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わが家のムサシ の記事

2008年04月20日

ムサシ(うちの愛犬)との出会い

「ムサシ」がわが家にやってきたのは、今から13年前の平成7年夏のことであった。ちょうどその頃はお盆で高校野球の決勝戦が行われていた時で、特に熱かったと記憶している。生まれて1ヶ月ほどの黒いラブラドールレッドリバーで、無邪気そのものでしたが、私はその当時、知る人ぞ知る大の犬嫌いでしたので、すぐに持ち主に返してきなさいと怒鳴りたてましたが、子供たちも家内も全く取り合ってくれませんでした。

後でわかった事ですが、私の犬嫌いを説得するのは難しいので、既定事実をつくってしまうことで突破しようと企てたらしいのです。私にしてみればそのことも許しがたいので、益々エスカレートして返却を迫りました。何しろ、そばに犬が寄ってくるだけで心臓が止まりそうになるほどの犬アレルギー(と思っていた)でしたから、家で飼うことなど認められるわけがなかったのです。

そんなわけで、多分20日間ぐらいは毎日同じことを言い続けたと思うのですが、家族は相変わらずだんまりを決め込んで、共同戦線を崩そうとしません。ケーキの箱に入れられて我が家を訪れた彼(後のムサシ)は暑い盛りなので体調を壊してはいけないということで、冷房をつけて添い寝するという可愛がりようでした。そうこうするうちにどんどん成長し、やんちゃな盛りを迎えると、この私にまで何かとおねだりをするようになって来ました。

このシリーズは原則毎週1回日曜日に投稿します。

2008年04月24日

ムサシと命名

私は相変わらず、家で犬を飼うなどもってのほかと主張し続けましたが、多勢に無勢とはこのことでついに認めざるを得ない状況に追い込まれてゆきました。「ムサシ」という名前は家内がつけたもので、何でも、この子は両手を器用に使うので、二刀流の宮本武蔵にあやかり、そう命名することになったのです。その頃には私もムサシの可愛さにすっかり毒されてしまい、反対する気持ちは徐々に薄れてきたように思いました。

その矢先、大問題が発生しました。我が家はこの年(平成7年)に新築したばかりでしたが、ムサシのやんちゃぶりは目にあまり、家中の家具という家具をカジリまくり、引っかきまくり始めたのです。私は主に自宅で仕事をしていますので、この調子で振舞われたのでは仕事に支障をきたすと思い、何か対策を採らなければと考えました。

さんざん思い悩んだ挙句、彼をわが家の住人と認めてしまった以上、何とかうまく付き合うしかないという結論に達し、彼を理解することに力を注ぎました。そのせいではないと思いますが、彼の傍若無人ぶりは間もなく納まり、おまけに、四六時中家にいる私を慕うようになり、私が面倒を見る羽目になってしまいました。

このシリーズは原則毎週2回、木曜と日曜日に投稿することに変更しました。

2008年04月27日

みーらとりがみーらに

ムサシがわが家に来て数ヶ月が過ぎた頃には、すっかり彼と仲良しになってしまい、何時しか率先して面倒をみることが苦痛ではなくなっていたことに気づいたのです。ムサシはそんなことにはお構いなしで、全幅の信頼を寄せているようなので、こちらもそれに応えなければ義理が立たないとでも思ったのかも知れません。

そんな姿を横目で見ながら、彼の面倒を見るのはお父さんが最適とばかり、次々難題を押し付けられるようになりました。小さいときの彼はあまり散歩が好きではなかったようで、外に連れ出しても門の外に出たがりませんでしたが、さすが根っからの犬好きだけあって、家内は散歩に連れ出すのだけは得意だったようです。

そんなある日のこと、家内が仕事の関係で海外旅行に出かけることになってしまいました。予想していたことではありましたが、年に4~5回程度海外に出かけることを思うと、どうしても散歩を私の手でさせなければと思い、思い切って、外に連れ出してみました。すると、何の抵抗もなく、すたすたと歩き出したではありませんか。

2008年05月01日

それからというもの

散歩ができることがわかったことで舞い上がってしまったのでしょうか、たった一つ残っていた気がかりな事が解消したものですから、まるで犬博士にでもなったような気分で、次々に彼の特性を分析し、博識ぶりを披瀝した覚えがありますが、当のムサシは、日に日にわが家の住人としての、風格のようなものが感じられるようにまでなっていました。

私の記憶では、その年は結構雪が多く、本来は散歩を控えるべきだったのかも知れませんが、何しろ彼が積極的だったので、私も二つ返事で応じるというパターンで、何とか冬場を乗り切ることができた。今にして思えば、この自信が私の親ばかを確定的なものにしたような気がします。もちろん、今はそれを誇りにさえ思っています。

見る見るうちにムサシは体が大きくなり、全身クロビカリする立派な成犬に育ち、二人のコンビ(正確には一人と一匹ですが)は益々好調で、朝、昼、晩と散歩にでかけることが日課になっていました。散歩の途中で出会う相当犬好きと思われる人からも、“毎日、3回も散歩するのですか”と驚かれましたが、そうですと胸を張って答えました。

2008年05月04日

涙が止まらなくなった出来事

ムサシは、幼い頃はとてもやんちゃでしたので、昼間など家族が留守をするときは、茶の間にスチール製の囲いを設けましたが、3日と立たないうちになんなく乗り越えてしまうようになり、結局この作戦は失敗でした。そこで、庭中を人工芝で埋め尽くすことで、彼の活動範囲を広げようとしました。

これは、家に入るときに足を洗う際、かなり手間が省けるというオマケもつき、珍しく家族から評価されたようです。しかし、これには十数万円の費用とかなりの手間がかかりました。なにしろ、30cm角のブロックを継ぎ足すものだったからです。しかし、これは意外と丈夫で、13年近くたった今でも殆ど健在で、結構約に立っています。

