうして季節を感じることはたぶん大切なことなのでしょうね。例えば、大掃除をして新年を迎えるとか、来年こそはなどと心を引き締めることなどです。

子供のころは、冬休み、ご馳走、お年玉といったメインイベントが待っていたため、少しはオリコウに振舞おうかと考えたこともあったが、今はその反動がまるで古傷のように疼き出す。だがこれも浮世の義理、銀行の残高を気にしながらこれらに対する予算措置を講じることも楽しみの一つと思うべきなのでしょう。

それにしても早すぎませんか?太陽も地球もどこに行くという当てもないわけだから、あまり急がずにたまにはのんびりしたらどうでしょう。といっても、わが家もごたぶんに漏れず、正月早々から出動しなければなりません。このあわただしさがお正月を早く呼び込んでしまうのかもしれませんね。来年は無駄遣いをするために時間を節約します。

2009年1月14日

「三日坊主」ランキング

「日経PLAUS1」に、「1年の目標、立てていますか?」というアンケート調査の結果が載っていました。その中で「三日坊主ランキング?短期間で挫折したことは?」という問いに対する1位は、「日記をつける」、2位「腹筋・背筋など家庭内トレーニング」、3位「ダイエットする」、4位「家計簿をつける」、5位「節約してお金をためる」とい結果だったとか。

この結果を見てあまり違和感がないのはどうしてなのでしようか。たぶん、身に覚えがあるという潜在意識と元々目標は高く掲げるので、挫折するのが当たり前という穿つた考え方で、自分と妥協してしまう弱さの現われなのかもしれませんが、達成した人達もたくさんいることを思うと、ふがいない自分を弁護するのはうしろめたい。

ただ、成功した人と失敗した人の話を総合すると、単なる意思の強さよりもむしろ弱いことを自覚し、それをどのようにコントロールするかという工夫のうまい人が成功しているようです。そう考えると自分にもまだチャレンジする資格はある。そう前向きに考えるからこそ、めげずに1年の目標を立てるのでしょうね。

2009年1月26日

アウトレット店の賑わい

アウトレット店とは、「売り残り品や規格外の商品を格安で売る店。通常より二割以上安い店が多く、セール時は八割引きも珍しくない。衣料品やカバン、靴など雑貨が中心だが、家電や食器などを販売する店もある。十以上のアウトレット店を集めた商業施設をアウトレットモールと呼ぶ」という解説があった(H21,1,10日経新聞:消費の現場)。

わたしたちも改めてこの解説を読むまでもなく、アウトレット店とはそうしたものであるという認識は持っていたはずであるが、どうやらその認識が間違いであると思い始めてきた。というのは、あまりにも売上の伸びが大きいところを見ると、明らかに「売れ残り」や「規格外」の方が主役になっているように思えるからです。

デパートや大型店が売上不振に喘いでいるなか、アウトレット店だけが一人勝ちしているという現象は、こちらが主役で、既存店がアウトレット店ではないかと勘違いしてしまいそうになる。どう見ても結果的に売れ残った商品ではなく、最初からアウトレット店向けの商品として別枠で生産しているとしか思えません。

2009年1月27日

子供と携帯電話

子供が携帯電話を持つことや学校への持ち込みを巡り、議論が百出しているようですが、これをメリット、デメリットを挙げて議論するのはあまり意味がないように思われます。文明の利器というものはそれ自体そうした功罪を内包しているものですから、これを使用することを禁止したとしても非行の芽を根絶やしにはできない。

ダイナマイトや麻薬だってそれなりの存在意義があるわけで、これを悪用する側に問題があるのであって、これを全面的に使用禁止にした方がよいという議論にはならない。だからといって、「使う際のルールを理解させていないことに問題がある。使用する時間帯や料金などに制約を設ければよいのではないか」といった意見も殆ど意味がない。

ここはまず、子供たちにとって有害な使い方を徹底的にチェックして、これらに対応した使用ができないような限定機能付の機器を開発するよう国やメーカーに訴えるべきではないでしょうか。そうした要望が大きなニーズであることが確認できれば、開発する側も大きなビジネスチャンスと捉え、開発に一層力がはいるのではないでしょうか。

2009年2月 6日

「食育」の基本精神

「食育」を推進するために、国、地方公共団体等の責務並びに基本の施策を定めた、「食育基本法」が2005年6月に成立し、同7月に施行されている。「食育」とは、様々な経験を通じて「食」に関する知識とその内容を理解し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることとされている(イミダス2007)。

2月2日日経新聞の「数字は語る」欄に「食育」に関するアンケート(小中学生などの保護者約1500人対象のベネッセ教育情報サイト2008年7調査)結果が掲載されていました。それによると、食育への関心が「とてもある」「まあある」との回答が計約8割に上ったが、食育に関心はあるものの「時間がない」ために実践できないと答えた保護者も半数ある。

「知識がない」という答えも2割以上を占めている。核家族化が進み祖父母などから知恵を受け継ぐ機会が少なくなったせいか、家族や親戚から食育の情報を得ている保護者は473人にとどまったという。子供に対する食育は、心身の育成や人格形成に大きな影響を及ぼすだけに、保護者の自助努力に任せておくわけには行かない。

2009年2月 7日

過ぎたるは、なお及ばざるが如し

青森県の日本海側では、ハタハタの漁獲量が33年ぶりに1000トンを超え、前年の8倍となったという。適度の豊漁であれば、消費者も冬の味覚を存分に味わえると喜ぶところなのでしょうが、前年の8倍ともなるとさすがに新鮮味が失われてしまうのでしょうか。市場価格はどんどん下がり、子持ちの雌でさえ1キロ百円(浜値)を割ることがあったとか。

ハタハタと言えば、「秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ」と秋田音頭にも謡われたぐらいで、秋田の文化そのものなのですが、かつては、豊漁が続き、捕れすぎで価格が暴落し、今年の青森のように「箱代にもならない」といわれるほど豊漁貧乏が続いた時期もあったが、開発による海洋環境の変化と乱獲などにより漁獲量は激減した。

秋田県では、平成4年から3年間に亘り自主禁漁に踏み切る一方、稚魚の放流に力を注ぎ「育てる漁業」を実践してきた。その努力の結果がこのような形で表れようとは思っても見なかったことでしょう。「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」とはこのことで、ほどほどであることの難しさを改めて感じさせられました。

2009年4月20日

明治29年以来の民法改正

本日(平成21年4月19日)の日経新聞に、「民法、抜本改正へ」という記事が掲載されていました。改定のメインは契約ルールの全面改訂のようですが、「過失の有無」を重視してきた考え方を「契約を守れなければ一定の責任が生じる」という原則に改めるとあった。しかし、交通事故などでは「無過失責任」は最早常識となっている。

法律は人を助けるためにあると習った覚えがあるが、実際社会では、弱者の権利を踏みにじるために活用されている傾向が強い。例えば、契約の趣旨に反する行為(あるいは不作為)があったと感じるときに、本来はまず契約の当事者同士が真摯に向き合い、徹底して話し合いをすれば解決できる問題でもすぐにこじれてしまう。

なかにはクレーマーなるやからも存在するので、十羽一からげで論じるのは乱暴かもしれないが、とにかく、「文句があるなら裁判を起こしなさい」といわんばかりの対応が目に付きます。自力救済が禁止されている法体系のなかで、一々裁判を起こさなければ解決がつけられないというのでは、法治国家ではなく放置国家ではないでしょうか。

2009年5月 2日

高速道路の料金の値下げ

どこまで行っても高速道路の通行料金が1000円とはありがたい。お蔭様で遠出をする人もだいぶ増えているようですが、家計の収支勘定にはどれだけ貢献しているのでしょうか。高速道路の通行料と車の燃料費は、これまで目の上のタンコブ的存在でしたが、今は医者と坊主のような関係になったような気がします。

高速道路の通行料が安くなったメリットは、これまでと同じくらい車を走らせた場合のもので、現状のように車の走行距離を伸ばせば、燃料費がかさむのは当然すぎる理屈です。しかし、われわれにとっては屁理屈でしかありません。所得が減った分物価が安くなっても、消費マインドは一向に上がらないというのと似ていますね。