さて、立派な大人に成長したムサシは、性格は穏やかで人に噛み付く心配はなかったのですが、何しろ大型犬で声も大きいので、犬が嫌いな人には脅威だったようです。そのことは、つい最近まで犬嫌いだった私にはよく理解できました。そこで、むやみに吠えないようにするため、警察犬訓練所にしばらく預けることにしました。

2008年05月08日

いよいよその日が来ました

訓練所は、わが家のあるここ塩釜からおよそ4~50km離れた古川市の郊外にありました。そこのオーナーでもある訓練士の話によると、4ヶ月程度の訓練期間が必要ということでした。警察犬を目指しているわけでもないので、短期間コースというのはないのかと尋ねたところ、そんなものはないとにべもない返事が返ってきました。

やむなく預けることにしましたが、いざ彼を残して帰るとなると、ある程度覚悟はしていたつもりなのですが、とてもたまらなくなりキャンセルできないかと思ったくらいです。当のムサシも、よもや自分だけを残して私たちが立ち去るなどとは考えもつかなかったようです。泣き叫ぶ彼の声を耳にしながら、後ろ髪を引かれる思いで訓練所を後にしました。

それからというもの、私たち夫婦は、廃人のような数日間を過ごしたことは言うまでもありません。思い余って、訓練所に電話してみたところ、ムサシはすこぶる元気で、毎日訓練にいそしんでいるとのことなので、少し気持ちが楽になりまた。月日が経つのは早いもので、そうこうしているうちに面会できる日がやってきました。

2008年05月11日

同じ悲しみを再現する結果に

その日(面会の日)は晴天で、夏の盛りはとっくに過ぎたというのに暑い日でした。朝からそわそわしながら、前日に買い揃えたササミジャキーをどっさり車に積み込み、古川に向けて出発しました。このササミジャキーはむさしの大好物なのですが、他のワンちゃんたちにも食べてもらおうと思い、特別多く買い込んだものでした。

訓練所に着くと、私たちを見つけた彼は、ちぎれるばかりに尻尾を振りながら飛んできました。その後涼しい木陰で、持参したおにぎりを食べながら、数時間彼と一緒にすごすことができたのですが、やがて、また別れの時間がやってきました。彼を預けたときよりは多少冷静でいられるかと思ったら、とんでもない勘違いでした。

私たちが悲しい思いをすることもさることながら、彼を苦しめることがいたたまらなかったのです。そこで次の面会の日には、夜こっそりと覗くだけにしようと心に誓い出かけたこともありました。それでも鼻の利く彼には、頭かくして尻隠さずだったようで、結局見つかってしまい、夜這い作戦も見事に失敗してしまいました。

2008年05月15日

思わず躍り上がったあの日

多少は正気を取り戻した日々が過ごせるようになったある日、訓練所に電話してみたところ、今日はテストの日なのでこっそり覗きに来ないかといわれ、仕事をキャンセルして飛んで行きました。ただし、彼に気づかれるとテストが台無しになってしまうので、あくまで遠くから見るだけですよと、念を押されていました。

まるでこそ泥みたいな恰好で物陰から見ていると、やがて彼の番が回ってきたようで、固唾を呑んで見ていると、間もなく終了したとのことで、彼に面会できることになりました。そこで訓練士が私たち告げたことに飛び上がって喜びました。「実は今日のテストは最終のもので、これをクリアーしたので、本日ですべての訓練は終了した」とのことでした。

さらに詳しく話を聞くと、ムサシの点数は98点ということでした。このマイナス2点は、私たちの存在に気づき、一瞬よそ見をしたためということでした。予定より2ヶ月も早く訓練が終了したという喜びよりも、今日ムサシをつれて帰れるという喜びの方が100倍も勝っていたことを今でもはっきり覚えています。

2008年05月18日

名実ともにわが家の家族となったムサシ

人間は全く身勝手なものですね。大の犬嫌いだった私が、犬を嫌いな人は変な人と思うようになり、4ヶ月必要な訓練を2ヶ月で終えたことをあんなに喜んだのに、冷静になってみると、半分の訓練費用の返却はないのだろうか、などと急に計算高くなったりする。でも、それではあと2ヶ月預かりますかといわれてはかなわない。

いよいよ訓練の成果を発揮するときが来たのだが、「つけ」とか「いけない」「伏せ」などは訓練する前からほぼ完璧だったので、取り立ててどうということはなかったが、それでも一応訓練を受けたという安心感がもてるようになったため、いくらか気持ちにゆとりができたように思われ、快調に散歩ができるようになってきた。

この頃になると、ムサシはすっかり落ち着いて、毎日3回の散歩を心待ちにしているようであった。家にいるときは寝ていることが多いのですが、二階の寝室にも自由に出入りするようになったので、彼の好きなコーナーに長い座布団を敷いてあげることにした。もちろんその発案者はこの私ですが、サイズもちょうどよく私も彼も満足しています。

2008年05月22日

遊びの達人ムサシ

この頃のムサシは散歩に連れ出すと、門の外で少し立ち止まり、散歩のコースを決めているようでした。左へ行くと街の方を目指すことになるが、右へ行くときは「クリスビー」や「ボール遊び」がしたいときである。「ムサシ」と家内が名づけただけあって、どの遊びも器用にこなしたが、家に帰っても綱引きをするようせがむなど多彩な遊び人(犬)であった。

彼と遊ぶことは楽しいけれど、仕事をしなければならないので、適当に切り上げたいのだが決して許してくれない。時には、いい加減にしなさいと叱ったりもしたが、全く意に解さず、仕事をしている私の机の下にもぐりこみ、盛んにおねだりをするという具合であった。それがまた、より一層私を彼のファンにしてしまったのである。

そんなわけで、遊びの合間に仕事をするという、極めて優雅な生活習慣が身につき、人もうらやむ「散歩おじさん」に変身したのである。しかし、忙中閑ありというのはこういうことをいうのでしょうか。何時しか彼と付き合う時間を捻出するために、仕事を効率的にこなすテクニックが身についていったような気がします。

2008年05月25日

ライフスタイルに組み込まれた散歩

正直言って最初の頃は、散歩に割かれる時間は痛かったが、仕事の都合で帰りが遅くなっても、ムサシは決して不満を漏らすことはなく、遅くなっても散歩ができれば上機嫌であった。この寛容さは私にはなかったのでとても勉強になった。そのお返しの意味で、私もどんなに帰りが遅くなっても、彼が望めば必ず散歩に出かけることにした。

疲れているときは少々きつかったが、やがてこれが一番の幸せであると思えるようになっていったから不思議である。それは多分、常に自分を待っていてくれる彼がいて、それに応えることができたという充実感なのでしょう。つまり、こんなことができるのは、私だけに与えられた特別な権利だと思えたのである。

そこには発想の転換などという非理屈は必要なかったし、こんな贅沢な時間を持てる自分が誇らしかったに過ぎないのだが、それでも、私にしてみればこれまでに経験したことのない不思議な感じで、最早自分のラスフスタイルの中にしっかり根付いていた。これがまた、彼との絆をより一層強靭なものにしたような気がしている。

2008年05月29日

市中見回り開始

訓練所を見事主席で卒業したムサシは、散歩をするときも胸を張って堂々と行進し、たちまち人気者になりました。子供たちから、「噛まないですか」と聞かれると私は自身をもって「噛まないよ」と誇らしく答えると、ムサシの体にさわりながら可愛いといってくれます。彼にとっては多少迷惑なようでしたが、これも市民義務と心得ていたようです。

こうして正式に塩釜市民として認知されたためか、行動範囲は日増しに広くなり、隣の多賀城市にまで足を伸ばすようになり、ますます知名度を向上させることになっていったのです。それでも、中にはかつての私以上に“犬音痴”の人がいて、これは土佐犬ですか?とか、はなはだしい人は、これは熊ではないのですか?などと言われこともありました。

このようなキツイ冗談もなんのその、ムサシとの絆はどんどん深まり、冬場には私のベッドに潜り込むようになりました。彼の寝床は、私たちのベッドの横に用意してあるのですが、寒くなると「入れてくれ」と合図するのです。その道の識者に言わせると、それは行過ぎた行動だといいますが、そんなことは全く意に介しませんでした。

2008年06月01日

花火が苦手なムサシ

ムサシがわが家に来たのは暑い盛りではありましたが、季節としては夏の終わりに近かったため、地元の夏まつりなどはとっくに終わってしまった時期でした。実質的に1年目を迎えたある日のこと、ちょうどその日は塩釜の港祭りの日で、夜は花火大会があるということだったので、ムサシにこれを見せてあげようと思ったのです。

人ごみを避けて少し離れた裏の公園に陣取り、花火の開始を待ちました。いよいよ点火され音が鳴り出した途端、ムサシは狂ったようにおびえて木陰に逃げ込みました。その様子が尋常ではなかったため、花火が止んだ一瞬の隙間を縫って早々に逃げ帰ったのですが、それでも震えがとまらなかったので、押入れに入れて布団をかけてやりました。

そういえば、彼の苦手はどうやら大きな音のようです。商店街を歩いているときも、シャッターの閉まる音を極端に嫌っていたのも同じ理由だったようです。そうだとすれば、花火のあの音は、彼にとって天地がひっくり返るような衝撃だったに違いありません。まだまだ理解が足りなかったことを反省させられた一日でした。

2008年06月05日

ムサシの賢さ再発見-その1

シャッターの音を怖がるムサシは、臆病でその名に相応しくないのでは?と思った時期も正直ありました。しかし、よく考えてみるとそうではなく、争いや殺生が大嫌いな平和主義者だったことに気づきました。その証拠に、自分の比ではない小さな猫に威嚇されても、遠回りするしぐさは、相手を気遣っているためであるように思えたからです。

そのことを彼に尋ねてみたのですが、はっきりその通りだと答えました。そんな馬鹿な?とお疑いの方は直接聞いてみてください。ただし、彼の言葉が理解できる人に限ります。なにしろ日本語ではありませんから。落語めいた話はこれくらいにして、本物の“親ばか”の話が今日のメインテーマで、前段の話はそのプロローグに過ぎません。

彼が散歩を大好きなことは言うまでもありませんが、毎日あるいは、今このときの散歩コースを熟慮して、出した結論に基づき散歩をするという拘りについて紹介したいのです。こちらが、その方針に沿わないコースを強引に選択すると、真っ向から拒絶する姿勢はとらないのですが、最終的には思いを遂げるように私を仕向けるという技があります。この秘策については次回じっくりお話します。

2008年06月08日

ムサシの賢さ再発見-その2

戦わずして勝とはこういうことをいうのでしょう。ムサシは多少自分の意に沿わなくても、一応は、私の方針に従い歩き出すのですが、ふとした隙に方向転換をして自分の意思表示を明確にします。始めは拒絶していた私も、こうした行動を何度か繰り返しているうちに、それほどまでに望むなら、という気分になり、というより気分にさせられ、ついに彼のペースに巻き込まれてしまう。

これがまた何とも平和的な解決のような気がして思わず笑ってしまいました。こっちへ行きたいのだが、オヤジがそういうのなら仕方がない。しかし、やっぱりこっちへ行きたいというのは、彼が私に対して発する強力なメッセージだったのです。つまり、こっちへ行くのがそんなに不都合なことなの?といっているわけです。

私の出した結論に特別逆らうでもなく、これといった理由もないのに意固地になっている私にとって、これほど痛烈な批判はなかったのです。すなおになれよオヤジ!「そうすれば僕も楽しいし、あんたも少しは大人になれるよ」と諭しているようでした。なるほどこれは使える、人間関係に応用できる、と小躍りしたことが思い出されます。

2008年06月12日

フンとり名人の称号取得

わが敬愛するムサシが、単なるペットとして粗雑に扱われることを極度に嫌った私は、社会に迷惑をかけることを避けなければと考えるようになりました。というのも、犬嫌いな人にとっては、ところかまわず排泄をする行為は特に許せないようです。このことに関しては全く同感なので何とかしなければと常々考えていましたが、ついに一つの結論に達しました。