高速道路の通行料などは、価格弾力性が強い最たるものであることが証明されたわけですが、「必要だから使わざるを得ない」という合理的思考と「安いから利用しないのは損だ」という情緒的思考が同居しているところが、いかにも人間らしいですね。ただ、忘れてはならないことは、高速道路の通行料が安くなったのではなく、前売り券を買っていただけだったということです。

2009年5月30日

ご苦労様でした東関親方

ハワイ出身で元関脇高見山の東関親方が、夏場所千秋楽の今月24日を最後に本場所に別れを告げた。ジェシーのニックネームで親しまれたあの高見山も6月16日で65歳になるというから、正に「光陰矢のごとし」といった感じですね。「ほっとしている。でも寂しさもあるね」と彼らしい率直な言葉で感想を述べていました。

1964年2月に来日し、戦後初の外国人力士になった高見山は、72年の名古屋場所で外国人として初の幕内優勝を果たすなどの活躍を見せた。日本国籍を取得し、引退後は親方となって横綱曙らを育てた。19歳で角界入りしてから45年あまりを振り返り、「まさかココまで来るとは思わなかった。相撲は“彼女”みたいなもんだね」とジェシー節は健在だった。

東関親方は「これからもテレビで相撲をみるよ。国技館に来た時は、升席はせまいから、いす席で見ようかな。」と笑って見せた。好きな言葉は、高砂親方から教わった「辛抱と努力」だという。あの明るいキャラクターの陰には、こんな日本人魂が息づいていたのかと思うと、日本人力士のふがいなさがやはり気になります。

2009年6月 9日

変貌をとげつつある道の駅

最近の大型店は、買物目的以外に訪れる高齢者が多くなっていることに気づきますが、道の駅でもこうした現象が顕著になってきました。道の駅といえば、高速道路のサービスエリアに相当するもので、車を運転中にちょっと立ち寄り小休止する施設というのが本来の役割だと思うのですが、実際には地元や近郷近在の高齢者であふれています。

地方は高齢化率が高いので、当然だといえばそうかもしれませんが、あれだけ広く取ってある駐車場は、地元住民の車で殆ど埋め尽くされています。販売施設で扱われている商品も、地元スーパーと殆ど変わりはなく、中央資本に追いやられた「落ち武者部落」さながらの店舗形態であるのがとても寂しく感じられます。

折角訪れたので、何か珍しいものを買い求めようと思っても、ここでしか買えないというものを捜すのに一苦労します。方々の店に出回っているため、価格帯も値ごろ感が無く、家に帰ってから、近所のスーパーで買った方がよいということになってしまい、その土地ならではの新鮮味が日増しに失われていくような気がします。

2009年7月11日

ボヤキ野村の粋な計らい

このところ勝ち星から見放されている楽天ゴールデンイーグルスですが、ホットなニュースを紙上に見つけました。難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)のため車椅子生活を送っている仙台市の会社員沼田早苗さん(24)が8日、クリネックススタジアム宮城で行われた楽天ゴールデンイーグルス対ロッテ戦で始球式に挑みました。

数日前の新聞(河北新報)では、「障害のある人たちに少しでも楽しい思いをしてもらおうと企画している」として、監督自らが沼田さんをマウンドまでエスコートすると報じられていました。しかし、練習を終えて帰宅する予定の田中マー君をベンチで呼びとめ、「協力してくれ」と依頼したことで往年のキャッチャー野村が実現したとのこと。

顔を見ると文句を言われそうな「小言コウベイ」の野村監督には珍しい粋な計らいに、球場も和やかな雰囲気に包まれました。勝負の世界にもこうした潤いがあってもいいと考えたのか、それとも、これをきっかけにチームの沈滞ムードを払拭しようと考えたのかは知る由もありませんが、価値ある一球となったことは間違いなかったようですね。