これまでは、そのつどフンを紙で取り回収していましたが、これでは不十分なので、ホームセンターで見つけたバッグを買い求め、これを腰に巻きつけてポリ袋を忍ばせるというスタイルで散歩に出かけることにしました。ちょうどこのスタイルは山菜とりのかっこうで、家族からはあまり受けなかったと記憶しています。

しかし、実際にはこのスタイルが一番合理的で、彼が構えると事前にポリ袋をお尻に当てることができるので、100%確実にキャッチできるのです。他の散歩仲間からは「上手ですね」と賞賛されましたが、残念ながら普及は全くしていません。でも、それからというもの、私もムサシも犬嫌いの皆さんから一応敬意を表されるようになりました。

2008年06月15日

暴漢に襲われたムサシ

彼との楽しい日々が続いたある日のこと、すっかりコミュニケーションが取れるようになったという安心からでしょうか。いつものように公園に出かけましたが、早朝であることもあり油断してムサシの首からリードを離してしまいました。誰もいないのでのんびりと自由に遊ばせてやりたかったからです。それが一生の不覚でした。

どこからともなく、ムサシの倍もあろかというシェパードが飛び出してきて、いきなりムサシの背中に噛み付いたのです。幸いたいした傷は負いませんでしたが、相手の飼い主の言葉が許せなかったのです。お互いに離したのだから痛みわけだというようなことを言ったからです。私は烈火のごとく怒り相手の飼い主ばかりか犬にまでも噛み付く勢いでした。

この時ふと思ったのですが、何故ムサシは私の陰に隠れようとしなかったのだろうか?頼りにならないと考えたのか、それとも、私に危険がおよぶと考えそれを避けようとしたのか?彼に何度も聞いてみたのですが、未だに答えてくれません。それはともかく、その後、件のシェパードの飼い主はムサシには決して近づかないようになりました。

2008年06月19日

アツモノに懲りてナマスを吹く慎重さ

子供の喧嘩に親がでるのはおかしいと昔からよく言われてきたが、「犬の喧嘩に飼い主が出るなとは誰も言っていない」などと、勝手な理屈をならへながら、大人げなかったなどと反省するゆとりなど全くなく、怒り狂った毎日を過ごしたことをはっきり覚えています。というのも、その後、ムサシは大きな犬に脅えるようになってしまったからです。

そればかりか、噛み付かれた場所には絶対に近づかず、一回りスケールが小さくなったようにさえ感じられ、ショックの大きさは想像以上だったのだと、いまさらのように悔やまれました。しかしそこはムサシの底力、“オヤジもう大丈夫だよ”と声高らかに宣言してくれました。相変わらずあの場所には近づかないが、元気になってくれたことが何よりでした。

それにしても、性懲りもない人間が溢れている社会にありながら、たった一回の学習で、全てを習得してしまうムサシはやはり只者ではないと改めて思った。私がムサシをそう褒め称えると、周りの人は決まってこういいます。「犬は人間の3歳程度の知恵がある」と、しかし、私に言わせれば、「人間が犬の3歳ぐらい知恵がある」というのが本当です。

2008年06月22日

さすがにこたえる寝不足

「人間が犬の3歳ぐらい知恵がある」などというアマノジャクは、人間社会の常識からすると、到底受入れられないことぐらい承知しているつもりですが、少なくとも、人間が動物達を支配しているという驕りだけは許せないのである。多分その論理は、食べ物や安全は人間に依存していることは紛れもない事実であるというものでしよう。

どちらが知恵者であるか、偉いかを問題にしているわけではない。彼ら(犬達)の純粋さを人間の浅知恵で踏みにじってしまうことの恐ろしさを訴えたいのである。ムサシが私の布団に潜り込み、静かな寝息を立てているのを見ると、こんな取り止めのない葛藤が何故か毎晩繰り広げられるのである。それは今の幸せを確かめるため儀式のようでもあった。

確かに尋常ではない自分を認めざるを得ないのですが、現実に立ち返るとかなり次元の低い自分に気づき、ムサシの純な気持ちに申し訳ないようで、そのことを彼にぶっつけて見ると、そんなことはどうでもいいから、早く仕事をかたづけて散歩に行こうというのです。こんな毎日を繰り返しているうちに、さすがに寝不足になってしまいました。

2008年06月26日

至福のひと時

ムサシにとっても私自身にとっても、散歩は至福のひと時には違いないのですが、それにもまして、茶の間でくつろいでいるときの彼の姿を見るのはまた格別です。散歩から帰るとまず玄関で家内が迎えてくれ、ぬるま湯を8分目ほどにはったポリバケツでまず足を洗います。何しろ同じベッドに入るのでできるだけ丁寧に洗います。

足を洗うのは家内の役割と決めていたわけではないのですが、自然と分業体制が出来あがっていたのです。この作業中のムサシの態度はまさにお殿様級です。というのは、足を洗う際全体重を家内のひざに預けるのです。そのしぐさが、「オレは散歩で疲れている。よきに計らえ」とでも言っているようで、とてもユーモラスでした。

私たちが寝るのはかなり夜もふけてからなのですが、大抵の場合、自分で二階の寝室に登って行き自分のベッドに入ります。私の行くのが遅くなると呼ぶこともありますが、普段は私のベッドに乗っかっているので、私もそのまま彼を起こさないようにして一緒に布団に入ります。これが一日を締めくくる至福のひと時です。

2008年06月29日

ムサシの変な癖

ムサシは体温が高いので、せっかく私のベッドに潜り込んできても、そう長く滞在しないのです。ただ、一晩に何回も出入りするので、そのたびに布団をめくり上げなければならないのですが、それでもきてくれることが嬉しくてたまりません。しかし、この時の動作が少し変なのです。明け方になるまでは何回入ってきても、顔を私の足の方にむけます。

空が少し明るくなり始める頃になると、今度は顔が私と並ぶ位置に入ってくるのです。私はこのときとばかり、腕枕をしようと思うのですが、そうは問屋が卸してくれません。何故かくるりと頭をかわし自由なポジションに逃れるのです。このことについては彼に改めて聞かなくてもわかるような気がします。たぶん束縛されるのが嫌なだけなのでしょう。

しかし、このスタイルになると落ち着くのでしょうか。私がベッドを離れるまでぐっすり寝込んでいることも結構あります。私としてはトイレにも行きたいし、ムサシと離れたくはないしで悩むのですが、生理現象には勝てず起きることにすると、彼も必ず私に従っておきだします。こんな小さなドラマが何故か飽きもせず延々と続いているわが家なのです。

2008年07月03日

ムサシのこだわり-その1

ムサシに散歩の主導権を奪われた話をしましたが、彼のこだわりはこれに止まりませんでした。例えば、私が仕事で外泊した次の日は、散歩の時間を多くとるように要求します。それがまた見事な帳尻あわせで、1回サボれば1回分を次の日に罰として科せられますし、2回の場合はその次の日にかけて償わされます。一体どうやって計算するのでしょうか?

もちろん最初は気のせいだと思っていたのですがどうも本物のようです。ちなみに、代役として家内や息子が必ず散歩に付き合うのですが、これを私のポイントとして数えてくれないらしいのです。この法則に気づいてからは、散歩時間の清算も念頭に入れて時間調整をするようになり、この予測がぴたりと的中すると、妙に納得するからおかしいですね。

このことを彼に聞いてみると、「犬は人間のようにいい加減なことはしないのだ」といいます。また一つ勉強になったと思わず苦笑いしてしまいましたが、信頼関係を確かめながらさりげなく主張するあたりも見事なものです。明日はどんな哲学が学べるかとても楽しみですが、まだ先日のツケがたまっているので、少し憂鬱な気分も入り混じっています。

2008年07月06日

ムサシのこだわり-その2

この頃のムサシは、わが家の主導権をすっかり握ってしまい、自分居場所は私たちから与えられるものではなく、自分がかちとったモノと思い込んでいるようです。それはそれで特別異論はないのですが、そのしぐさがあまりにも板についているのを見ると、いささか滑稽に思えることもありました。例えば車に乗るときの動作です。

ムサシは小さい頃から、車に乗せる時はいつも助手席でしたが、そのときの都合で後ろの座席でも特別もんくを言うわけではなかったのですが、最近は、ほかの人が助手席に座ろうとすると決して許さないのです。といっても、威嚇したりもんくを言うわけではありません。相変わらず黙っているだけなのですが、そこは僕の席だと主張するのです。

ムサシのこうした主張に応えることでしか愛情を示すことができなかった私ですが、彼の方は、どんどん態度が大きくなり、我侭が増徴するという態度は全くとらないのです。いわば限度をわきまえた小さな主張に過ぎなかったわけです。当然のことながら、ブランド物の洋服や車をせがんだりするようなことはありません。

2008年07月10日

少しドジな一面も

「ドジで、間抜けで、おっちょこちょい」は落語や浪曲の世界の登場人物ですが、実はわが家のムサシも少しドジな一面を持っていました。一方では石橋を叩いて渡る慎重さがあるかと思うと、他方ではよそ見をしながら歩いて電柱にぶつかったり、足を踏み外して側溝に片足を突っ込んだりすることがあります。

なにしろムサシは体が柔らかいので、そうした場合でも怪我をすることはありませんでしたが、さすがに自分でもふがいないと思うらしく、反省する態度がおかしくもあり、私にとって勉強にもなりました。どういうとろが勉強になったかといえば、私と違って、失敗をするとすぐに反省する謙虚さについてです。

ある意味でドジとドジが揃って散歩に出かけるわけですから、もしも交通事故になど巻き込まれて、責任のなすりあいをしても始まらないので、結局私の方が重装備することで対応することになったわけです。ただ、先日も申し上げたように、学習効果を発揮する速さは私など足元にも及びません。同じ過ちは決して犯さないのです。

2008年07月13日

ムサシの嘆き

わが家の近くに「マック」というワンちゃんがいました。その兄弟だというワンちゃんと朝夕の散歩でよく出くわすのですが、このワンちゃんの飼い主がまた実に優しい人です。名前はつい聞き漏らしたのですが、何でも、この前の飼い主が突然引っ越すことになり、実家(ワンちゃんが生まれた家)に帰されたのだそうです。

そこには親犬もいたのですが、里帰りしたワンちゃんと性格が合わなかったのだそうです。ある日のこと、その人(今の飼い主)が仕事を終えて家に帰ったところ、そのワンちゃんが元の自分の家の前でうずくまっているのを見つけたのだそうです。かなり遠くから何日もかかってやっと辿り着いたらしく、かなり衰弱していたということです。

可愛そうに思ったその人は、迷わず自分の家で飼うことにしたということです。わが家のムサシにはそんな思いは絶対にさせないと堅く誓ったのはもちろんですが、数奇な運命をたどったこのワンちゃんにも、精一杯のエールを送りました。こんな悲しい思いをさせた人にも色々事情はあったのかもしれません。しかし、家族であるワンちゃんを粗末にしては絶対にいけません。

2008年07月17日

だれに似たのか淡泊な性格

ムサシは友達の性格などは全く気にせず、擦り寄ってくるワンちゃんにはとても優しく接するので、私たちにとってはこれも自慢種でした。しかし、やっぱり自分の好みがあるらしく、相性のいいワンちゃんの家には足しげく通いましたが、塀の外では思うように話ができないのか、中々離れようとはしませんでした。

すぐ隣にも「ごごちゃん=午後に連れてきたので」という柴犬の雑種がいましたが、オス同士なのに相性がよく、散歩の途中であったりすると、それはそれは丁寧に挨拶を交わします。「こごちゃん」は何時までで一緒に居たいらしいのですが、ムサシはほんの数分で背中を向けてしまいます。彼が私に似たのか私が彼に似たのかそっくりなのが気になります。