2009年7月20日

三宅一生さんの勇気ある決断

世界的なデザイナーで知られるあの三宅一生さんが、7月14日の米紙ニューヨーク・タイムズに、7歳の時に広島で被爆した体験をあかし、「核兵器なき世界」を訴えたオバマ大統領に広島訪問を呼びかけたという。三宅さんは、今まで被爆体験を話すことは殆どなかったが、オバマ大統領の言葉が「私の中に深く埋もれていた何かを呼び覚ました」と述べた。

三宅さんは、原爆が投下されたときの「真っ赤な閃光に続いて黒い雲があがり、人々が逃げまどう」風景が今も目に浮かぶと記した。放射線を浴びた母は後になくなったとのことです。8月6日に広島で開かれる平和式典への大統領の出席は、核廃絶に向けた「現実的で象徴的な一歩になる」と力強く訴えています。

このきっかけになったのは、オバマ大統領が今年4月に、訪問先のプラハで、核廃絶を希望するという演説であったという。このプラハでの演説に感銘を受け、オバマ大統領に手紙を送ったのだそうです。一つの演説が胸を揺さぶり、これまでの心の封印を解き放し、生き延びる者の、発言する「責任」を呼びおこしたのでしょう。

2009年8月 8日

招き猫の由来

7月26日の読売新聞(Y&Y日曜版)に、招き猫のゆかりの寺である東京・豪徳寺の話が載っていました。昔、寺が貧しかったころ、和尚は猫を可愛がり、自分の食事を分けていた。ある夏の日、武士の一行が「寺の前を通りかかると、猫が手を挙げて招くので、しばし休憩したい」と訪ねてきた。するとたちまち激しい雷雨が。

感謝した武士は彦根藩二代藩主井伊直孝で、以降、寺は井伊家の菩提寺となり、多くの寄進を受けた。三重の塔を見上げると、干支の彫刻と並んで招き猫が、そして、お堂の奥の奉納所には、大小様々なの招き猫が並んでいる。更にその奥の墓所には井伊直弼など井伊家の人々が眠っているという、由緒ある寺が招き猫のルーツだったというわけです。

招き猫は、右手は金運、左手は人(客)を招くなどといわれるが、豪徳寺の真っ白な招き猫は、右手を挙げ、すっきりと上品なイメージだそうです。小判を持っていないのは、猫はよい機会を与えてくれるもので、お金など結果は人間の心がけ次第との教えだとか。ちなみに当店の看板「招き猫」は、右手に「笹かまぼこ」を持って、お客様を招き入れるスタイルをとっています。結構よい心がけだと思っているのですが?

2009年8月14日

忘れていませんか?日本の心

以前に特定非営利活動法人江戸しぐさ理事長の越川礼子さんによる「江戸しぐさ」のことをこのブログで紹介させていただいたことがありました。お互いにちょっとした気遣いや思いやりがあれば、人間関係に潤いができ、お互いに気持がよいものですね。こうしたしぐさが礼儀や作法の根底にあるのではないでしょうか。

当店では、お客様に対するささやかな心遣いとして、「トイレはいつもきれいに」をモットーにしております。お客様から、「トイレがきれいですね」と声を掛けられると、小さな拘りが報いられたようで、従業員もとても励みになっていますが、中には心ないお客様もあり、正直いって憤りを感じることもしばしばあります。

生理現象は緊急を要することもありますので、ご使用いただくのはやぶさかではありませんが、「トイレを貸してください」という声はあっても、「ありがとう」という言葉がないのにはがっかりします。わたくしたちはお礼の言葉が欲しいのでもなければ、商品を買わずにトイレを使用したことをとがめているわけではありません。「おかげさま」という日本の心が廃れていることを憂いているだけです。

2009年9月 4日

今年の夏は2回ありました

毎年甲子園の熱気が冷めると、足早に秋がやってきますが、今年は熱い戦いの中に爽やかさを感じる場面がありました。横浜隼人高校と対戦し、完投して勝利を勝ち取った花巻東高校の菊池雄星投手の勝利インタビューです。「これまでも練習試合で対戦し、ずっと横浜隼人のようなチームになりたかった。きょう勝てて、少し近づけたかなと思う」。