そんなドライな一面を見せるかと思うと、他方では辛抱強さに驚かされることも度々あります。例えば、散歩の途中で仕事の電話が入り、時には話が長くなることもあるのですが、そうした場合の協力的な態度はそんじょそこらの子供たちとは全く違います。ちゃんと伏せの体制をとり、会話の様子にじっと耳を傾けているのです。

2008年07月20日

散歩の多様なメニュー

ムサシには、散歩の楽しみ方にも色々の原則があっようである。まず、第一の原則は、一回の散歩でなるべく同じ道を通らないようにするというものである。毎日付き合っているとどんなに鈍感な私にもその原則がよくわかるようになったので、できるだけこれを尊重するように努めた。次の原則は、私の事情をかなり考慮してコースを決めることである。

仕事の都合で散歩をサボると必ずツケを払わせるムサシだが、私に時間の余裕ない場合は、近くで済ませるという配慮である。これにはなかなか気づかなかったが、結果的には、それ程彼をせかせるという場面がなかったことを思えば、この原則が生きていたためであることを改めて思い知らされる感じである。

最後の一つは、同じ場所へは10回程度出向くが、それ以上は足を向けないという原則である。これはどうしてなのかは未だに理解できないが、何故かムサシはこの原則に則って散歩を組み立てていたようである。この原則が市内ばかりではなく、隣町までくまなく探索できた要因であることに改めて驚かされる。

2008年07月24日

ある日のムサシのスケジュール-その1

着実に行動範囲を広げつつあるムサシであったが、今日は少し寝起きが悪いように思われた。というのは、通常であれば私が朝起きるとかれも必ず起き上がり、私と一緒に二階から降りてくるというのがいつものパターンであるが、今日は珍しく私が起き上がっても彼はそのまま寝ているのである。

どこか具合でも悪いのかと心配になったが、少し様子を見ることにしてそのまま放っておくことにした。案の定私が散歩の用意を始めるとあわてて飛び起きてきた。しかし、門を出たときの様子がやはり少し変なのです。というのは、いつもは散歩のコースはインプットされていて、迷うことなく目指した方向に向かって歩き出すからです。

それが今日は珍しく、しばらく立ち止まって右に行くか左の方向に行くか考えている様子なのです。どうしたのか聞いて見ると、どうやら少し疲れ気味で散歩は簡単に済ませたいというのです。それなら無理をする必要はないよといってやりましたが、中止するほどでもないということでゆっくりと歩き始めました。さあそれからが大変です。

2008年07月27日

ある日のムサシのスケジュール-その2

はじめはゆっくりとした足取りでしたが、徐々に調子がでてきたのか、いつの間にかハイペースになってきました。どうしたのかと再び聞いて見ると、実は行きたいところが左右にありどちらを優先するか、どちらへも行くとすればオヤジの都合もあるだろうと思って、あれこれ悩んでいたので、つい調子が悪いと言ってしまったというのです。

そこで私は彼に言ってやりましたよ。そんな水臭い、“オレとお前の仲ではないか”と。そうかそれを聞いて安心したとばかり、その日の散歩は何と3時間超の大行進になりました。帰りを待っている家内に携帯で連絡をとり、朝食を一人で済ませ仕事に出かけてくれといっておいたとはいうものの、これは一体どうしたことだろうと解釈に戸惑いました。

実は、わが家のムサシはこうしたことは今日が初めてではないのです。事情が許せば、塩釜市内だけではなく、周辺を全て探検したいと常々思っていたらしく、私たち夫婦の会話を聞いていて自分の体調と合わせて散歩のスケジュールを決めていたというわけです。そういえば、今朝は確かに仕事で出かけようかどうしようかという話をしていました。

2008年07月31日

ある日のムサシのスケジュール-その3

ようやく世界一周旅行を終えてわが家に辿りついたのは、10時をとっくに過ぎた頃でした。朝の7時に出かけて帰りはこの時間です。彼の足を洗うために、会社に出勤していた家内がわざわざ戻ってきてくれました。わが家にはちょっとした不文律がありまして、散歩の後ムサシの足を洗うのは家内の係りになっています。

今日はこの規則に縛られて帰ってきたのではなく、私の朝食の用意もあったためではあるのですが、長旅につき合った私へのねぎらいの意味もあったのでしょう。それにしても、驚くべき「散歩力」ですが、そのことをほかの人に話すと、ムサシより私の方が驚かれるのには、私のほうが驚きました。かなり重症の親バカでしょうか?

一方当のムサシは、足を洗ってもらいながらゆったりと家内の膝に体重をあずけ、すっかりリラックスしています。この頃からでしょうか?散歩の後はいつもお殿様よろしく、よきにはからえといった態度で足を洗わせるようになりましたが、その態度がまた少しもいやみでないところが何とも不思議なところです。

2008年08月03日

ちょっぴりうしろめたいこと-その1

食事をするときも一緒、寝るときも一緒という生活は快適そのものですが、外食をするときにムサシを残して出かけるのが心苦しいのです。家内は、“お仕事だからお留守番”と,念仏みたいに言って聞かせるのですが、何をしに出かけるかは先刻見通しのようで、その言い方があまりにも白々しいと感じたときなどは、少しふてくされるときもあります。

といっても、ゴミ箱をひっくり返したり、りんごを丸かじりするぐらいですが、とにかく私たちの会話は全て理解しているので、変ないい訳は効かないようです。そこで、食事に出かける時は次のように話しかけることにしました。「ムサシと一緒に行けないのは残念でたまらない。その代わりお土産を買ってくるからね」。これは少し効き目があったようです。

要するにちゃんと話してくれれば納得するのに、変な小細工をするのが気に入らなかったというわけです。その後は、出かけるというと寂しそうな顔はしますが、お土産で我慢するかと達観した様子が窺えるようなりました。私たちも食べる前にムサシへのお土産を考えて注文するようになり、彼の寂しさを思いやるようになりました。

2008年08月07日

ちょっぴりうしろめたいこと-その2

しかし、当の本人(ムサシ)は、人間社会の偏見をとっくに見抜いており、私たちを攻めるようなことはなく、むしろ斟酌している私たちを気遣っているようにさえ見えました。その寛大な態度に改めて感動しました。それは気のせいだと思われるかもしれませんが、聞き分けのない子供とはくらべものにならないくらいです。

それはともかくとして、ワンちゃんに対する考え方では、日本はまだまだ発展途上国ですね。ドイツなどではワンちゃん同伴で食事に出かけるのは当たり前だと聞きます。もちろん、他人に迷惑をかけないよう、きちんと訓練されていることが前提でしょうが、日本のワンちゃんだって、それぐらい簡単にクリアできると思うのですが。

そうはいうものの、「ワンちゃんに対する偏見を改めよ!」と国にねじ込む勇気もないので、ひたすらムサシに言い訳するぐらいが関の山でした。このうしろめたさは今もって解消されていませんが、少なくとも家の中では、ムサシが親分であることは自他共に認めていますので、かろうじてバランスが保たれているというところでしょうか。

2008年08月10日

初めての一泊旅行

山形蔵王にワンちゃん同伴で宿泊できるところがある。そう人づてに聞いたので電話をしてみると確かにOKだったので、早速ムサシをつれて蔵王を目指しました。体が大きいので長旅は少々きつかったようですが、途中で休憩しながら何とか目的地に到着しました。そこは、「しばづけ小屋」という小さな施設でしたが落ち着ける雰囲気が感じられました。

その日はあいにくの雨だったので、やむなく部屋で過ごすことになりましたが、ムサシばかりではなく私たちも退屈でした。翌日はすっかり雨が上がったので、早速ムサシと散歩に出かけましたが、正直言って彼はそれ程喜んでくれていないように見えました。私たちが一緒でも、やはり雰囲気が違うせいなのでしょうか?

散歩後に朝食を済ませ、早々に帰途に着きましたが天気がよかったためか、ムサシは昨日よりは元気が出てきたようなので、蔵王温泉に立ち寄ってみることにしました。そこで池の周りを散歩したのですが、この雰囲気がまたえらく気に入ったようで、散歩を切り上げようとしないのです。もしかすると、名物のイガ餅が気に入ったせいかもしれません。

2008年08月14日

ムサシにとってもう一つの苦手なこと-その1

わが家のムサシは、花火の音が大の苦手であることと先に書きましたが、この点は2年ほどで克服できたようです。しかし、どうにも苦手なものがもう一つありました。それは、市で行う狂犬病の予防注射です。元々病院も多少苦手ではあったのですが、屋外で機械的に行われる狂犬病の予防注射だけは、どうにも受入れがたいようでした。

僕(ムサシ)は、今までヒトを噛んだことはないし、これからも噛む予定ない。第一ヒトぐらい食えないヤツはないとさえ思っている。それなのに狂犬病などと勝手に名前をつけて、これでは犬権(人件)侵害ではないかというのです。そういえば、噛みつくのはムサシではなくて何時も私の方だと妙に納得しているから余計に始末が悪い。

そんなわけで、毎年この時期になると二人がかりで彼を押さえつけるものだから、愛想をつかされてしまうのではないかと怖くなり、来年からはこのようなことがないようにしなければと、家族で真剣に話し合いましたが、これといった解決策は見つかりませんでした。そこで改めて彼の意見を聞いてみることにしました。するとその答えは単純明快でした。

2008年08月17日

ムサシにとってもう一つの苦手なこと-その2

狂犬病の予防注射が嫌いなわけを改めてムサシに聞いてみたところ、彼の答えはこうでした。「確かに狂犬病の予防注射は好きではない。しかし、本当に許せないのは、ボクをだまし討ちするオヤジ達の態度なのだ。正直に打ち明けてくれれば、多少不本意であるとしても協力しないわけではない」というのである。

そういえば、散歩に出かける振りをして予防注射の会場に引きずり込んでいた。そんな魂胆はとっくの昔にお見通しだったというわけである。今後はちゃんと正直に訳を話して、浮世の義理を果たしてもらうことにしたのだが、来年まではしばらく間があるので、多少お茶を濁していたようなところもあったのであろう。

実はそのこともムサシは見抜いていたのである。あっという間に1年が過ぎまた予防注射の時期がやってきました。多少憂鬱な気分になっていたことは事実ですが、去年の約束を思い出したので、恐る恐る注射の話を切り出したのですが、“正直にいってくれれば付き合うといったでしょう”とあっさり切り返されてしまいました。

2008年08月21日

ムサシは人間のように嘘はつかない

予防注射の当日、“ムサシ注射に出かけるよ!”と、なるべく平静を装って彼に呼びかけてみました。当然喜んでいるようには見えませんでしたが、いつもどおりの散歩スタイルで出かけました。ところが何と、すたすたと注射会場に向かって歩き出したではありませんか。今日の散歩コースとは明らかに違う道であるはずなのにです。

さらに驚いたことは、逃げ回る様子などまったくなく去年までとはまるで違うのです。係りの獣医師がたまたま同じ人だったので、少しなれましたねと言われましたが、私は、決してそういうことではないと直感しました。ワンちゃんたちはわれわれ人間のように決して嘘をつかないのだな、とつくづく感心しました。

散歩から帰ると、さすがにいつもより疲れた様子で、食事の後はソファーに丸くなりリラックスしているようでしたが、その後は何もなかったかのように全く普段と変わりありませんでした。そのしぐさを眺めていると、またひとつ、代償を求めない真っ当な生き方を学ばせてもらったな、という思いがしてとても心がなごみました。

2008年08月24日

平穏な日々

ムサシがわが家にきてから3年目の春を迎えた頃、息子達が次々に家を離れることになりましたが、ムサシは人間社会の試練を見事に克服できたためか、平穏な日々が結構価値あるもののように感じられましたし、月に二三度訪れる息子達と会うとき、ムサシノの喜ぶ様子を見るのも楽しみの一つになっていました。