並の大人ではこんな謙虚なセリフはめったに言えない。日本の心ここにありと感じたのは、花巻のフアンばかりではなかったでしょう。その後も熱い戦いが続きましたが、2度目の夏とはこのことではありません。例の衆議院議員選挙のことです。この戦いはいつになく暑苦しく、折角訪れようとしている秋を寄せ付けない熱気がありました。

今はそれも去り、落選候補者にはひとしお秋の風が身に滲みていることでしょう。わかっちゃいるけどやめられないというか、懲りない面々というか、相も変らぬ“連呼 連呼”は必ず訪れる天下の秋など眼中になかったのでしょう。捲土重来を期すのであれば、高校球児のような謙虚さを身につけるというのはどうでしょうか。けっこう妙案だと思うのですが。

2009年9月25日

伝えたい先人の技術?その1

古い建物を解体して新しい家に蘇らせる匠が大崎市鳴子にいます。その名は、「古遊工房(有)遊佐建築」です。解体から施工まで一貫して手掛けるのが特色ですが、解体時は柱や梁の状態を確かめながら一本一本はずしていき、施工時にはその逆の工程で丁寧に組み上げていく。先人の技術を未来に継承して百年先の古民家を目指しているという。

「古い民家や蔵を解体するときに現れる木組みを目にすると、当時の職人の技や知恵に敬服してしまいます。その土地によって木組みも違うし、それぞれの地域独特の文化がある。こうした日本の伝統技術は絶対になくしたくないし、決して古くさくない。むしろカッコイイと思いますね」と古遊工房の遊佐社長はいいます。

移築再生した母屋と、新材による伝統工法で新築した下屋部分から成り立っているあるお宅の場合、新しい材料には山形県金山杉を使用しています。日本家屋はとかく「狭い・暗い・寒い」というイメージがあるようですが、解放感あふれる吹き抜けなど明るさにも配慮した設計によって、重苦しさを感じさせない空間を作り出しています。

2009年9月26日

伝えたい先人の技術?その2

家の外観は移築再生と感じさせないほど、現代的でスタイリッシュです。これまで120年生きてきた蔵は、これからもう100年生き続ける命を得たことになるわけです。ひとくちに古民家再生といっても、現地再生、移築再生、古材利用による再生などパターンは様々ですが、古遊工房では再生のほか、新しい木材を使って伝統工法で建てる新築も手掛けています。

新築の住まいの中に、1世紀以上生き抜いた栗・松・欅など趣ある古材をセンスよくデザインすることで、これまでにない新しい日本民家のスタイルを提案しています。また、思い出の詰まった古い建具や民具のリメークをはじめ、漆、左官、ガラス、鉄などの工芸品を組み込んだアーテステックな住まいも可能だということです。

「古くなった実家を何かに生かしたい」「古民家のような造りに興味がある」という方は、是非一度相談してみてはいかがでしょうか。一見ボロボロ見える家でも、実は柱や梁がしっかりしていれば、匠の技で古民家のよさを生かした近代建築に生まれ変われます。100年たっても大丈夫な家は、所有者ばかりではなく国の宝ものにもなります。

2009年12月23日

目に余るキャリーバッグ?パート?

昨日某テレビでキャリーバッグによる被害が話題になっていました。実は私も平成20年2月26日に、「はびこり過ぎていませんか、キャリーバッグ」というタイトルで、取り上げたことがありました。テレビではバッグにも問題がありそうな内容でしたが、私に言わせれば、持つ人のマナー以外の何物でもないような気がします。

車を運転している時は、車のボディーが自分の体とういう意識を持って運転しているので、そう年中ひとにぶつかることはないはずです。キャリーバッグを持ったときも基本的には同じことで、自分の体の一部がはみ出しているという認識があれば、他人にかける迷惑もかなり防げるはずではないでしょうか。ついうっかりなどというのは言い訳にすぎません。

それが証拠に、キャリーバッグを持った人が電車やバスに乗り込むとき、自分の体だけ乗ってキャリーバッグがドアに挟まれるという光景はついぞ見かけないからです。つまり、その時は自分の体の一部と認識しているからではないでしょうか。それなれば、人ごみの中では、変形した体が他人に迷惑をかけていることを意識すべきなのではないでしょうか。