この頃を境にして、ムサシの散歩コースがおよそ4通りのパターンに1つのオプションを加えた定型的なものになってきたような気がします。家から店(移転前の店)までは約2kmでしたが、少し寄り道しながら30分ほどかけて歩くコースがまずできました。店で一休するというのがえらく気に入った様子でした。

帰りはなるべく行きと違ったコースを採るという拘りについては、以前にお話したと思うのですが、その辺のオプションも実に見事なものです。このコースは夕方のもので、朝はまったく別のコースですが、休みの日などにはかなり遠くまで足を延ばすことがあります。といっても、休日かどうかは彼の判断で決めるのですが、今のところ百発百中です。

2008年08月28日

心配の種がまた一つ-その1

ムサシとの良好な関係が築かれたことに満足していたある日のこと、ヨーロッパ旅行の話が舞い込んできました。期間は半月ほどでオランダ、ドイツ、フランスを視察するというものでしたが、何しろ、ムサシと片時も離れる生活など考えられなかったので、辞退しようと思ったのですが、結果的に受けることにしました。

成田を出発した当初は多少緊張もあったせいか、まだホームシックという状態ではなかったのですが、いざ現地に降り立ってみると、とんでもないところに来てしまったという思いがした途端にムサシの顔が頭に浮かび、仕事どころではありませんでした。やっとの思いで一日を終えムサシに電話してみることにしました。

変わりようのないわが家の様子を聞くのもそこそこに、ムサシに換わってもらいました。家を出て3日目であったためか、彼は意外にも雄弁で一日も早く帰ってきてくれと訴えるのです。聞き分けないことをいうな、と腹を立てたふりをして電話を切りました。まるで借金取りを避けるような心境に自分を追い込んでいました。

2008年08月31日

心配の種がまた一つ-その2

その後は、怖くて怖くて、とても電話をする気にはなれないまま、長い長い16日間を過ごし、やっとの思いで帰国しました。飛んで帰りたかったのですが、途中仙台でどうしても欠席できない会合があったため、帰宅したのは夜の11時過ぎでした。ただいま!とドアを開けた途端ムサシが飛んできて…

歓迎のパフォーマンスが一通り終わると、まるで何事もなかったかのように静かになり、ただそばに寄り添っているだけです。着替えが済んだ後、散歩に行くかと尋ねると、彼は二つ返事で応じる構えをしました。既にその時は12時を回っていましたので、明日にしたら!と家内は言うのですが、二人とももうその気になっていました。

外に出ると、ムサシは得意げにやや早足で歩き出し、今日は無礼講とばかりに足を延ばして1時間ほど町中を闊歩しました。散歩の感触を確かめた二人は、安心して布団に入ることができ、朝までぐっすり寝込んでしましました。翌日目が覚めると、昨日までのツケをどうやって払うかという厳しい(実は嬉しい)現実が待っていました。

2008年09月04日

返済能力にあったツケの払い方

半月以上も家を空けたツケはかなり大きいと覚悟を決めていたが、そこはわが家のムサシ、私の返済能力(財源)をちゃんと勘案して対策を練っていたようである。これはまるで、テレビコマーシャルで見る消費者金融の「無理のない返済計画」のようによく考えられたものだった。いや一晩で考えたのだからそれ以上である。

具体的には、残債方式とでもいうべき方法で、最初の一日目はかなり長時間に及ぶ散歩だったが、次の日からは少しずつ時間を減らし、1ヶ月位かけて徐々に解消するという実によく計算された方法でした。つまり、元の散歩スタイルに戻るまでに1ヶ月間もかかったことになりますが、納得のいく対応に脱帽でした。

ここからは私の推測ですが、こうした行動の裏には自分の存在感を確かめるという意味があったような気がしています。この謎かけに答えることができたという思いが、お互いの絆をより一層深めたことは確かなのでしょうが、何よりも、毎日一緒にいられることの充実感を取り戻したことが心に滲みるようでした。

2008年09月07日

ホームでくつろぐムサシ

散歩のときの話が多くなってしまったので、家でくつろぐムサシの姿について少し紹介しましょう。海外へ出かけていたときの彼の様子は、あまり聞きたくなかったのですが、一旦落ち着きを取り戻すと逆に聞きたくなるのは何故なのでしょうか。昼間は誰もいないので様子はわかりませんが、夜になると私の部屋からじっと外を眺めていたということです。

特に何もいわないのですが、「今日も帰ってこないのか?」と言わんばかりのさびそうな顔をして、二階の寝室に向かうという毎日だったそうです。旅行先から電話をしないようにしたことがよかったのかどうか未だに判断しかねていますが、彼の悲しそうな声を聞く勇気がなかったことだけははっきりしています。

なにしろ、私がトイレに立っても起き上がり、ついてくるというベッタリの仲ですから、孫達も一目を置く関係であることは間違いありませんが、この関係を築くまでには並々ならぬ努力があったことも知ってもらいたいのです。つまり、二兎を追う生活は完全に捨てる覚悟がなければ、すぐに心を読まれてしまうからです。

2008年09月11日

測り知れない懐の深さ

わが家のムサシは体も大きいからかもしれませんが、実によく食べます。食事のときの彼の食べっぷりを見ていて、子供たちは、“一度思いっきり食べさせてみたいね”とよく冗談を言います。そんな大食漢のムサシは特にりんごが大好きで、自分の割り当てを最後までとっておき、私たちからむしり取った後に自分のものを食べます。

そんなりんご大好き人間(犬)のムサシですが、手の届くところにおいてあっても殆ど手を出しません。時に不本意な留守番をさせられ、ふて腐れて腹いせにりんごをかじったとしても、1個だけにしておくという律儀さがたまりません。普段の様子からすると4~5個ぐらいは軽くいきそうなものなのですが?

そのやり方がまた憎めないのです。ビニールの袋に入っているりんごを、まず袋ご